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冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜  作者: 拝詩ルルー
第五章 聖女昇格試験

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ご挨拶

 ここ数日、俺は業務終了後に、ユーフォリア様とグラントさんと一緒にひっそり解毒薬作りをしていた。


 ここ最近、毎日のように教会内のそこかしこで例の甘い匂いを嗅いでいた。

 俺もグラントさんも、慌てて中和の香を焚くけど、匂いの出処を抑えられていないから、完全にいたちごっこになってしまっている。

 根本的な対処ができていないせいか、残念なことに、以前に比べて体調不良の職員が増えてしまった。


 イザベラたちからは相変わらずちょくちょく待ち伏せされるけど、俺がハッキリ「匂いが苦手」と伝えたからか、あの甘ったるい匂いが彼女からすることはなくなった。


 以前付きまとわれた時は、どれだけキッパリ拒否してもダメだったのに、今回はなぜかすぐに効果が出た。

 不思議に思ってグラントさんに訊いてみると、「それが女心だ」としか教えてもらえなかった。


 解毒薬の方は、職員が使う医務室に置いてもらえることになった。

 父上から説明してもらって、医務室担当の職員には、()()()()()として体調不良の人に配るようにしてもらったらしい。


 だから、今は毎日作っても作っても、すぐに解毒薬も中和の香も在庫がなくなってしまっている状態だ。


 犯人が誰か分かってないし、信頼できる人にしか解毒薬作りの手伝いをお願いできない状態だから、ユーフォリア様とグラントさんと俺の三人、それから玉型の精霊たちでどうにか回してる。


 父上は、聖女昇格試験の準備で大忙しで頼めないしな……



「ノア。最近、ちゃんと寝てる?」


 昼食後に少しぼーっとしてると、リリアンが俺の顔を覗き込んできた。


 俺は急に声をかけられて、パチッと意識が覚めた。


「うん、大丈夫だよ。夜はしっかり寝てるし」


 実際に、夜は自分の部屋に戻ったら、疲れすぎて毎日倒れ込むように寝てる。


 玉型の癒しの精霊たちのサポートもあるにはあるけど、魔術陣を描く作業は繊細だから、さすがに自分の魔力を使ってる。それに、集中力もかなり必要だし、ユーフォリア様はスパルタだしで、毎晩ヘトヘトの状態で自分の部屋に戻っていた。


「ここ最近、ぼーっとしてることが多いわよね? それに雰囲気も、どこか疲れてるみたいだわ」


 リリアンが、さらに疑り深く訊いてきた。ムッと目を凝らして、俺のことを見つめてくる。


「食後でちょっと眠くなっただけだから、大丈夫だよ」


 俺はリリアンの観察眼の鋭さにギクッとしたけど、なんとか笑って誤魔化した。

 聖女昇格試験直前だから、リリアンとエラにはできるだけ心配や負担をかけたくないんだ。


 その時、グラントさんに声をかけられた。


「ノア。クラーク司教がお呼びだ」

「父上が? すぐに向かいます。じゃあ、リリアン、エラ、またあとで午後の業務でな!」


 俺は、できるだけ元気そうに手を振った。


「……そう。またあとでね」


 リリアンは、どこかまだ腑に落ちない様子だったけど、小さく手を振り返してくれた。



***



「失礼します」


 俺が父上の執務室に入ると、すでに先客がいた。


「ノア、フェリクス大司教がいらしたから、ご挨拶しようか。フェリクス様、彼が聖者のノアです」


 父上が座るソファの向かい側では、上品なおじ様がくつろいでいた。


 フェリクス大司教は、肩口くらいまでの緩やかなウェーブが入った銀髪で、はちみつのように深い黄金色の瞳をしていた。聖職者らしく穏やかな微笑みを湛えていて、目尻の皺もほうれい線も、優しげな雰囲気を漂わせている。

 ガシュラ支部では見慣れない、青いラインと刺繍が入った豪奢な司教の衣装を着ていた。


 フェリクス大司教が座るソファの後ろには、かなり大柄で厳つい聖騎士が、護衛で控えていた。


「君が当代聖者のノア君だね。私はフェリクス・メーヴィス、聖属性の大司教をしているよ」


 フェリクス大司教がソファから立ち上がって、スッと握手を求めてきた。


「聖者のノア・クラークです。よろしくお願いします」


 俺は、フェリクス大司教の手を握り返した。


 その瞬間、ゾクゾクゾクッと背筋を這い上がるような怖気が走った──まるで、冒険中にいきなり強すぎる敵と出くわした時のような緊迫感と同じものを感じた。


 ドクンドクンと警告するように俺の心臓が強く鳴ってるけど、フェリクス大司教は特に気づいていないのか、気にしていないのか、父上と朗らかに会話を続けていた。


「そうそう。ガシュラ支部もみたいだけど、今、いろんな支部で魅了の香が問題になっていてね。だから、香の使用者を特定するために、本部から特殊部隊を連れて来たんだ」

「特殊部隊、ですか……?」


 父上が目を丸くしていると、フェリクス大司教が、執務室の壁際の方に目をやった。


 視線の先には、騎士服に白いラインが入った聖騎士が一人、そして彼の足元には大きな狼が寝そべっていた。


 狼は青白い毛並みをしていて、牛のように大きなガタイをしている。首元には、教会のトレードカラーである青と白の首輪をしていた。


 この大きさは普通の狼じゃなくて、絶対に魔物だよな? こんな所に連れて来て大丈夫なのか……?

 俺は、冒険者時代のクセもあって、つい身構えた。


「これは……?」

「教会の従魔だよ。月光狼だね。彼らは鼻が効くからね、香の使用者を見つけるにはちょうどいいよ」

「そうですか……」

「僕がガシュラ支部にいる間、一緒に世話になるよ」

「他の職員に影響は?」

「よく躾けてあるから、人を襲うことはないよ。それに、テイマーの彼と一緒に行動することになるから、何かあれば彼が引き止めるよ」

「そういうことでしたら……」


 父上は呆気にとられていたけど、フェリクス大司教からいろいろと説明されて、押し切られていた。


 月光狼は、理知的なブルーグレー色の瞳をしていて、大人しく伏せていた。俺が不躾に観察しても、全く動じてなかった──本当によく躾けられてるっぽい。


「彼らには、しばらく教会内で見回りをさせるから、職員への通達はお願いするよ。僕の身の回りの安全を確保するためとか言ってくれていいから」

「かしこまりました」


 フェリクス様に指示され、父上が教会式の礼の姿勢をとった。



***



 その日の業務終了後、俺はリリアンに呼び止められた。


 グラントさんとエラは気を遣ってくれて、「先に戻るわ」と言って二人きりにしてくれた。


 俺たちは中庭に向かうと、ベンチに並んで腰掛けた。

 日が沈みかけているせいか、外の空気はまだ冬の冷たさを含んでいて、ベンチも冷え込んでいた。


「最近、ノアが疲れてそうだったから、気になってたの。何かあったの?」


 リリアンにズバリ訊かれて、俺は思わず固まってしまった。

 リリアンの澄んだラベンダー色の瞳は、少し不安そうに揺れていた。


 聖女昇格試験はもう明日に迫ってるし、俺としてはリリアンに心配をかけたくない。しっかり試験の方に集中力してもらいたいし。

 それに、今やってることはリリアンに言えないことが多すぎる。


──でも、何も言わないことで、リリアンにかえって心配をかけさせてしまってるなら、本末転倒だよな……


「気になる?」


 リリアンに直球で訊かれたからか、俺もするりと素直に尋ねていた。


「う〜ん、試験前だからかも? 余計に」

「そうだよな……実は俺、今、少し父上の手伝いをしてるんだ」

「クラーク司教の?」

「うん。だから、リリアンに言えないことも多い」

「……そうよね、クラーク司教のお手伝いだもの、私には教えられないこともあるわよね……」


 リリアンは、諦めたように寂しげな笑みを微かに浮かべた。


「確かに言えないことは多いけど、でも、俺が危険になるようなことは何もしてないよ」


 俺は真っ直ぐにリリアンを見つめた。これだけは伝えた方がいいと思ったんだ。リリアンが心配するようなことは何もしてないって、ちゃんと伝えないと──


「……そう、それだけでも聞けて良かったわ」


 リリアンは少しホッとしたのか、さっきよりもずっと柔らかく微笑んだ。


「私もノアの心配ばかりしていられないわね! 明日の試験、頑張らないと!」


 リリアンは、パチリと両手で自分の頬を挟んだ。気を取り直してくれたみたいだ。


「うん、応援してる」

「それじゃあ、合格したら何かご褒美をもらおうかしら?」

「えっ? うん、いいよ」

「ふふっ。いいって言ったわね。ご褒美は何がいいか、考えておくわ!」


 リリアンは一際可愛らしい笑みを浮かべると、「明日もあるし、先に帰るわ」と言い残して去っていった。



 リリアンの細い背中を見ていると、俺は俄然やる気が出てきた──魅了の香だとか何だとか、変なことでリリアンの試験の邪魔はさせたくない。俺にできることは限られてるけど、今俺にできることを頑張ろう!


 俺は気合を入れ直して、調薬室の方に向かって歩き出した。




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