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冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜  作者: 拝詩ルルー
第五章 聖女昇格試験

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解毒薬作り

 その日の業務終了後、俺とグラントさんは調薬室に向かった。


 調薬室は、父上の権限で貸切にしてもらっていた。

 扉を開けると、調薬台のすぐそばの椅子には、すでにユーフォリア様が座って待っていた。


「お仕事はもう終わりかしら?」


 ユーフォリア様が、ゆっくりとこっちを振り向いた。鈴を転がすような綺麗な声で訊いてくる。


「はい。本日の業務は終わってます」


 グラントさんが答えた。


「そう。では早速始めましょうか」


 ユーフォリア様が、調薬台の上に視線を向けた。

 そこには、例の魅了の香と解毒薬もどきが置かれていた。


「私、鑑定魔術をいっぱい練習したのよね。私は癒しの精霊女王だから、私がひと撫でするだけで、怪我も病気も毒も状態異常も癒せてしまうの。でも他の子たちには、そんなことはできないでしょう? 怪我や病気を癒すにしても、解毒薬や魔術薬を調合するにしても、原因がハッキリ分からなければ、お話にならないことも多いわ。だから私、その原因を突き止めるために、いっぱい練習して鑑定魔術を覚えたのよ」


 ユーフォリア様は、細い指先で魅了の香の箱を開けた。中に入っていた円錐形のお香をつまむと、星々が煌めく黄金色の瞳で、じっと見つめた。


 俺とグラントさんは、邪魔にならないよう静かに待った。


 しばらくすると、ユーフォリア様がふぅっと、疲れたような息を吐いた。

 魅了の香を元の箱に戻して、手近にあった紙にさらさらと何かを一生懸命書き始めた。


「……これが魅了の香の材料ね。一応、解毒薬の方もこれからチェックするわ」


 書き終わると、ユーフォリア様がメモ書きを手渡してくれた。


「これが……」


 グラントさんがメモ書きを受け取った。ごくりと唾を飲み込む音が、俺の方にまで聞こえてきた。


 メモ書きを覗き込むと、そこには俺には全く読めない精霊文字がたくさん書かれていた。


「……えっと、グラントさん? これ、なんて書かれてるんですか?」


 このままじゃどうしようもないから、素直に確認する。


 グラントさんがふと我に返ったように、はじめから順番に読み上げてくれた。


「あぁ、ノアは精霊文字が読めなかったな。上からアガぺパイン、オオニガケシ、マンドラゴラの泣き蜜……」


 ダメだ! 全部素材名なんだろうけど、俺が知らない物ばかりすぎて、結局何か分からないよ!!


「あらあら。魅了の香の原材料だけ分かっても、解毒薬は作れないわよ。少し待っててちょうだい。今、いくつか解毒薬に使えそうな素材もメモするわ」


 ユーフォリア様が追加で、調薬台の上にある解毒薬もどきの素材リストを渡してくれた。

 そっちの方も精霊文字で書かれていて、俺にはさっぱりだ。


 しばらく待っていると、ユーフォリア様が新たにペラリと一枚のメモ書きを渡してくれた。


 グラントさんはメモ書きを受け取ると、熱心に目を走らせた。時々「うーん、なるほど」と小さく唸っている。


「ユーフォリア様。これとこれは、ガシュラ支部の薬草園にはありません。他支部から取り寄せるか、買わないとダメです」

「あら? それじゃあ、オリヴァーに相談しないとね」


 グラントさんがメモ書きを指さして指摘すると、ユーフォリア様はおっとりと答えた。


「……そうなると、今夜の調薬は……?」

「そうね、材料が足りないとなると無理よね。私もレシピを考えておくわ」


 俺が確認すると、ユーフォリア様が片手を頬に添えてゆったりと答えた。


 俺はカクンと肩の力が抜けて、「ですよね……」と相槌を打つしかなかった。


「きっと、調薬の時には魔術抽出が必要になってくるわ。大量に解毒薬を作るとなると、お仕事後のグラント君とノア君の魔力量では少し心許ないわね。少し教会の中にいる子たちにもお願いしましょうか?」


 ユーフォリア様がそう口ずさむと、どこからともなく緑色のふわふわした玉が集まって来た──玉型の癒しの精霊たちだ。


 玉型の癒しの精霊たちは、ふわりと宙を飛んで、俺たちの周りを囲み始めた。

 調薬室内が、緑色の光で何段階も明るくなる。


「こんなに大量の精霊なんて、初めて見ましたよ!」


 玉型の精霊はいたる所にいて、街中でも街の外でも、もちろん教会内でもあちこちでふよふよ浮かんでいるのを見かける。でも、一度にこんなにたくさんの精霊が集まっているのは、今まで見たことがなかった。


「うふふ。みんな手伝ってくれるみたいね。グラント君とノア君のお手伝いをよろしくね」


 ユーフォリア様が小さな手を差し出すと、そこにふわりふわふわと、雪が舞い降りるように小さな玉型の精霊が乗った。



***



 それから数日後。俺とグラントさんは、また終業後に調薬室に呼び出された。


「うふふ! 材料も揃ったし、今日こそは解毒薬を作るわよ!」


 フリルが付いた白いエプロン姿のユーフォリア様が、待ち構えていた。今日はちょっぴりテンションが高めだ。


「レシピもちゃんと書いたのよ。軽くテストもしたし、あとは量産するだけだわ!」


 ユーフォリア様がレシピが書かれた紙を渡してくれたけど、相変わらず精霊文字で書かれていて、俺にはチンプンカンプンだった……


「二種類も作るんですか!?」


 精霊文字が読めるグラントさんが、レシピを見て目を剥いた。


「そうよ! 一つ目は飲むタイプの解毒薬ね。魅了の香のせいで体内に溜まってしまった毒素を打ち消すの。効き目は緩やかだけど、副作用は少ないと思うわ。少なくとも三~五日は飲むことになるわ。二つ目は、魅了の香の煙自体を中和するものね。こっちはお香タイプよ。毒素だけでなく魅了の効果も和らげて、正気を保ちやすくするわ」


 ユーフォリア様が、胸を張って説明してくれた。


「……これは、俺とノアだけでは人手が足りないのでは……?」


 グラントさんがレシピを見ながらブツブツ呟いていると、ユーフォリア様が爆弾発言を落とした。


「あら? 他の支部の子たちにも作ってもらうわよ。他の支部でも、魅了の香が発見されたみたいなのよ」

「「えっ!?」」


 俺とグラントさんは、思わずユーフォリア様をガン見してしまった。


「誰か愚かな子が、教会内で暗躍してるみたいね。グラント君とノア君は、とりあえずガシュラ支部で必要な分を作ってちょうだい」


 ユーフォリア様が柔らかく、でも有無を言わさぬ圧を伴って微笑みかけてきた。


 その瞬間、俺の体がピシッと固まって、「あ、俺はユーフォリア(癒しの精霊女王)様の命令には逆らえないんだ」と体感で分かってしまった。


……まさかこんなことで、俺の中の癒しの精霊の血が証明されてしまうなんて……!



 その日は、精霊文字が読めない俺のために、グラントさんはひたすらユーフォリア様のレシピを翻訳してくれた。

 そして俺の方は、ユーフォリア様の指導の元、魔術抽出用の魔術陣をひたすら描かされた。


 俺はスキル「器用」持ちだけど、それでも一定量の魔力を込めながら丁寧に複雑な魔術陣を描いていくのは、かなり集中しなきゃで大変だった。


──そして、ユーフォリア様は普段はおっとりされていてすごく優しいけど、解毒薬作りについてはまさかのスパルタだった……


 この日はめちゃくちゃ指摘を受けて、合格がもらえるまで何枚も何枚も魔術陣を描かされた……ぐふっ。




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