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冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜  作者: 拝詩ルルー
第五章 聖女昇格試験

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噂話

 ウィンザー司教と会った日から、時々教会内で、食べ物でも花でも薬草でもない甘い香りがするようになった──ウィンザー司教からしてた匂いを、何倍にも薄めたような感じの匂いだ。


 確認してみると、どうやらこの香りは、リリアンにもエラにも分からないみたいで、俺とグラントさんと父上だけには分かるみたいだった。


 人間には分からなくて、精霊には分かるなんて、ものすごく怪しい……

 でも、この甘い香りはいつも微かすぎて、どこから香ってきているのか、出処は全くつかめなかった──ある一ヶ所を除いては……



 それは、チームで調薬室に移動している時だった。


「ごきげんよう! ノア様!」


 廊下のど真ん中で待ち受けていたのは、イザベラとその取り巻きのお嬢様方だった。


 イザベラは見事な縦ロールをなびかせて、他二人の取り巻き令嬢と一緒に、俺たちの進行方向をすっかり塞いでいた。

 そして、イザベラが持っている扇子がパタパタとあおがれる度に、ぷ〜んと例の甘ったるい匂いが香ってきた。


「あら、イザベラ様、ジャネット様、ポーラ様、ごきげんよう。私たち、これからその先の調薬室で、業務がございますの。他の方々の通行の迷惑にもなりますから、道をあけて下さらない?」


 リリアンがどこからか扇子を取り出して、ずいっと前に出た。戦闘モードに入ったみたいで、パッと開いた扇子で口元を隠すと、キッパリ注意をしてくれた。


 お願い、リリアン! そのままできるだけその甘い匂いは吸わないで……!! 魅了の香かもしれないから!!!


「あら、リリアン様。あなたに用事は何も無いの。そこをどいてくださらない?」


 イザベラはリリアンの言葉は意に介さずに、堂々と言い返してきた。ビシッと風を送るように扇子をひるがえして、リリアンの方に向けた。


 一瞬、こっちに流れてくる甘い匂いが強くなった。


「あなたがそこをどいてくだされば、解決することではなくて?」


 リリアンも、負けじと言い返す。


 イザベラが一瞬「え?」と不思議そうな顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。やっぱり、父親のウィンザー司教に、何か言われてるのかもしれない。


「すみません! 俺はこの匂いが大の苦手なので……! それでは失礼します!!」


 俺はできるだけ甘い匂いを吸わないように、イザベラから顔を背けながら言った。なるべく早く、ここから離れた方がいいだろう。


 イザベラはまだ「えっ? えぇ?」と驚いていたけど、俺はリリアンとエラを連れて、さっさと調薬室に逃げ込んだ。


 調薬室の中に入ると、リリアンは「最近は大人しくなったと思ってたのに、何なのかしら?」と、不機嫌そうにしていた。


 もしかしたら、リリアンは家系的に、精神系の癒しに強い魔力を持ってるから、あまり魅了の香は効いていないのかもしれない……


 ただ、エラの方は少しボーッとしていたから、さっきので当てられたみたいだった。


 この時は、「少し外の空気を吸いに行かない?」と二人を誘って休憩を入れたからか、エラはすぐに元に戻っていた。



***



 この甘い匂いがあちこちでするようになったのと同時期に、変な噂も流れてくるようになった。


「今度いらっしゃる聖属性の大司教様は、とても厳しい方らしいわよ」

「聖女昇格試の見学に来られるみたいね」

「大司教様に睨まれて、今までに何人も辞めていったそうよ」

「部下の中・下級神官が傷ついても、知らんぷりですって。酷い」


 教会内の廊下や聖堂の隅っこで、そんな噂が中・下級の神官や聖女たちの間で囁かれていた。


 この噂はかなり広まってるみたいで、他のチームの人とはあまりおしゃべりしない俺の耳にも入ってきた。でも、誰が言い出したのかも不明だった。



「……これはマズいな……」


 周囲に他にひと気が無くなると、グラントさんが難しい顔で呟いた。


「そうですよね。ガシュラ支部にはほとんど聖属性の神官なんていないはずなのに、どこからそんな噂が流れてくるんですかね」


 俺も相槌を打った。


 俺はまだ聖属性の大司教様に会ったことはないけど、父上やグラントさんの反応を見る限り、噂のような人物には思えなかった。


「いや、それもそうなんだが、そもそもフェリクス大司教が試験の見学に来られるのは、まだ公表されてないはずなんだ」

「それって、どこかから漏れてるってことですよね!?」

「ああ、そうだな。それに、今回の噂の内容といい広がり方といい、まるでわざとそうしてるようだ……」


 グラントさんの言葉に、俺はハッとした。

 それって、誰かが意図的に悪い噂を流してるってことか?

 そんなことをするってことは、教会内でのフェリクス大司教の反対派閥か……?


「……そんなことをしても、あのお方は……いや、まずはクラーク司教に報告だな」


 グラントさんが歩き出したから、俺もついて行くことにした。



***



 俺とグラントさんが父上の執務室に入ると、そこには珍しい客人がいた。


 綺麗な緑色の髪には緩やかにウェーブがかかっていて、パッチリと大きな瞳は黄金色だ。華奢で小柄な女性で、応接スペースのソファで優雅に紅茶に口をつけていた。


「あれっ!? ユーフォリア様!?」

「あら、ノア君。それにグラント君も。二人ともどうしたのかしら?」


 ユーフォリア様がこっちを振り返って、柔らかく微笑んだ。


「ユーフォリア様、ご足労いただきありがとうございます」

「私の眷属の子たちが困ってると聞いたのよ。すぐにでも駆けつけるわよ」


 グラントさんがビシッと教会式の礼の姿勢をとると、ユーフォリア様が「いいのよ」と穏やかに答えた。


「オリヴァーからは、だいたいの話は聞いているわ。教会内で大変なことを仕出かしてる者がいるみたいね」


 ユーフォリア様が憂うような表情で、頬に片手を当てた。


「グラントにノア、ちょうど良かった。本部の調査部隊から、こんな物が届けられたんだ。おそらくこれが原因だろうと……」


 父上がユーフォリア様の前に、小箱を一つ置いた。


 小箱はピンク色で、外国で売っていそうな煙草のような絵柄が描かれていた。


「最近、裏で出回りだした魅了の香のようです」

「まぁ。相変わらず仕事が早いのね」


 ユーフォリア様が細い指先で箱の蓋を開けると、ツーンとあの甘ったるい匂いが広がった。


 すぐにユーフォリア様が顔をしかめる。


「あらいやだわ! これ、かなり副作用がキツいじゃない! 使用者はもちろんだけど、この香を嗅いだ者も毒素が溜まっていって、身体だけでなく、思考能力や精神にも不調をきたすわよ!」


 ユーフォリア様の説明によると、確かに箱の中身は、魅了の香としての効果もあるらしい。

 ただ副作用の方がヤバいものらしく、使用しているうちにどんどん依存性が高まってくるものみたいだ。


「この配合だと、はじめは風邪の症状みたいなものがあらわれるはずよ──頭痛だとか、咳や喉の痛みとかね。酷くなってくると思考能力もどんどん奪われて、最終的には生きる屍みたいになって、誰かの指示なしでは行動できなくなってしまうわよ」


 ユーフォリア様のあまりにもおぞましい副作用の説明に、その場が一瞬で凍りついた。


「一応、解毒薬も一緒に売られているようなのですが……」


 父上がさらに別の箱を取り出した。

 こっちは、見た目はただの木箱だ。中には、黒くて小さな丸薬がいくつも入っている。


「まぁ……これも酷いわね。確かに、一時的に魅了の効果も効きづらくなるでしょうし、体調不良も出にくくなるわ。でも、完全な解毒薬ではないわよ。毒素の排出を促すようなものでも、毒素を打ち消すようなものでもないし、むしろこの香への油断を誘って、依存性を高めるものだわ」


 ユーフォリア様は丸薬を手に取って見ると、そう説明してくれた。


「おそらくこの香を売ってる者たちは、使用者の依存性を高めて、どんどん同じ物を買わせていきたいようね。それに、この香は使用者だけじゃなくて、周りにも影響を与えるわ……魅了の香というよりも、まるで麻薬の一種ね。早めに対処しないと危ないわ」


「「「なっ……!」」」


 ユーフォリア様の言葉に、俺たち三人は言葉を詰まらせた。


 そんな危険な物が、教会内で使われてるのか!?

 俺は婚約者のリリアンや同じチームのエラ、そして教会で働くうちに仲良くなっていった仲間たちを思い浮かべた──みんながこの香の被害に遭ってるだなんて!


 腹の底からじわじわと怒りの炎がわいてきて、ぎゅっと握った拳がブルブルと震えてきた。


「この件は、すぐにでも本部にも報告させていただきます。ユーフォリア様には申し訳ございませんが、グラントやノアたちと一緒に解毒薬の調合と量産をお願いできますか?」


 父上がユーフォリア様に、丁寧に教会式の礼の姿勢をとった。


「ええ、もちろんそのつもりよ。教会内には私の眷属の子たちも多いし、癒しの祝福を授かった子たちも多いわ……私の子供たちに酷いことをしようだなんて、いい度胸してるわ」


 ユーフォリア様の黄金色の瞳の中の星々が、ギラリと強く光った。


 ユーフォリア様は普段はおっとりと優しい雰囲気をされてるけど、この時ばかりは、以前グリムフォレストで出くわしたティターニアのような、人とは思えない程の鋭く空恐ろしい気配を放っていた。




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