極秘任務
その日の夜、俺はグラントさんと一緒に父上の執務室に向かった。
夜も遅い時間帯だったのに、扉をノックすると、中から父上の「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「失礼します。こんな時間に申し訳ございません。急ぎお伝えしたいことがございまして、参りました」
グラントさんは執務室の中に入ると、父上に告げた。
俺も、グラントさんの後に続いて中に入る。
部屋の中は、光属性の神官特製の魔道電灯が、煌々と明るく室内を照らしていた。
父上は執務机のところで、大量の書類に目を通しているようだった。
「急ぎ伝えたいこと? 何かな?」
父上は書類から顔を上げて、俺たちの方を見た。その表情には、どこか疲れたようなかげりが見えた。
「本日、どうやらノアに、精神阻害系の術か何かを仕掛けた者がいたようで……」
「何!?」
グラントさんの報告に、父は目を剥いて立ち上がった。ガタガタッと音を立てて、椅子が揺れる。
俺はリリアンからもらったペンダントを、父上にも見せた。
「これはリリアンの魔力が込められたペンダントです。精神系の魔術やスキルなんかを跳ね除けてくれるものなんですが、いつの間にかここの魔石がラベンダー色から透明になってしまって……」
父上はペンダントを手にとると、「う~む」と唸った。魔石を魔道電灯の光にかざしたり、難しい顔をして覗き込んだりしている。
「……そうか。コールマン家は確か、精神系統の癒しに強かったな。この魔石は、何らかの精神阻害系の魔術なり何なりからノアを守ってくれたのだろう……」
しばらくペンダントを眺めた後、父上は丁寧にチェーンをたたんで、俺に返してくれた。
「ノア。今日、誰か怪しい人物に会ったりしなかったか? もしくは、いつもと違ったことがあったりとかは……?」
グラントさんが、真剣な表情で確認してきた。
「……そういえば、今朝、治癒院に備品を運んでた時に、ウィンザー司教に会いました。司教から何か、ものすごく甘ったるい匂いがしたんですが……」
「ウィンザー司教か……」
俺が素直に答えると、父上が溜め息混じりに口にした。非常に疲れた様子で、片手で目元を覆った。
その横では、グラントさんもやけに渋い表情をしている。
「? ウィンザー司教がどうかしたんですか?」
俺だけわけが分からなくて、二人に尋ねた。
「ウィンザー司教は、少々上層部から目を付けられているんだ。ずいぶんと上昇志向が強いみたいでな、以前、教会本部で魅了の香を使って、厳重注意を受けたんだ。最近は大人しくしていたと思ったんだが……」
父上が、半分呆れたような口調でこぼした。
「ノア。ウィンザー司教が接触してきた時に、何か言われなかったか? 魅了の香は、嗅いだ相手を催眠にかける作用がある……何か命令されたり、勧められたりとかは……?」
「う~ん、軽く自己紹介をされて、娘のイザベラがどうとか……でも、俺、業務が立て込んでるって言い訳して、すぐにその場を離れたんですよね」
グラントさんの質問に、俺は今朝のことを思い出しつつ答えた。
「……司教はまだ、彼の娘とノアとの縁談を諦めてなかったのだな……」
父上は頭痛を堪えるかのように、こめかみのあたりを揉んでいた。
「対応としては、それで正解だ。今後もウィンザー司教が無理に接触してくるようなら、業務が忙しいとか、クラーク司教に呼ばれているとか言い訳をして、早めに離れた方がいいな。まずは魅了の香から距離をとって、できるだけ吸わないことが重要だ」
グラントさんはそう言うと、俺の手の中にあるペンダントを指差した。
「あと、リリアンには、またその魔石に魔力を込めてもらおう。身を守るためだ」
「分かりました」
明日、リリアンには悪いけど、また魔力を込めてもらえるようお願いしよう。
「それにしても、なんでウィンザー司教がガシュラ支部にいたんでしょうか? 確か、他の支部の司教ですよね?」
俺はふと気になったことを尋ねた。
その質問には、父上が答えてくれた。
「ああ、彼は今日、私に用があったんだよ。次の聖女昇格試験で、二次試験に少し変更があって、それを伝えに来たんだ」
「「二次試験に変更?」」
俺とグラントさんは、同時に訊き返した。
今から試験の変更なんて……!
リリアンとエラにも関係あるし、確認しておいた方がいいだろう。
「うちの支部とウィンザー司教が担当する支部で、試験的に二次試験に通常とは少し違った形式を取り入れることになったらしいんだ。試験まであと一月もないというのに、急に来られて困ったものだよ」
「違う形式とは?」
グラントさんが、さらに踏み込んだ質問をしてくれた。
「今まで二次試験は治癒院で、来院した患者に対して治癒魔術や解毒魔術をかけるものだったが、今回は野外で行うらしい。聖騎士の魔物退治に同行し、そこで聖女見習いたちに治癒魔術をかけさせるらしい」
「なんでわざわざそんな危険な場所に……」
ただ治癒魔術の腕前を確認するために、そんな所まで行く意味が分からないよ……
「どうやら、聖女見習いたちの野外での立ち回りも、審査の対象に入れるらしい。最近は聖騎士の結界張りに聖女が同行することが増えたし、治癒技術はそこまででも、現場での立ち回りの上手い聖女を取りこぼさないようにするだとか……」
父上が説明してくれたけど、どこかまだ納得しきれてないような曖昧な表情をしている。
「それでクラーク司教は、それを受けることにされたのですか?」
「どうやら私が出席できなかった臨時司教会議で決定したらしく、断るにもそれなりの理由が必要なんだ。聖女昇格試験には、大司教が二人も訪れるから断ろうとしたんだが、『むしろ大司教にも見学していただき、有用性を確認してもらいたい』とゴリ押しされてな……」
グラントさんが確認すると、父上はすっかり困り顔で教えてくれた。
チラリと執務机の上に目を向けると、聖騎士の追加の配備依頼や、関係各所への依頼書や手紙がいくつも積まれていた。俺でもげんなりする量だ。直前にこんな大きな変更をねじ込まれて、父上はかなり忙しいみたいだ。
父上は、考え込むように目頭のあたりを揉んでいたけど、不意に俺たちの方を向いた。
「二人に内密にお願いしたいことがあるんだが……」
「? 何でしょう?」
グラントさんが代表して訊き返す。
「今日、グラントも報告してくれたと思うが、ウィンザー司教がうちの教会を訪れた際に、どうも良くないものがばら撒かれたみたいなんだ……」
父上が深い溜め息を吐きつつ言った。
「ああ……ノアには言ってなかったが、癒しの精霊は、身体にできた傷だけじゃなくて、身体に害を及ぼすような毒素なんかにも敏感なんだ。なんというか、誰かが毒素に触れて身体に不調が起こると、無性に癒したくなるというか……まぁ、癒しの精霊の本能みたいなもんだな」
グラントさんが、少し歯切れが悪いけど説明してくれた。
俺もウォーグラフト領に慰問に行った時には、強烈に「癒したい」って気持ちになったし、なんとなく分かるような気がする。
「その、何らかの毒素が教会内に……?」
「今日は治癒院でも体調不良の職員が多かっただろう? それで気づいたんだ」
俺が尋ねると、グラントさんが相槌を打ってくれた。
「今日は教会内のあちこちで、具合の悪い職員を見かけたな。それに、私も毒素については感じたよ。微かだったけどね……それで二人には、その毒素に対する解毒薬の準備を秘密裏に進めて欲しい。本部にも報告して協力を仰ぐ予定だ」
父上が難しい顔で説明してくれた。
解毒薬の準備といっても、どうしたらいいんだろう……?
そもそも、その毒の元が無いと、解毒薬も作れないだろうし……
俺は腕を組んで頭を捻った。
「クラーク司教。それなら、助っ人をお願いしたいのですが。我々に応えていただけるかは分かりませんが……」
「うん? 誰に頼むのかな?」
考え込む俺の横で、グラントさんは父上に何か相談していた。
毒素といって怪しいのは、やっぱりウィンザー司教だ。司教がうちの教会にあらわれてから、体調不良の人が増えたみたいだし。
それに、あの甘ったるい匂いも、なんだかすごく嫌な感じがしたんだよな。もしかして、あの匂いが魅了の香なのか……?
「とにかく、今日は遅いから、具体的な対応は明日からにしよう。グラントもノアも、明日の業務があるだろう。無理せず早くに休むように」
「「分かりました」」
父上はグラントさんと何か話し合った後、俺たちに宿舎に戻るよう促してくれた。
「なんだか面倒なことになりましたね」
「ああ、何も起こらないといいんだが……」
父上の執務室を出て宿舎へ向かう途中、俺とグラントさんはぽつりと言い合った。




