プロローグ〜地下バー〜
※主人公が出てくるのは、次話からです。
ローブのフードを目深にかぶった男が、地下への階段を降りて行った。
ここは王都ガシュラの片隅にある、しがない地下バーだ。ガラの悪い客たちは、酒を飲み、下品に笑い合ってしゃべり散らかしていた。
薄暗い魔道電灯の下では、煙草の紫煙が燻っている。
ローブの男は、真っ直ぐカウンターまで歩いて行くと、店員に一番安い酒をたのんだ。カウンターの上に、硬貨と一緒に見慣れないメダルを置く。
店員はチラリとメダルを見とめると、顎先で奥の扉を指した。
ローブの男は、静かに奥の扉へと消えて行った。
***
奥の小部屋には、三面に大きなソファが置かれていた。
奥のソファには、すでに小太りの中年男がどかりと座り、煙草をふかしていた。地味めな服装はしているが、太い指には緑色の魔石が付いた指輪をジャラジャラと付けている。
「久しぶりだな」
「遅くなってすまん」
ローブの男がフードを脱いだ。小太りの男よりは少し若い、気難しそうな厳つい顔があらわれた。
「レスタリアの若造は排除されたか」
ローブの男は、懐から煙草を取り出して火をつけた。テーブルの上に置いてあったクリスタル製の灰皿に小さく灰を落とし、フーッと煙を吐き出す。
「結界張りでずいぶん欲張ったみたいだからな。功を焦りすぎたな」
「元々あまり期待していなかった。奴自身が教会外の人間だからな」
「教会外の人間だろうと使えるものは使うつもりだったが……まぁ、残念だったな」
小太りの男は、全く残念ではなさそうにニヤリとほくそ笑んだ。
「これさえあれば、手駒はいくらでも増やせるからな」
「……まだそんな物を使っているのか?」
小太りの男が懐から小箱を取り出すと、ローブの男は眉をしかめた。
「これは今まで使ってた物とは一味違うぞ? ラ・ハイネスから流れてきた新しい魅了の香らしい」
小太りの男がニタリと嗤った。
「ほどほどにしないと、またそのうちバレるぞ。聖職者がそんな物に頼ってるだなんて、知られれば信用を失うぞ」
「バレなければいいんだ、バレなければ! それに使えるモノは何でも使うぞ、私は!」
ローブの男の嫌そうな表情をよそに、小太りの男はガハガハと笑った。
「お前も下手な噂ばかりバラ撒いてないで、こういった物を使えばもっとラクできるぞ?」
小太りの男は、小箱をもったいぶるように軽く振って見せびらかした。
「フンッ。聖属性はまた特殊なんだよ。上層部はフェリクス大司教に心酔してる者が多いから、ただご退位いただくだけじゃ、私にその席は回ってこないんだよ」
ローブの男は灰皿に煙草をグリッと強く押し付けて消すと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「それで、地道にフェリクス大司教の悪い噂を流して、聖属性の神官の過酷な業務に不満を持ってる中下級神官を傘下に加えていってるってことか……ご苦労なこった」
「ただ人数が多くて、とりあえず味方を増やせばいい癒し属性とは違うんだよ、状況が。聖属性の神官も聖騎士も、ある意味一つの軍隊みたいなものだ。かなり訓練されたな」
ローブの男は、テーブルの上にあったボトルの酒を掴むと、手酌で自分のグラスに注いだ。グイッと煽るように飲み干すと、ニタリと不気味な笑みを浮かべた。
「わしは武力には興味ないな。地位さえあれば、聖騎士に守ってもらえるからな」
「もったいない考えだな。聖騎士団は下手な小国の軍隊よりも訓練されてるというのに……動かせるなら、積極的に動かさないでどうする? 使いようによってはいい道具になる。それに最近、フェリクス大司教が大層な杖を購入したみたいだからな」
「……ほお?」
小太りの男が、片眉を上げて訊き返す。軍隊に興味はなくとも、高価な物には目がないようだ。
「目標物以外は決して燃やさない炎の杖だそうだ」
「ユニーク武器か。一体いくらしたんだ?」
「さぁな。噂によると、天をも貫く炎の竜巻さえ起こしたらしいからな。レアリティ的にはSランクを超えてるだろう」
「聖属性の大司教になれば、それも手に入るということか」
「だろうな」
ローブの男は、またもう一本煙草に火をつけた。フーッとつまらなそうに煙を吐き出す。
「次の聖女昇格試験に、大司教が見学に来るそうだ」
「……来るのは誰だ?」
「フェリクス大司教だ。奴が出てくるなら、ユリシーズ大司教もおそらく顔を出すだろう」
小太りの男が報告すると、ローブの男の青い瞳が暗く鋭く光った。
それに小太りの男も、視線で何かを告げてくる。
「……二人も揃うのはチャンスだが、まだ時期尚早だろう?」
ローブの男は顔をしかめて返事を返した。
「それは、これを使って誘導すればいいだろう?」
小太りの男が、テーブルの上に置いてある小箱を、指先で弄んだ。
「どうやってだ? 教会上層部にはほとんど効かなかったんだろう、それは?」
ローブの男が呆れたような声で言った。
「確かに、上層部に直接は効かなかった。だが、実務を担ってるのは、中下層の人間だ。そいつらを誘導すれば、聖女昇格試験の場所を多少いじることぐらい可能だろう?」
小太りの男が、ニタリと嗤う。
「それで排除できたとして、大司教の席が必ずしも回ってくるとは限らないぞ」
「だから指名制を覆す」
「は?」
ローブの男が、わけが分からないといった風に訊き返す。
「現在、大司教の指名は教会上層部の定例会議で決まってるだろう?」
「我々が参加できないやつだな」
「その制度自体を覆す」
「どうやって?」
「他の司教や中下層の神官・聖女それから信徒をこの香で丸め込んで、教会上層部に対して暴動を起こす! そして、大司教の任命を投票制に変えるんだ!!」
小太りの男が腕を広げ、大見得を切った。
「……途中で聖騎士団に鎮圧されないか?」
「だが、教会でゴタゴタが起これば、世間体も悪くなる。それが大陸中の教会で起こればなおさらだ! レスタリアの若造がしくじってくれたおかげで、あいつの配下は各地に散ってくれたからな。これなら上層部も対応せざる負えないだろう? その隙につけ込むんだ!」
小太りの男は「教会内で革命を起こすんだ!!」と高笑いをした。
ローブの男は慎重に、訝しげに小太りの男を見つめ返す。
「それから、次の聖女昇格試験には、コールマン家の令嬢も参加するだろう? ついでに潰しておきたい」
小太りの男はひとしきり高笑いした後、ふぅっと息を吐いて落ち着けた。まるで家の中に出た虫でも排除するように、ぞんざいに言い放つ。
「確か、当代聖者の婚約者だったか?」
「そうだ。後釜にうちの娘のどちらかをねじ込めればいい。まぁ、次女の方がいいだろうな。扱いやすい」
小太りの男には娘が三人いる。長女は、教会内で大司教直属護衛の聖騎士に花瓶の水をかけるという失態を犯したため、金持ち貴族の後妻に差し出していた。
残りは、王都で聖女見習いをする次女と、教会本部で聖騎士見習いをしている三女だ。
聖者にどちらかを嫁がせて、教会内での地位を固める算段のようだ。
「まだ諦めてなかったのか……」
ローブの男は「ご苦労なこった」と、小太りの男に言われたことを口の中で呟いた。




