エピローグ〜世間話〜
ウィリアムは、聖者の護衛という特別任務が終わり、聖鳳教会の本部が置かれているディアロバードへと戻って来ていた。
ウィリアムのメインの仕事は、聖鳳教会の教皇であるライオネルの専属護衛だ。
本日も、教皇の執務室の壁際に、護衛として侍っていた。
ライオネルはがっしりした大柄な体躯に、男らしい精悍な顔つきをしている。肩口までの黄金色の見事な髪に、赤く鋭い瞳は、まるで獅子のような威厳がある。
一見武人のようにも見えるが、今は執務机にかじり付いて、粛々と書類仕事をこなしていた。
コンコンッ。
執務室のドアがノックされた。
ライオネルが目線で合図を送ると、部屋の入り口付近で待機していた侍従が、丁重にドアを開けた。
「やあ、ライオネル」
「これはこれは。フェリクス様」
ドアから入って来たのは、聖属性の大司教フェリクスだった。
白銀色の緩やかにウェーブがかかった髪は襟足までに切り揃えられ、蜂蜜のようにとろりと濃い黄金色の瞳の中には、綺羅星が煌めいている。細められた目尻には柔らかく皺が寄り、微笑んだ後のような薄いほうれい線からも、穏やかで優しげな人柄がうかがえる。
まるで聖鳳教会が崇める御使いの不死鳥のように、優美なおじ様だ。
予期せぬ来客に、ライオネルは目を丸くして、思わず席から立ち上がった。
「この前、執事のマルコムがお土産を買って来たんだけど、僕がおいしいと言ったら、また同じものを買って来てくれたんだ」
フェリクスは、執務室の応接スペースにある革張りのソファに、優雅に座った。
彼の後ろには、聖属性の大司教専属護衛の聖騎士アルバンが控えて立った。
フェリクスに付いていた侍従が、持っていたケーキの箱を少しだけ開けて、ライオネルの方に見せた。
白い箱の中には、てっぺんがこんがりと狐色に焼かれたホールケーキが入っていた。
「ほぉ、チーズケーキですか。おいしそうですね」
ライオネルは「少しだけ休憩するか」と、侍従に合図を送った。
侍従たちは隣室の小部屋に向かい、お茶の準備を始めたり、応接スペースのテーブルを整え始めた。
「ウィリアムも一緒にどうだい?」
向かいのソファにライオネルが座ると、フェリクスは彼の背後に立ったウィリアムに声をかけた。
「お声がけいただき光栄です! ですが、今は勤務中でして……」
ウィリアムは一瞬パァッを顔色を明るくしたが、残念そうに言葉を濁した。
「少しぐらい構わないだろう。まぁ、座れ」
ライオネルに隣の席を指さされ、ウィリアムはうきうきと腰かけた。
お茶とケーキが用意されると、しばし三人は静かに堪能した。
フェリクスが「おいしいねぇ」とのんびりと口にすると、ライオネルは「そうですね」と穏やかに相槌を打った。
ウィリアムだけは「わが君と一緒にお茶会……!」と何やら言葉にならないほど感激していた。
「ウィリアムは最近まで聖者の護衛についていたんだっけ?」
「そうです! ウォーグラフト領に行って参りました!」
フェリクスに尋ねられ、ウィリアムはガバッと顔を上げ、ハキハキと答えた。
「そういえば、慰問に訪れた教会支部からだけでなく、ウォーグラフト領主からもお礼状が届きましたよ。聖者の高潔さにいたく感動したらしく、親戚の寄子を是非神官見習いに推薦したい、と書かれてました」
ライオネルが思い出したように、話し始めた。
「おや? 彼は特に教会の信徒でも、教会派貴族でもなかったよね?」
フェリクスが不思議そうに口にした。
「ウォーグラフトの領主は、水竜王様に目を付けられているのに、ノアさんが分け隔てなく癒しを施したことに感動したみたいですよ」
「……ああ、教会は敵ではないと感じたのかもしれないね」
ウィリアムが意見を言うと、フェリクスは納得したように頷いた。
「手紙によれば、その寄子は癒しと聖属性に魔術適性があるようです」
「うん、適性があるなら教会でも問題なくやっていけるんじゃないかな?」
ライオネルが報告すると、フェリクスは小さく頷いた。
ライオネルは「では、こちらは受け入れる方向で進めさせていただきます」と、補佐官の神官に目配せをしていた。
「慰問の様子はどうだったのかな?」
フェリクスは品良く紅茶を一口飲むと、ウィリアムに尋ねた。
「はっ! 四ヶ所の支部で、つつがなく癒しを施して参りました!」
「うん? 四ヶ所だっけ?」
「五ヶ所目のエルツ支部のみ、癒す対象者がいなかったため、土砂の撤去を手伝って参りました」
「それは大変だったねぇ」
ウィリアムの報告に、フェリクスが感想を漏らす。
「ノアさんがガラガルディアを使って、土砂を吹き飛ばしてましたよ」
ウィリアムは愉しげに笑って報告した。
「まさか聖者がガラガルディアを使って、土砂の撤去を……!?」
ライオネルが信じられないといった風に、目を瞠った。
聖者といえば、非戦闘員だ。破邪の大鎚ガラガルディアに気に入られて主人となってはいるが、土砂を吹き飛ばせるほどとは思わなかったようだ。
「今回の聖者は、面白そうな子だねぇ。それに、彼はガラガルディアと上手くやっていけてるようだね」
フェリクスはのほほんと言った。
「いえ、聖武器の主人としてはまだまだですよ。私がアドバイスしなければ、ガラガルディが臍を曲げてましたからね」
ウィリアムは茶目っ気たっぷりに、肩をすくめた。
「そういえば、そろそろ聖女昇格試験の時期だね」
「ああ、もうそんな時期ですか」
フェリクスがふと呟くと、ライオネルが相槌を打った。
「たまには聖女昇格試験に顔を出そうかな? ここ数年は見学もしてなかったしね」
「ええ、是非お願いします。大司教が顔を出すとなれば、聖女見習いたちの励みになるでしょう」
フェリクスがそう言うと、ライオネルは大きく頷いた。
「でしたら、その際の護衛は是非私めが……!」
ウィリアムは胸を張り、ずいっとテーブルの方に身を乗り出してアピールした。
「うん? ウィリアムにはライオネルの護衛があるだろう? うちにはアルバンがいるから大丈夫だよ」
フェリクスは、きょとんと小首を傾げた。
ウィリアムは、「おのれアルバンめ! わが君を独り占めして……!」と恨みがましく、ブツブツと小声で呟いていた。フェリクスの後ろに控えているアルバンを、ギロリと睨み上げる。
アルバンは、そんな視線はサラリと無視していた。
ライオネルはそんな自らの護衛の姿を見て、やれやれと溜め息を吐いた。




