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冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜  作者: 拝詩ルルー
第四章 ウォーグラフト領

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領都ランサルド

 慰問二日目は、ウォーグラフト領の領都ランサルドだ。


 聖鳳教会ランサルド支部は高台の上にある。そのおかげか、今回の長雨での被害は限定的だったらしい。


 俺たちは支援物資を持って、特注で作ってもらった転移魔術のスクロールを使って移動した──残念なことに、今回も俺の両手はグラントさんとウィリアムさんに握られたままだ。


 三人して無の表情で転移すると、次の瞬間にはランサルド支部の大きな聖堂の前に着いていた。


 さすがウォーグラフト領の領都の聖堂だ。白壁に青いステンドグラスという作りは一緒だけど、アンボス支部の聖堂よりも、一回りも二回りも大きい立派な建物だった。


 聖堂前にはすでにたくさんの人々と、立派な白いひげを蓄えたおじいさんが待っていた。父上と同じ司教の制服を着ているから、たぶん、ランサルド支部の司教様かな?


「おぉ、もしや聖者様でしょうか?」


 ほとんどフサフサの白い眉毛で隠れた目が、こちらを向いた。


「はい。聖者のノア・クラークです」


 俺はランサルド支部の司教様に向き直って、にっこりと微笑んだ。



 俺はアンボス支部の時と同じように皆の前で挨拶をして、スピーチもした。

 今回も、聖堂前に集まってくれた人たちやランサルド支部の神官や聖女たちから、あたたかい拍手を送ってもらえた。


「早速ですが、治癒院の方へ案内いたしますぞ」


 白ひげのおじいさん──グレゴール・アスマン司教が案内してくれた。


「領主様ですが、どうやらあちこちの復興業務で大変お忙しいらしく、治療の見学に来られるのは少し遅くなりそうだとのことです」

「そうですよね、今一番お忙しい時ですよね」


 アスマン司教の説明に、俺はうんうんと頷いた。

 ウォーグラフト領では、あちこちで橋が流れたり、土砂崩れも起きたりしたって噂だから、領主様は本当に今は大忙しだろう。



 案内された治癒院は、煉瓦積みの建物だった。白と青を基調とした教会の旗が、掲げられている。


「ここが当支部の治癒院です」

「ここが……」


 俺は息を飲んだ。


 治癒院内の様子は、ランサルド支部もアンボス支部とあまり変わらなかった。たくさんの怪我人で溢れかえっていた。


 痛ましげな状況に、胸がツキツキと痛んだけど、今日はぐっと堪えた──本心では、すぐにでも助けてあげたいって思いが強い。でも、そうすることが慰問の目的じゃないし、最善でもないからだ。


「ノア、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ」


 グラントさんが小声で確認してくれた。

 俺も微笑んで小声で返す。


 昨日の慰問の後、少し考えたんだ──ただ単に傷を癒すだけが、癒しじゃないんじゃないかって。

 患者さんは、水害なんていう恐ろしい目に遭ったんだ。ショックを受けていてもおかしくはない。

 できる限り患者さん一人一人に寄り添って、少しでも心から癒えてもらえるようにすることも大切なんじゃないかって。


「それで、治療についてですが、いかがいたしましょう?」

「そうですね……」


 アスマン司教に確認され、グラントさんと俺たちとで少し話し合った。


 そして、俺とグラントさんは、特に重症の患者さんを回ることになった。

 リリアンとエラは治癒院の一階で、ランサルド支部の神官や聖女たちに混じって軽傷者向けの治療の応援をすることになった。


 重症患者さんたちは、皆、酷く恐ろしい目に遭ったらしい。憔悴しきった表情をしている方が多かった。家や家族が流されてしまったり、流れてきた物にぶつかってしまったらしく、「よく生き残れたものだ」と呟く人もいた。


「聖者のノア・クラークです。治療いたしますので、お怪我の様子を見せてください」

「あぁ、聖者様……?」


 患者さんの目線に合わせて、俺はベッド横にしゃがんだ。

 声をかけると、患者さんはゆっくりと俺の方を見た。無理にベッドから上半身を起こそうとしたから、「そのままで大丈夫ですよ」と声をかける。


 この患者さんは骨折をしたらしく、ランサルド支部の神官が応急措置をしてくれたみたいだけど、完全には治りきっていなかった──患者さんの人数が多すぎて、全員をきちんと回復させるほどには人手も魔力も足りてないみたいだ。


 俺は患者さんの脚に手を当てて、集中するように目を閉じた。骨折は切り傷や擦り傷を治すよりも、魔力量が必要だ。他にも患者さんがたくさんいるし、魔力を無駄にしないよう、患部にだけ集中させる。


 俺の手元だけ、淡く緑色に光った。


「はい、これでもう大丈夫ですよ」

「ほ、本当だ……!」

「他に痛むところはないですか?」

「大丈夫です! ありがとうございます!」


 患者さんは、声をかけた時は痛みで辛そうな表情をされてたけど、今はホッと穏やかな顔になっていた。



 昨日の反省も踏まえて、俺は今日は一人一人の患者さんと丁寧に向き合うように治療をしていった。

 アンボス支部の時みたいに、一度に大量の人を治療できるわけではないけど、治療が終われば患者さんたちは皆、笑顔になったり明るい表情になったりしていた。


 何人もの重症患者さんたちに治癒魔術をかけていくのは、いつもよりも魔力量が必要になるし、大変だけど、お礼を言われる度に、患者さんたちの晴れやかな表情を見る度に、俺の心はなんだかほこほことあたたかくなっていった。



 夕方近くになって、領主様が治癒院に見学にいらっしゃった。


 領主様は壮年の男性で、上等な服装で髪も綺麗に撫でつけてあるけど、頬は少し痩せこけて、酷く疲れたような表情をされていた。


 俺は治療の手を止めて、領主様に向き直って挨拶をした。


「聖者のノア・クラークです。この度は大変お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」


「領主のケビン・ウォーグラフトです。聖者クラーク様、そして教会関係の皆様方には、はるばる我が領に足を運んでいただき、感謝いたします」


 領主様が右手を差し出されたので、俺はその手をぎゅっと握った。握手した手が、淡く緑色に輝く。


「少しばかりですが、癒しの魔力を流させていただきました。ウォーグラフト様も、どうぞお体にはお気をつけてください」


 俺が説明すると、領主様はハッとなって握手した手を見つめていた。

 領主様の顔色は、少しだけ明るくなっていた。


「ありがとうございます……」


 領主様は穏やかに微笑んでくれた。



***



 日が沈むまで、俺たちは治療のお手伝いをした。

 治療後に俺たちは、聖堂の奥にある教会職員の控え室に集められた。


「聖者様、そしてガシュラ支部より応援に来てくださった皆様、本日は本当にありがとうございました」


 アスマン司教が片手を胸に当て、ゆったりと教会式の礼の姿勢をとる。アスマン司教の後ろに集まっていたランサルド支部の神官や聖女、聖騎士たちも同じように頭を下げてくれた。


「いえいえ。皆さんのお役に立てたようで良かったです」


 俺はガシュラ支部を代表して、笑顔で答えた。


 お礼を言われた後は、控え室で簡単な食事会兼懇親会だ。


 食事会とはいっても、サンドイッチとお茶だけのとてもささやかなものだった。

 ランサルド支部はたくさんの被災者を受け入れている状態だし、むしろ俺たちの分まで用意してもらっただけでもありがたいことだと思う。


「聖者様、治癒魔術のコツってあるんですか!?」

「今までで一番難しかった治療は何ですか?」

「特別治癒の日は、どんなことをされてるんですか!?」


──などなど、俺はランサルド支部の神官や聖女からいろいろと質問攻めにあった。


 それから、ランサルド支部の職員たちからは、いろいろなことを教えてもらった。


「この教会は高台にあるので、ランサルドの街が一望できるんですよ」

「夜は魔道電灯が綺麗で、まるで地上に星空を見ているようなんです!」


 ランサルド支部の神官たちが、ほくほくした表情で教えてくれた。


「それは是非とも見てみたいですね」


 王都の教会じゃ、絶対に見れない景色だろうし……この後、リリアンを誘って見に行こうかな?



 食事会の後は、今夜泊まる部屋に案内された。男女に分けられた大部屋で、ベッドだけが大量に置かれた部屋だった。護衛の聖騎士がいて人数が多い分、男部屋の方が大きい部屋だった。


 俺はこっそり男部屋を抜け出して、廊下に出た。丁度リリアンとエラも廊下に出ていて、早速声をかけた。


「リリアン! エラ!」

「あら? ノア?」


 リリアンとエラが、こっちを振り返る。


「この後、街の明かりを見に行かない? ここの教会は高台にあるから、ランサルドの街が一望できて綺麗だって聞いたんだ!」


「いいけど……」


 リリアンは頬に手を添えて、きょとんと返した。


「ちょっと! 婚約者とはいえ、未婚の男女を二人きりにできないわ! それに、そんなに綺麗な景色なら、私も見てみたいわよ!」


 エラがずいっと、前に出て来た。


「それじゃあ、エラも一緒に見に行こうか!」


 リリアンと二人きりじゃないのは少し残念だけど、こういうのは皆で見て楽しむのがいいよな──と俺は心の中で自分を慰めた。とほほ……



「おぉ……!」

「わぁ!」

「綺麗ね」


 聖堂前の庭から、俺たちはランサルドの街を見下ろした。本当に素晴らしい眺めで、感嘆の声しか出なかった。


 領主館の周りや中心街を中心に復興が進められているようで、一部分だけ魔道電灯の明かりが集中していた。


 他の場所はまだこれから復興予定なのか、寂しげな冬の夜空のように、ポツリポツリと魔道電灯が煌めいている。


 それでも、こんなに高い所から夜の街並みを見下ろすことなんて滅多にできないから、とても綺麗だと思った。



 その時、不意に背後から足音がして、声をかけられた。


「おお、聖者様。それに皆様も」

「アスマン司教」


 振り返ると、そこにはアスマン司教がいた。司教も夜の散歩かな?


「洪水前は、ここは満天の星空のような眺めでしたよ。でも今は……」


 アスマン司教が切なそうに、街の方を眺めた。


 今日初めてここを訪れた俺たちにとっては、単純に綺麗な眺めだと思えるけど、アスマン司教にとっては──

 俺は少しだけ胸が切なく疼いた。


「……早く元通りになるといいですね」

「そうですね」


 今の俺には、これだけしか言えなかった。

 アスマン司教も、ゆったりと頷いた。


 こういった大きな災害があると、ダメになるのは本当に一瞬だ。

 なのに、復興には気が遠くなるような時間がかかる。


 俺は「早く元の美しい街に戻りますように」とこっそり心の中で祈った。




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