慰問準備
俺は自分の部屋に戻ると、すぐに荷物の準備に取りかかった。
明日は「特別治癒の日」だから荷造りしている余裕はないし、前回の後方支援の時とは違って、今回は出発までにあまり時間がない。被災地への慰問は急に決まったことだろうから、仕方がないけど。
俺はクローゼットの奥から冒険者時代の装備を一式取り出した。空間収納の中身も全部取り出して、何を持っていくか選り分けを始めた。
『おい……』
俺の脳内に、おっさん臭いダミ声が響く。
俺の視界の端で、空間収納から取り出した巨大ハンマー──破邪の大鎚ガラガルディアが、微かに揺れた気がした。
「何? ガンちゃん?」
今、すっごく忙しいのに。
『あれから全っ然、俺の活躍がねぇじゃねぇか! せめて、たまには俺を出して素振りしろ、素振りぃ!!』
ガンちゃんが、ガラッガラのがなり声をあげた。
いきなりブォンッと飛び跳ねたかと思うと、重々なハンマーボディが床から五センチは浮いたのが見えた。
ドッスンと地面に着地した衝撃で、ビリビリと宿舎の建物全体が揺れる——
「ちょっ!? 床に穴開けないでよ!!? ま、窓! 大丈夫!? 割れてない!?」
俺は、さっきの衝撃で床に空いてしまった穴と、ガタガタと不穏に音を立てて揺れた窓を即座にチェックした。
床は完全にアウトだった。ガンちゃんのボディ型に、床板が破壊されてる。
窓の方は、どうにかセーフだ。
……これってもしかして、弁償ものかな……?
俺がこの先の弁済のことを考えて焦っていると、
『……ノアはまだ聖武器を分かってないな?』
ガンちゃんが珍しく、ドスの利いた低い声で念話してきた。
「へ?」
『俺たち聖武器は生きてるんだ。そこんところがまだ全っ然分かってねぇな!』
「え、何、急にどうしたの……?」
いつになくお怒りモードのガンちゃんに、床の件で焦りまくってた俺は、どう対処したらいいかすっかり混乱してた。
ガンちゃんに目は無いけど、今、ものすっごく睨まれてる気がする!
と、とりあえず、落ち着いて理由を聞かないと!
コンコンッ。
「ノアさん、大丈夫ですか? 今、ものすごい音がしましたけど」
ドアの向こう側から、ウィリアムさんのくぐもった声が聞こえてきた。
「……どうぞ」
俺は、ガンちゃんの方を注視しつつ、入室の許可を出した。
「あぁ〜……、ノアさん、やっちゃいましたね」
ウィリアムさんは部屋に入って来た瞬間、「あちゃー」って顔をしかめた。
「すみません、床に穴を空けちゃって……」
「そうじゃありませんよ。聖鎚を怒らせちゃいましたね」
「へ?」
——やっちゃったって、そっち?
『ウィリアムからも言ってやってくれ! コイツ、何も分かってないんだ!』
「ハイハイ。ノアさんは聖武器初心者ですからね〜。非戦闘員ですし。優しくしてあげてくださいね〜」
ガンちゃんがぷりぷりと文句を垂れると、ウィリアムさんが若干面倒くさそうになだめた。
ウィリアムさんは俺の方に向き直ると、人差し指を一本、俺の目の前で立てた。
「いいですか、ノアさん? 聖武器は特別な武器です。彼らには心があるんですよ、不思議なことに」
『な、ミステリアスな男だろ?』
「ガラガルディアは、今は余計なことを言わないでください。話が進みません」
『チッ』
ガンちゃんが、ガラも悪く舌打ちする。
いつもおっさん臭いけど、こんな険悪な感じじゃなかったのに!
「え、えぇと、聖武器だと、他の武器と何が違うんですか?」
俺はウィリアムさんに質問して、話の流れを元に戻した。
ウィリアムさんは、ガンちゃんがこうなってしまった原因に、何か心当たりがありそうだ。
「聖武器には心がある——心があるということは、人間関係と同じです。丁寧に扱えば喜ばれますし、雑に扱ったり放置すれば、心が離れていきます。せっかく選ばれたのに、そうやって聖武器と折り合いが悪くなって、手放すことになった者は何人もいるんですよ」
ウィリアムさんが、丁寧に理由を話してくれた。
——あぁ、なるほど。
確かに、俺はガンちゃんを正式に貸与されてから、あまり振り回すことはなかった。そもそも普段のお勤めで、そんなことをする機会はないし。やるとしても、時々ガンちゃんを空間収納から取り出して、磨くくらいだった。磨くだけじゃダメなのかな?
……でも、ハンマーって、結構特殊な武器だよな。使うっていってもなぁ……
「あれ? ウィリアムさんは、教会からガンちゃんを預かってたんですよね? 預かり期間中は、ウィリアムさんが使ってたんですか?」
俺はふと気になって尋ねてみた。
ウィリアムさんの方が、きっとガンちゃんと一緒にいた期間が長いよな?
今までこんな風に、ガンちゃんから怒られたことはなかったのかな?
「いいえ〜。私にはミセリアがいますから。他の聖武器なんて使ったら、機嫌を損ねてしまいます。私は、時々ガラガルディアの話し相手をしてただけですよ」
ウィリアムさんがあっさりと答えてくれた。
ウィリアムさんは、聖槍ウィルゴ・ミセリアを持っている。白銀色に輝く、とっても綺麗な槍だ。
だから、ウィリアムさんは教会内で「聖槍の騎士」とも呼ばれている。
『ミセリアは嫉妬深いからなぁ……使われたとなっちゃあ、後が怖ぇ……』
ガンちゃんが、珍しくブルブルと小刻みに震えていた。ガンちゃんがさらに俺の部屋の床にめり込んでいく——勘弁してくれ。
「聖武器の不満は、持ち主の怠慢! ノアさん、ちゃんとガラガルディアを使ってますか? 使えてますか?」
「ゔっ……」
ウィリアムさんに図星を突かれて、俺は何も言い返せなくなった。
『そうだ、そうだ! いいぞ、もっと言ってやれ!』
ガンちゃんも念話ではやし立ててくる。
「ガラガルディアがこの程度の怒り具合なら、ノアさんたちはまだ修復可能ですよ。聖武器の性格によっては、持ち主が聖武器に刺されて終わり、ということもありますし」
ウィリアムさんが冷静にガンちゃんの様子を観察して、教えてくれた。
え゛っ、聖武器に刺されるって……
俺の場合は、ガンちゃんに押し潰されちゃうってことかな??
俺はそろ〜りとガンちゃんの様子を窺った。
ガンちゃんは床にめり込んだまま、ウィリアムさんの話に相鎚を打ってた——いや、たぶん、「相鎚を打ってる」で合ってるとは思う。持ち手の部分が上下に揺れてたし。
「修復するって言っても、どうしたら……?」
——押し潰されないようになりますか……?
「それは、ガラガルディアに直接訊いてください。人間関係も、間に人が入った方が上手くいくこともあれば、かえってややこしくなることもあるでしょう? ガラガルディアは、おそらく後者ですよ」
俺とウィリアムさんは、揃ってガンちゃんの方を振り向いた。
『やっと俺の話を聞く気になったか!』
ガンちゃんのちょっぴり嬉しそうにドヤッとした声が、脳内に響いた。
——ガンちゃんと話し合った結果、俺は最低でも週に一回はガンちゃんを素振りすることになった。
素振り力が上がってきたら、大技を教えてくれるとか何とか言われたけど、今の生活をしてたら絶対にそんな技、必要になることは無いんだよな……俺、非戦闘員だし。
結局、俺の空間収納も、その大部分はガンちゃんが占めたままになった。
少しは他の荷物も持っていきたかったんだけどな〜
とほほ……




