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冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜  作者: 拝詩ルルー
第四章 ウォーグラフト領

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プロローグ〜立ち話〜

※主人公が出てくるのは、次話からです。

 その日、光の大司教ルーファスは、昼の勤めを終えて聖堂から執務区画につながる廊下を歩いていた。


 ルーファスの淡く輝くような金髪は鎖骨までのストレートで、彼の淡い黄色の瞳には光属性の魔力の強い特徴が出ている。物語の中の王子様のように整った白皙の美貌で、優しく柔らかい微笑みを浮かべていた。

 彼が羽織っているケープや詰襟の神官服の襟元や裾には、光の大司教らしく黄色い糸で太陽と光の意匠が緻密に刺繍されている。


 ルーファスがただ歩いているだけでも、この聖鳳教会が崇める光の神ルクシオのような威厳と神聖な空気が辺りに立ち込めるようだった。


 ルーファスが自身の執務室へ向かう途中、応接室の扉が開かれた。

 中からは、商人のニール・バレットが出てきた。


 ニールは質の良いスーツをピシリと着こなし、少し襟足の長い濡れ羽色の黒髪は、綺麗に整えられてた。まるで彫刻のように整った絶世の美貌をしている。

 彼が不意にルーファスの方を振り向くと、色鮮やかな黄金色の瞳が少し驚いたように丸く見開かれた。その瞳の中では、小さな星々がキラキラと煌めいていた。


 ニールは小さく丁寧なお辞儀をして、声をかけた。


「ルーファス様、ご無沙汰しております」

「ニール様、こちらこそご無沙汰しております。本日はどのようなご用で?」

「魔道電灯のサンプル品の納品です。ウォーグラフト領で魔道電灯の大規模な修繕工事があると伺ったので、改良部品のサンプルを工務部にお持ちしたんです」

「ああ、ウォーグラフトも長雨が落ち着いたみたいですからね」


 二人は朗らかに軽い世間話を始めた。


 魔道電灯は、聖鳳教会が導入を推し進めている魔道具だ。

 光の魔石を使って部屋や街頭を照らすもので、特に街灯用のものは高度な光魔術や盗難防止魔術が施されている。

 導入するには庶民にはまだ少し高価で、維持の手間やコストもかかるため、貴族や裕福な家庭の個人宅、都市部ぐらいにしか導入実績は無いが、評判は上々だ。


「ここだけの話ですが」


 ニールが一歩ルーファスの方に近づいて、声を潜めた。


「ウォーグラフト領主が、やっと頭を下げたみたいですね」

「ああ、魔物をラングフォード領に追い立てた件ですね」


 ルーファスも、つられて小声で返す。


 ドラゴニア王国の東部にあるラングフォード領には、水竜王が治める水竜湖がある。

 北部から大移動して来た魔物を、ウォーグラフト領とレスタリア領は、隣接するラングフォード領に押し付けるように追いやったのだ。


 結果として、その二領は水竜王の怒りを買うことになった。

 水竜王は制裁として、レスタリア領に降るはずだった雨を、ウォーグラフト領に降らせたのだ。

 そして、レスタリア領では水不足による干魃(かんばつ)が、ウォーグラフト領では長雨による水害が起こった。


「ラングフォード領主を通じて、正式に水竜王に謝罪したそうですよ。どうやらレスタリア領の領主交代の知らせを受けて、かなり焦ったようです」

「裏で水竜王様が関わっていたという噂は、本当だったのですか?」


 ルーファスは驚いて、ニールの方を見た。


 ニールはただにっこりと微笑んでいた。それだけで、答えとしては十分だった。


「レスタリアは妖精の地、ウォーグラフトはドワーフの地。なにも人間だけが領主を決めるわけではありません。それに、これ以上長雨が続けば、せっかく作った武器防具も錆びてしまいますし、炉の管理もしづらくなる……主要な武器防具産業の担い手であるドワーフにも逃げられてしまいます」

「ええ、そうですね」


 ルーファスは、部下のドワーフたちを思い浮かべた。


 光属性の神官には、ドワーフ族が多い。職人気質なドワーフ神官たちは、教会では最新の魔道電灯の生産や工事を担当している。


 本来は頑固で一途なドワーフたちも、納得いく物が作れない環境だと分かると、すぐにコロッと態度を変えて、別のより良い場所へと移ってしまうことが多い──彼らの中では「良い物を作ること」が何よりも重要なのだ。


 教会では、そんなドワーフ神官たちに逃げられないよう、彼らが気持ちよく働ける環境を与えることで、魔道電灯という大きな収入源を維持している。



「彼らは頑固ですが、良い物が作れないとなれば、あっさり他に移ってしまいますからね。だいぶ引き抜きにもあったようですよ」


 ニールがくすりと小さく笑った。


(それにはニール様も一役買ってそうですが……)


 ルーファスはふと思い浮かんだ考えは口にしないことにした。

 バレット商会は世界中に支店を構える大店で、経済と流通を抑えている。()()()の不興は買わないに越したことはないのだ。


「そういえば、聖者様はウォーグラフト領の慰問に行かれたりするのでしょうか?」

「そうですね、そういう話も出てはいます」


 ニールの質問に、ルーファスは相鎚を打った。


 ルーファスは、昨日の教会上層部の定例会議のことを思い出した。

 長雨が落ち着いてきたため、ウォーグラフト領内の教会支部の何ヶ所かに、聖者を慰問に向かわせてはどうかという案が出ていたのだ。


「ウォーグラフト領は、長雨の影響であちこちの村が流されたり、道が寸断されて復興がなかなか追いつかないそうですよ。効率的に各地をまわるには、転移魔術のスクロールが必要でしょうね……そうですね、事務局の方にもお伺いしておきましょうか。それから、食糧や物資なども心ばかりではございますが、バレット商会より寄付させていただきます」


 ニールは顎に指先を添えて少し考え込むと、軽く結論づけた。

 商売人らしく、まっすぐ真摯にルーファスに視線を合わせる。


「ありがとうございます。フェリクス様と猊下にも伝えさせていただきます」

「ええ、何卒。今後ともご贔屓に」


 ニールは胸元に手を当て、にこりと艶麗な営業スマイルをきめた。



 ニールは、教会の事務局の方へ向かって行った。

 彼の背中が見えなくなると、ルーファスはこっそりと小さく息を吐いた。


 ニールは目端が利き、細かいことにもよく気がつくため、ルーファスは彼と相対する時は粗相がないよう気を遣って緊張してしまうのだ。


(……バレット商会でスクロールの準備をしてもらえるなら、まず間違いはないかな……)


 ルーファスは、また自身の執務室へと向かって歩き始めた。




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