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フェニックスの祝祭

 祝祭日は、聖鳳教会にとって特別な日だ。

 毎年十二月の最も夜の長い日に当たり、教会の教えでは、この日に聖神アウロンの御使いであるフェニックスが、この地に降り立ったと言われている。


 教会では、御使いがこの世界に遣わされた日を「祝祭日」として神聖視し、聖堂でお祝いのパーティーを開いている。

 そして、祝祭日の前後合わせて一週間ぐらいの間に、「浄化の儀」が執り行われる。


 浄化の儀は、この一年に溜まった穢れを祓い、来年の息災を祈る儀式だ。


 御使いのフェニックスは、死と再生の象徴だ。その炎は全てのモノを燃やし尽くす——穢れや厄災でさえもだ。

 フェニックスのように、この一年に溜め込んだ厄を燃やし尽くし、真新しく生まれ変わるような新鮮な気持ちで新しい年を迎えるのだ。



——そして、今日この祝祭日に、俺はほぼ丸一日、教会の行事に拘束されることになった。



***



 遡ること数日——


 俺はウキウキと、父上であるクラーク司教の執務室に向かっていた。



 善は急げと、ハンドクリーム作りの次の日に、リリアンに祝祭日の予定を確認したんだ。

 休憩時間にさりげなく「祝祭日に時間をもらえないか」と訊いてみたら、リリアンは少し頬を赤らめながら、コクリと頷いてくれた。


 残念ながら、その後すぐに父上の執務室に呼ばれたから、約束の時間までは決めきれなかった。だけど、とりあえずリリアンからOKがもらえて、俺はすごくホッとしたし、嬉しかった。



 コンコンッ。


「父上。ノアです」

「おお、入っておいで」


 俺が執務室の扉をノックすると、すぐに中から声がかかった。


 俺が「失礼します」と言って中に入ると、少し暗い表情の父上とユリシーズ様がいた。


「あれ? どうされたんですか?」


 俺は浮かない表情の二人に、軽く質問をした。……ちょっと嫌な予感がするかも……


「祝祭日についてなんだが、その日の浄化の儀に、ドラゴニア王族の方がいらっしゃることになったんだ。それで、ノアには、浄化の儀とその後の祝祭パーティーに出席してもらいたいんだ」


 父上が、躊躇いがちに教えてくれた。


「えっ……」


 俺はびっくりして、ユリシーズ様の方を見た。

 ユリシーズ様も、申し訳なさそうに眉を下げていた。


 どうやら本当みたいだ。それに、王族の方がいらっしゃるって……


「第一王子のエイダン殿下が、百年ぶりに現れた聖者と是非面会したいと仰っていたそうなんだ」


 ユリシーズ様が教えてくれた。


 お、俺、そんな王族の方が「会いたい」って思えるような、大層な人間じゃないよーーー!!!


 今まで予想も想像さえもしたことがなかった展開に、元冒険者で小市民育ちの俺は、なぜだかブルリと震えがきた。


 しかも、王族が出て来るとなったら、恐れ多すぎてお断りできない雰囲気だ……


 どうしよう、リリアンとの約束……


 さっきまでは嬉しくて「何時ぐらいがいいかな?」「食事はどこがいいか、グラントさんと相談しないとな」とか、ワクワクと膨らんでいた気持ちが、しゅんと一気に冷え込むように萎んでしまった。


「……分かりました……」


 俺は、肩を落として、承諾した。……というか、「断る」という選択肢は無かったと思う……



***



「貴殿が聖者のノア・クラーク殿か。第一王子のエイダン・ドラゴニアだ。貴殿の噂はかねがね耳にしている。我が王国騎士団の騎士も欠損が治り、業務に復帰することができたそうだな。私の方からも礼を言おう」


 第一王子のエイダン殿下が、威厳のある低い声で、俺に声がけをしてくださった。


 エイダン殿下は、混じり気のない鮮やかな赤い色の短髪と瞳をした、非常に漢らしい顔つきの方だ。火竜の血を濃く継がれているという噂で、身長も見上げる程に高く、筋肉質な体型で、漢の中の漢って感じだ。


 今日は、部下や護衛を数名引き連れて、浄化の儀に参加しに来てくださった。

 彼らは聖堂に入ると、真っ先にユリシーズ様と、その近くにいた父上や俺に声をかけてくださった。


「身に余るお言葉をありがとうございます。聖者のノア・クラークです。殿下にお目見えする機会をいただき、恐悦至極に存じます」


 俺は、父上に習って練習した通りに挨拶し、教会式の礼の姿勢をとった——教会内では、この礼の作法でいけるから、本当に便利だ。


 でも、内心ではかなりビビってる……


 王族にお会いできるというだけでも恐れ多いし、何よりもエイダン殿下……言っちゃ悪いが、見た目が強面すぎる……俺はあまりそういうのは感じない方だけど、「強者のオーラ」みたいなのを発してる気がする……


 絶対、はたから見たら、ライオンとうさぎ、いや、ドラゴンと蟻だと思う……



 簡単に挨拶を済ませた後は、殿下とそのお付きの方々は、王族専用の二階の特別席に案内されていた。


 俺は登壇して、壇上の端の方に、ユリシーズ大司教やガシュラ支部の司教である父上と並んで座った。——こっちも、ある意味では特等席だ……数百人の信徒さん達の視線があって、めちゃくちゃ緊張する席だ……


「……緊張しているか?」

「はい……」


 父上にコッソリ訊かれ、俺はカチコチに緊張しながら答えた。


「殿下との挨拶はよくできたな」

「アリガトウゴザイマス……」


 俺がぎこちなく答えると、隣の父上が小さく苦笑した。


「浄化の儀は、我々はただ受けているだけで大丈夫だよ。全部、聖属性の神官達がやってくれるからね」


 ユリシーズ様も、安心させるように、小声で囁いてくれた。


 確かに、俺はここでただ座ってるだけでいいんだ。そう思うと、余分な肩の力がフッと抜けた。


……ハッ!? もしやこれが、癒しの精霊の力……?



 そうこうしているうちに、聖属性の神官達が聖堂に入って来た。

 彼らは壇上に並ぶと、詠唱を始めた。


 低く、のっぺりと安定した詠唱の声に、なんだか少し眠くなってきた……こんな衆人環視の前で居眠りなんて無理だけどな。


 そのうち、だんだんと頭や肩が軽くなってきたような気がしてきた。何か俺に取り憑いていた悪いものが、離れていっているような感じだ。


 その時、壇上の真ん中にいた神官が、小さな鐘が大量に付いた杖を振った。小さな鐘がジリリリリリリリッと騒々しく鳴って、青白く発光している。

 次の瞬間には、ヒュンヒュンと、魔力の風が聖堂内に吹き荒れた。



「お疲れさまです。本日の浄化の儀はこれにて終了です。足元にお気をつけて、順番に出口から退出してください」


 魔力の風がおさまると、浄化の儀の進行担当の神官が、声を張りあげた。


 俺はくるりと首を回した。やけにスッキリとして、肩や背中が軽く柔らかくなった感じだ。少し手足もポカポカしてるような感じがする。


「ノアは、浄化の儀を受けたのは初めてか?」


 父上が話しかけてきた。父上もどこかスッキリした表情をしている。


「はい、そうです。前いた所では、近くに教会が無かったんです」

「どうだった?」

「なんだか身体が軽くなった感じですね。スッキリしました」


 俺がそう言うと、ユリシーズ様も父上も、満足そうに微笑んで頷いていた。


「この後は、祝祭日のパーティーだね」


 ユリシーズ様が、聖堂内を見回しながら言った。


 信徒達を出入口に誘導している神官や、パーティーの準備のために、飾り付けやテーブルを運び込もうとしている神官達が入り乱れている。


「あ、俺も何かお手伝いを……」


 ここはさりげなく離脱を。俺はチャンスは逃さない男だ。


「ノア君は、僕達と一緒に挨拶回りだから。聖者様に雑用をさせるわけにはいかないからね」

「あ、はい。そうですよね……」


 ユリシーズ様にやけに綺麗に整った笑顔で念を押され、俺は頷くしかなかった。




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