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物事を知らなければ幸せは選べない

 俺が結界張りの現場に飛ばされてから三日目——

 特に魔物に襲われることもなく、大きな問題が起こることもなく、結界張り作業は順調に進んでいった。


 時々、グリムフォレストの森の方に目を向けると、妖精騎士団員らしき妖精の戦士達が、空を飛んで見回りしているのが見えた。それこそ手のひらサイズから人間サイズまで、大小様々なサイズの妖精の戦士達だ。


 俺が森の妖精達をボーッと眺めていると、ウィリアムさんから声をかけられた。


「ゾーイの方であの冒険者達から事情聴取したようですね。それで、私達にさっさと結界を張り終えてもらった方がいいと、判断したみたいですね」


 ウィリアムさんは目を細めて、軽やかに飛び回る妖精の戦士達を眺めていた。


 妖精達は結構なスピードで飛んでるし、しかも大きさに関わらず戦士達は全員が屈強だ。森は妖精達のホームだし、アレに大群で襲われてたらとなると……本当に、妖精騎士団と争いにならなくて良かったってホッとしてる。


「……あの冒険者の人達は……?」

「それ、聞いちゃいます?」

「……いえ、やっぱりいいです」


 ウィリアムさんにやけにいい笑顔で訊き返されて、俺は断った。


 絶対に碌なことになってなさそう……聞いてしまったら、むしろ後味が悪そうだ。

 妖精は可愛い顔して、かなり残酷だって聞くし……


「明後日は『特別治癒の日』ですね。それまでにはほとんど結界は張り終わるそうですよ」


 ウィリアムさんは気を遣ってか、話題を変えてくれた。


「そうなると、俺達の仕事も終わりですね」


 やっと、王都に戻れる……!

 皆にも会える……!!


「あ……俺、いきなり前線に飛ばされて来たから、帰り用の転移のスクロールを持ってない!」

「そうですねぇ。それなら、結界張りが終わったら、本物(笑)の後方支援キャンプに行きましょうか。そこでなら帰り用のスクロールをもらえますよ」

「『本物の』って……」


 ウィリアムさんの皮肉に、俺は苦笑するしかなかった。


 その時、こちらに向かって来る馬の蹄の音がした。


 ウィリアムさんは真面目な護衛の表情に変わって、音がした方を振り向いた。


「……教会の伝令のようですね?」


 ウィリアムさんが、遠くを見るように目を細めて呟いた。


 聖鳳教会の神官が一人に、聖騎士が二人、馬に乗ってこっちに向かって来るのが見えた。



「良かった……! 全員、ご無事ですか!?」


 先頭にいた神官が嬉しそうに声をかけてきた。


「一体、何があったんですか?」


 ウィリアムさんが少し警戒しつつも、訊き返した。


「本日より、聖女と癒し属性の神官がこちらの結界張り部隊に随行します。我々は伝令のための先行隊です。クロエ上級神官がレスタリア領に話をつけてくださり、後方支援キャンプを結界張り部隊の近くに築く許可が下りたのです!」


 伝令の神官の話を聞いていたのか、結界張り作業をしていた神官や聖騎士達から歓声が上がった。



***



 伝令が到着してから数時間後、後方支援部隊の一団が到着した。大きな荷馬車数台に、護衛の騎馬の聖騎士が何人もいて、そこそこの大所帯だ。


「ノア!」

「無事だったか!?」

「良かった! 元気そうね!」


 荷馬車からグラントさん達が降りて来た。

 リリアンが、一目散にこっちに駆けて来る。


「わわっ!? リリアン!?」

「ばかばか! 本当に心配したんだからね!!」


 リリアンに突撃されるように抱きつかれ、俺は抱き止めた。ふわりとリリアン淡い金髪が舞って、髪の毛のいい香りがして、ドキンッと心臓が鳴った。


 どこからかヒュ〜と口笛を吹く音が聞こえてきて、俺達はなんだか気恥ずかしくて、そそくさと離れた。

 不意にリリアンの顔を見ると、真っ赤になっていた。


「ノア、元気そうだな。怪我は無いな?」

「グラントさん! はい! 俺は無事ですよ、ピンピンしてます!」


 グラントさんが、本当に心配そうに俺を見つめてきた。

 うっ……なんだか、兄貴分のグラントさんにそんな表情をされちゃうと、「本当にもうごめんなさい!」って後ろめたくなっちゃうな……


「急にノアが消えて、みんなびっくりしたし、すっごく心配してたのよ! でも、無事で良かったわ!」

「ははは、ごめん、ごめん……」


 エラに詰め寄るように見上げられて、俺は少し気まずくて誤魔化し笑いをした。


「感動の再会ですね〜」


 ウィリアムさんが、パチパチと気の抜けた拍手をしながら言った。


「ウィリアム騎士! ノアを守っていただき、ありがとうございました!」

「いえいえ、私の職務ですから」


 グラントさんが、丁寧に教会式の礼の姿勢をとった。

 ウィリアムさんは軽く微笑み返していた。



 そこからは、グラントさん曰く「普通の聖騎士の支援業務」らしかった。


 結界から程よく離れた安全な場所に、後方支援用のキャンプを築いた。


 怪我人や病人が出た場合に備えて、治療施設用のテントを設営し、結界張りの神官や聖騎士たちが寝泊まりできるような休憩用テントも張っておく——とにかく、彼らが結界張り業務に集中しやすいように整えておくのだ。


 キャンプ地の周りには簡易結界を張っておいて、魔物や盗賊に襲われた時など、いざという時はここが防衛拠点にもなる。


 癒し属性の神官や聖女は、求められれば結界張り部隊について行くこともあるし、キャンプ地に待機していることもあるらしい。そこらへんは、現場の状況によりけりらしい。


 もちろん、回復や状態異常回復の魔術は魔力を消費するから、治癒院と同じように、癒し属性の神官や聖女は交代制だ。


 俺みたいに、魔力回復ポーションをガブ飲みしながらぶっ続けで回復し続けるようなことは、流石にあまり無——いや、時々はあるらしい……恐るべし、後方支援業務……



 後方支援部隊が合流したこともあり、俺の仕事にもかなり余裕がでた。


 レスタリア領の神官や聖女達が、今まで仕事ができていなかった分、率先して動いてくれているってこともある。

 やっぱり彼らもおかしいとは思っていたみたいだけど、上からの指示を無視すれば命令違反に問われかねない——動くに動けなかったようだ。


 森の方では妖精騎士団が見回りをしてくれて、魔物が現れることも少なくなった。おかげで、サクサクと結界張り作業が進んでいる。



 俺とグラントさんは、治癒当番の合間に小休憩に入った。

 キャンプの焚き火でお湯を沸かして、薬草茶を淹れ、そのまま近くの岩に腰掛けた。


「後方支援って、思いの外ハードでしたね。まさか前線で戦うとは思いませんでしたよ。でも、これならしっかり休んで準備していけば、まだまだいけそうですね」


 俺はここ数日のことを振り返って、正直に言った。


 王都の教会勤務は、冒険者の時と比べて体力的に断然余裕があるし、魔物なんて現れることも無いから安全だ。仕事内容だって、ポーション作りや患者さんの治癒などが多く、人の役に立ってる実感があって、やりがいがある。


 でも、教会での共同生活は周囲に気を使うことも多いし、少しだけ堅苦しい。


 今回はいきなり前線に飛ばされてびっくりしたけど、久々にヘトヘトになるまで思いっきり暴れられた気がした。ちょっと不謹慎かもしれないけど、体を動かしまくって、どこかスッキリしていた。


 それに、こんなの冒険者の時のブラック具合に比べたら、全然マシだし。


「……ノア、何か勘違いしてないか? 今回はかなり特殊な事例だぞ。まず、基本的に癒し属性の神官は、前線に出て戦わない。俺でもほとんど戦場に出たことはないぞ」


 グラントさんはどこか頭痛を堪えるように、こめかみを揉んで渋い顔をしていた。


「えっ!? でも、聖属性の神官は皆戦ってましたよ!? 話を聞いたら、聖属性の神官はこういうのが普通だって。すごく大変そうだけど、実力はメキメキとつきそうですよね?」


 俺は、最近仲良くなった聖属性の神官達から聞いた話を披露した。

 聖属性の神官は皆たくましくて、武闘派だった。全体的に筋肉質で、ちょっと羨ましくも思った。


「目を覚ませ! それは結界張り業務に慣らされてしまった悲しき戦闘狂達の日常だ! それに、ノアの『いけそう』は絶対に基準がズレてるだろ!? 普通の神官なら、『もう二度と来たくない』と泣き出すか、教会に文句を言うレベルだぞ!!!」


 グラントさんに肩を掴まれ、俺はがっくんがっくんと揺らされた。


「いや、でも俺が行ったから、前線にいた人達は助かったし、俺も無事だったし、結果オーライで……」

「いろいろ良くないだろっ! もっと自分の身を大事にしろっ!!」


 グラントさんからツッコミが入った。


「冒険者の時に比べたら、全然ホワイトですよ?」


 食事も武器もポーションも、移動のための転移のスクロールでさえも教会持ちで、手弁当じゃないし——冒険者の時は、基本的に全部自腹だったしな〜


「比較対象! そもそもの判断基準がズレてるんだ!! 無理すればできるからOKじゃなくて、まずは『普通』がどんなものかを知ってこい!!!」


 心なしか、グラントさんの俺を見る目が、哀れな者を見る目になっていた。


 俺は「えぇ……」と言いかけたが、ごっくんと言葉を飲み込んだ。グラントさんは俺のことを心配して言ってくれてるんだろうし……



「グラントさん、ノア! 交代の時間よ!」

「はーい! 今行くよ!」


 リリアンが俺達を呼びに来てくれた。

 俺は声を張って、とりあえず返事を返した。


 グラントさんは「そもそも前職がブラック過ぎて、自分を雑に扱うのが普通になってるんだ。どうすれば理解してくれるんだ……!?」と何やらブツブツと呟いて、頭を抱えていた。


「グラントさん、仕事です。行きましょう」

「……そうだな……」


 俺が声をかけると、グラントさんは考え事から現実に戻ってきた。

 少しだけグラントさんの瞳がぽやっとしていて、珍しい。



 椅子代わりに使っていた岩から立ち上がると、ザァッと秋の少し肌寒い風が吹き抜けた。

 頬や指先が冷えてほろ痛むけど、清々しい秋の森の香りも含んでいて、少しだけ心が落ち着いて癒された。


 最近はずっと王都の教会に篭っていたから、やっぱりたまには遠征で外に出るのもいいな〜


 俺は秋の風を思いっきり吸い込むと、前向きに気持ちを入れ替えて、歩き始めた。




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