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遠征準備

「あれ? ウィリアムさん?」


 俺は宿舎の廊下で、先日紹介された聖騎士を見つけて声をかけた。


「ノアさん、おはようございます」

「おはようございます!」


 ウィリアムさんが教会式の礼の姿勢をとったので、俺も片手を胸に当ててお辞儀をする。


「もしよろしかったら、一緒に朝食でも?」

「ええ、いいですね」


 ウィリアムさんに誘われて、俺達は宿舎の食堂に向かった。


 今日の朝食は黒パンにバター、サラダ、ベーコンエッグ、ヨーグルトだ。


 俺達は食事を受け取ると、食堂の端の方の席に座った。


 ウィリアムさんは席に着くと、半円状の魔道具をテーブルの上に置いて起動させた。ヴゥーンと低い音が微かにした。


「これで私達の会話は外に聞かれませんよ」

「えっ、朝食をとるだけでそんな……」

「私達の会話はかなり注目されてるみたいですね。この支部は、集音の魔道具をお持ちの方が多いようだ。ノアさんも気をつけた方がいい」


 俺は、ウィリアムさんの指摘にドキッとした。

 まさか、今までの俺達の会話が盗み聞きされてたかもしれない……?


「これは防音の魔道具ですよ。クラーク司教にお願いすれば、きっとご用意いただけますよ」


 ウィリアムさんが、長い指先で半円形の魔道具のてっぺんをくるりと撫でた。


「ノアさんがもしよろしければ、教会内での身の守り方をお教えしましょうか? まぁ、あくまでも基本的なことだけですが」


 ウィリアムさんが、俺の目をまっすぐに見つめて尋ねてきた。藍色の瞳は、新しいおもちゃを見つけたかのように、うずうずと俺の答えを待っているようだった。


「ウィリアムさんにそれを教えていただいたとして、対価はどうしましょうか?」


 俺はなんだか嫌な予感がして、条件を確認した。


 ウィリアムさんの口角がニッと上がる。


「ノアさんは堅実ですね……そうですね、それなら今度アレでも作ってもらいましょうか」

「『アレ』ですか……?」

「そう。以前、聖騎士団に納品されたでしょ、中級もどきのポーションですよ」

「……ああ、それなら材料があれば作れます」

「じゃあ、それでお願いします」


 ウィリアムさんが、にっこりと微笑んだ。交渉成立だ。


 とにかく、俺が払えるレベルのお願いで良かった……

 材料も珍しいものではないし、流石に教会で育ててる薬草は勝手に使ってはいけないだろうから、後で休みの日にでも森に採りに行こう。


 俺がこっそり安堵の息を吐いていると、


「では、まず一つ目ですね。『教会関係者とはむやみに契約をしないこと』です。もし契約するなら、クラーク司教に相談された方がいいでしょう」


 ウィリアムさんが指を一本、俺の目の前に出した。


「……それは、どういう……?」

「教会には契約するのに適さない人がいるんです。後先考えずに契約すると、後々、大変な目に遭いますからね。私と契約しようとした時、どう感じました?」

「どうって…………」


 ウィリアムさんと条件の話になった時、なんだか嫌な予感がした——でも、それを本人に伝えていいものかどうか……


 俺が迷って言い淀んでいると、ウィリアムさんが「それで正解です」とあっさり答えた。


「へ?」

「ノアさんのカンは鈍っていないようですね。『嫌な感じがする』『気乗りしない』『怖い』などは大事なサインですよ。時には身を守る程に。これからもそんな感情が湧いてきたら、クラーク司教やグラント上級神官に相談すると良いでしょう」


 俺が呆気にとられていると、ウィリアムさんはニコニコと解説を始めた。


 でも、ウィリアムさんの言葉を信じるなら、彼のことを「なんだか嫌な予感がする」と感じたってことは、「契約するのに適さない人」ってことなのでは……?


「ああ、ちなみに今回の私の契約はサービスですから。普段なら、もっと対価はとってますよ?」


 ウィリアムさんに、俺の考えを見透かされたように言われた。

 異様に冴えた藍色の瞳に見据えられ、俺はゾクリと鳥肌が立った。


 そんな俺の様子に、ウィリアムさんはくすりと笑った。


「そうそう。護衛対象を知ることは、護衛の成功確率を高めますからね。使えるスキルや魔術を教えてください。モノによっては、何かアドバイスできるかもしれません」


「使えるスキル……戦闘系や便利系の方ですよね?」

「そうですね。治癒や状態異常回復系のスキルや魔術は結構です」


「それだと、スキルは『怪力』と『器用』です。魔術は、空間魔術が使えます。あとスキルではないんですが、冒険者をやってたので、斥候や探索、タンクもできますね」


「実にいいですね。器用な万能型。その見た目で怪力は騙されますね。後方支援職で基本的に戦わないのでしたら、十分すぎるくらいですよ。空間収納のサイズは? 拡張はされてます?」

「空間収納の拡張……? そんなことができるんですか!?」


 俺は思わず、バンッとテーブルを叩いて勢いよく席から立ち上がった。

 空間収納の容量拡張だなんて、そんな夢みたいなこと……!!?


「できますよ。ただし、魔力量が増加しないとできないので、人間でできる人は少ないですね」


 今のところリュック一個分が精一杯だったから、それがもっと入るようになる……!?


 よっしゃぁっ!!!


 神官になりたての頃に、一度ガツンと魔力量が増えたことがあった。

 その後も、何度か特別治癒の日に魔力切れを起こしたことがあったから、その分、さらに魔力量は増えている。


 もしかしてこれは、容量アップのチャンスでは……!?


「もしよろしかったら、本日の業務の後にでも見てみましょうか?」

「是非! よろしくお願いします!!」


 俺は思わずウィリアムさんに握手を求めた。ウィリアムさんも、笑顔でその手を握り返してくれた。



***



 業務の後、俺はグラントさんと一緒に、ウィリアムさんとの待ち合わせ場所に向かった。


 ウィリアムさんはすでに、教会の外れにある古い建物前に来ていた。

 あまり人目につかない所が良いということで選んだ待ち合わせ場所だ。


「おや? グラント上級神官もご一緒ですか?」

「ええ、よろしくお願いします」

「ウィリアムさん、よろしくお願いします!」


 俺達は軽く挨拶を交わした。


 そして、すぐにウィリアムさんの説明が始まった。


「では早速、空間収納を拡張しましょうか。ノアさんは、今の容量は大体どのくらいですか?」

「大きなリュック一個分ぐらいです」


「そこそこありますね。空間収納は、魔力の袋のようなものです。実は、この袋は魔力を加えることで、さらに広げることができるんです。ただ、空間収納は維持するためにも常に微量の魔力を使うので、空間魔術を使う者は、魔力切れを起こさないよう気をつける必要があります。そして、この魔力の袋が大きければ大きい程、維持するために必要な魔力量も多くなる……ここまではいいですか?」


 ウィリアムさんに訊かれ、俺は相槌を打った。


「空間収納を拡張するなら、まずは様子をみながら少しずつ大きくしていきましょう。いきなり魔力の袋を大きくしても、空間収納を維持するための魔力が足りなくなる恐れがあります。そうなると、すぐに魔力切れを起こしてしまいますからね。特にノアさんは、週に一度、特別治癒の日に魔力を大量に使うでしょうから、魔力不足にならないよう少しずつ様子をみながらにしましょう」


 ウィリアムさんの説明が一区切りして、俺は気になったことを質問をした。


「拡張しすぎた場合はどうすればいいんですか?」

「その場合は、魔力切れになってもらいます。魔力切れになって時間が経ちすぎると、魔力の袋が自然と縮んでくるんですよ」

「……ずっと魔力切れ状態にするのも大変じゃないですか? 一晩寝れば、すぐに回復しちゃいますよね?」

「そういった場合には、こういうものを使います」


 ウィリアムさんは懐から、じゃらりと鎖が付いた鉄製の輪を取り出した。


「手枷……?」

「魔術師の犯罪者向けの手枷ですね。これで魔力を遮断するんです。これをしばらく付けていれば、魔力の袋が縮んできますよ」


 ウィリアムさんが、手枷を見せびらかすように掲げて軽く揺すった。


 なんでウィリアムさんがそんな物を持ってるのかすごく気にはなったけど、聞かないことにした……藪蛇になりそうだし……


「そういえば、空間収納が縮んだ場合は、中に入ってた物はどうなるんですか?」


 俺はもう一つ気になったことを尋ねた。


「どこかに消えます」

「えっ……」

「ランダムで消えていくので、空間収納を縮める時は、中身を全部出して空の状態でされることをお勧めします」


 嘘だろ!? 空間収納ってそうだったの!?


……そういえば俺、神官になってから何度か魔力切れを起こしてたよな……!?


 ウィリアムさんの説明を聞いて、俺がいろいろとヤバそうなことを思い出して慌て始めると、


「一日魔力切れでぶっ倒れたぐらいでは、魔力の袋は縮まないので大丈夫ですよ」


 ウィリアムさんが、微笑ましげなものを見る目で俺を見て、教えてくれた。



「それでは、空間収納の拡張を始めましょうか。魔力の袋は感じられますか?」


 ウィリアムさんに訊かれて、俺は気を取りなおすように深く息を吸って、吐いた。

 目を瞑って、集中して魔力の袋を感じてみた——大きな革袋のようなイメージがフッと思い浮かんだ。


「……なんとなく……」

「その袋自体に魔力を流しこみます。まずは、魔力の袋を一割ぐらい大きくするようなイメージでやってみてください」

「…………」


 俺はその革袋に魔力を流し込んで、大きく膨らませていくようなイメージをしてみた。


「……このぐらいにしときましょうか。どうですか?」


 ウィリアムさんが、ある時点でストップをかけてきた。


「う〜ん……たぶん拡張できたとは思います。空間収納って実物は見れないから、おそらくですが……」


 空間収納が広がったようなイメージはあるけど、実際に魔力の袋を見られるわけじゃない。だから、何とも言えないんだよな……


「そうですね、実際に物を入れて確認するしかないですね。さらに拡張するなら、魔力切れを起こさないかしばらく様子を見てからにしてください」

「分かりました」


 ウィリアムさんからアドバイスをもらって、俺は頷いた。


「ああ、あとそうだ。ノアさんにおすすめの武器があるんです。ここぞという時に空間収納から出して使ってください。あとこれ、教会からの貸与品になりますからね。大事にしてくださいよ」


 ウィリアムさんが空間収納から武器を取り出した。——やっぱり、ウィリアムさんも空間収納魔術が使えるんだ! しかもかなり容量が大きいかも。


「なっ!!」


 ずっと端の方で俺達の様子を眺めていたグラントさんが、目を剥いて固まった。

 ウィリアムさんが出した武器に、目が釘付けだ。


「うわっ。俺、この武器使ったことないですよ!?」

「大丈夫です、ガツンと一発入れてやればいいんです。いざとなれば、振り回してください」

「えぇ……」


 俺は、ウィリアムさんに半分押し付けられるように、その武器を受け取った。

 拡張したから、ギリ空間収納には入ったけど……


 様子をみて、もう少し拡張しようかな……


 グラントさんはびっくりしすぎて、何やらずっと口をパクパクとさせていた。




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