sideアイアン・ケルベロス(アンガス視点)
今日はブラックホーンディアの討伐依頼の日だ。
——だが、早くも問題発生だ。
「おい、合同なんて聞いてねぇぞ!」
アイアン・ケルベロス単独で討伐するからこそ、名声が上がるんじゃねぇか。これじゃあ、討伐できるのが当たり前で、インパクトが足んねぇ。
「群れの中に変異種が見つかったのよ。だから、合同になったの。ギルドで説明を聞いてなかったの?」
Aランク冒険者パーティー「ミカヅキ」のリーダー、リリカが言った。
剣の腕前は噂によく聞くが、随分と気が強そうだ。言い方も癪に触る奴だ。
「北部の魔物の大移動に押されて、かなりの数がこの地になだれ込んできているらしい。単独パーティーでの討伐は厳しいだろう」
Bランク冒険者パーティー「フォグ・ゴースト」の陰険そうな魔術師も言った。こいつについてはよく知らねぇ。
とにかく、どっちも王都近郊で活動してる奴らだ。
「ふんっ。足引っ張んじゃねぇぞ」
ギルドが決めたんじゃ、今更、何言っても無駄か。
俺はローラとコーディを連れて、さっさと森の中へ入った。
「あんた達もね……」
リリカが後ろで何か言ってたが、構わず俺達は先に進んだ。
せめて、俺達アイアン・ケルベロスが一番活躍してやる……!!
***
森の中を進んでいくと、依頼票に記されていたポイントにたどり着いた。
崖下にたむろしてるブラックホーンディアは、十頭近くいた。
「……結構、いるわね」
ローラが身を屈めて崖下を覗くと、呟いた。
「他のパーティーを待ってからの方がいいな」
コーディが日和ったことをぬかした。
「いや、行くぞ」
「「えっ!?」」
ローラとコーディが驚いた声を上げた。うるっせぇな、魔物にバレるだろ。
「言ったろ。今回の依頼でアイアン・ケルベロスの名を上げるんだと。あんな奴らを待ってたら、手柄を掻っ攫われるぞ」
ブラックホーンディアはBランク魔物だ。アイアン・ケルベロスでも何度も討伐したことがある。今回は、少しだけ頭数が多いだけだ。
俺が目線で合図を送ると、ローラとコーディは渋々、配置についた。
まずはコーディの氷魔術で、群れの端の方から不意打ちを仕掛ける。
群れが混乱している隙に、俺とローラでどんどん仕留めていく。
最初の三頭を仕留めた時、ヴォオォォッ……と、ブラックホーンディアが叫び声を上げた。
「黙りやがれ!!」
俺は近くにいた一頭に斬りかかった。その時——
「ヴオォオオォッ!!!」
金ピカの角をした巨大なブラックホーンディアが、森の奥から猛然と突っ込んで来た。
「きゃあっ!!」
ローラが跳ね飛ばされて、近くの木にドカッと激突した。そのままくったりと動かなくなってしまった。
「ローラ!? アイスランス!!」
コーディが金ピカ角のブラックホーンディアを狙うが、氷の槍は、スルリと躱されてしまった。
「おいっ! どこ狙ってるんだ!!」
ローラに当たったらどうするつもりだ!?
「くっ、このままでは……ウィンドブラス……ぐわぁ!?」
コーディが、魔術を暴発させやがった! 最近はコントロールや威力が落ちてるとは思ってたが、まさか暴発させるとは!!
不完全なウィンドブラストは、コーディの近くで吹き荒れていた。コーディ自身も、自分の身を守るように地面に伏せっていた。
俺がコーディの方に気を取られていると、
「ギャァッ!!」
金ピカの角が、俺の腕を突き刺した。
ブラックホーンディアがそのまま頭をブンッと持ち上げたのか、俺は中空に投げ出された。
変な話だが、俺を放り投げたブラックホーンディアが、眼下で次の標的に向かって走り出して行くのが、やけにゆっくりと見えた。
ドサッ!!
「ウガァッ!!」
俺は地面にしこたま叩き付けられた。身体中があちこち痛い……
「大丈夫か!?」
「変異種がいるぞ!」
「まずは救助より討伐だ! 数が多い!!」
薄っすらと、別パーティーの奴らの声が聞こえてきた。
視界がどんどん暗くなって、俺の意識はここでプツリと途切れた。
***
依頼の討伐自体は、完了した。
変異種のブラックホーンディアを仕留めて大金星を上げたのは、フォグ・ゴーストの名前も知らねぇ奴だった。
アイアン・ケルベロスのメンバーは全員、後から来たミカヅキとフォグ・ゴーストのメンバーに助けられた。
アイアン・ケルベロスは、参加料の他、最初に討伐したブラックホーンディア三体分の報酬を貰った。
——だが、報酬に比べて、被害の方が酷かった。
コーディは、もう冒険者への復帰は難しいだろう。
魔術を暴発させたからか、もう攻撃魔術を放つのが怖くなっちまったらしい。
攻撃魔術を放とうとすると、手が震えるとかで、まともに狙えないそうだ。
これからは実家に戻って農業を継ぐとか言ってたな……
ローラは報酬を受け取った後は、いつの間にか消えていた。俺に何も言わずに勝手にな。
ローラは故郷の村が一緒だった。
笑顔が明るくて可愛くて、ずっと好きで、ローラがノアに惹かれてるのがやけに気に食わなかった。まぁ、ローラ本人は、ノアを好きだってことに気づいてなかったみたいだが。
ノアを追い出して、やっと俺に目を向けてくれるかと期待したが……
まさか、ここで俺を置いていくのか? なんて薄情な女なんだ。
ローラを最後に見た奴に聞いたら、王都に行くとか何とか言ってたと……
俺は……討伐の次に目を覚ました時には、剣士としては致命的な、利き腕を失っていた。
「ごめんなさいね。うちのパーティーもフォグ・ゴーストも治癒師がいなくて……魔物を討伐して、やっと救助して近くの村まで運んだんだけど、手遅れだったみたいなの……」
気の強いリリカが、やけにしんみりと伝えてきた。
「すまない。俺たちも最善は尽くしたんだが……」
フォグ・ゴーストの陰険そうな魔術師も悔しそうに言ってきやがった。
——この時、アイアン・ケルベロスは実質的に解散した。
しばらくは何もやる気が起きなかった。
まさか、パーティーに治癒師がいなかったから間に合わなかったなんてな。
ノアを追い出した罰が当たったとしか思えねぇ……
元の拠点の街に戻るのも面倒くせぇし、討伐の報奨金で昼間から酒場に入り浸っていた。
「王都の教会に、欠損も治せる聖者様が現れたんだってよ」
「なんでも、怪我をあっちゅう間に治しちまうらしいな」
隣の席から、呑んだくれの噂話が聞こえてきた。
「おい。その話、もっと聞かせてくれねぇか?」
俺は自分の席から立つと、そいつらのテーブルに向かった。
「ああん? てめぇは……?」
「一杯奢ってくれるなら、構わねぇぜ」
「ああ、いいぜ」
赤ら顔の酔っ払いどもは、安酒一杯で、気分良くいろいろ話してくれた。
王都の教会か——そこに行けば、俺もまた冒険者をやれるかもしれない。
※次はざまぁ連発回です。