1-5 いじめへの抵抗 兄から学んだ中国武術 1
少年期のいじめがどれほど少年の心を傷つけ、深い傷跡を残すかご存じでしょうか。これは私の実体験です。アラ還になった今でも、悪夢として夢に出てきます。
子供のいじめも大人のいじめ(パワハラ・セクハラ・モラハラ・過重労働・過労・脳に大きなダメージを与えるストレス)決して許してはいけないのです。
【注意事項】
過去に過酷な「いじめ」体験をされた方は少なくないと思います。その中でも、「思い出したくない。」とか「フラッシュバックする」、「暴力場面が多い」という違和感を覚え、私のX(Twitter)にDMを送られる方は、本小説を読まない方がよろしいかと存じます。
俺は兄の練習を見ながら椅子から立ち上がり、兄に頭を下げて頼んだ。
「兄ちゃん、僕に『ジークンドー』を教えて下さい。お願いします。」
「なぜだ?なぜ俺がお前に『ジークンドー』を教える必要があるんだ?」
俺は、しばらくの間、兄の目を直視することができずうつむいたままだったが、どうしても強くなる必要があることを訴えた。
すると、兄は私に唐突にこう告げた。
「サンドバッグを打ってみろ。」
俺は、兄に言われた通りにサンドバッグを思い切り叩いてみた。
「ドン。」
「痛え、痛えよ、兄ちゃん。」
右の拳を見ると人差し指と中指の拳の皮が爆ぜていた。痛みは、拳の皮が爆ぜるより右手首のほうが痛かった。
「痛え~、痛え~よ、兄ちゃん。」
「晶人、痛いだろう?俺も初めは痛かった。これでも練習を続けられるのか?」
俺も必死だった。土屋と土屋一派の子分たちを倒すためには、自分の命をかけて強くなる必要があった。もうその覚悟はできていた。子供の頃から、兄が同級生や上級生と喧嘩をするのを何度も見てきた。兄はとてつもなく強かった。そして、5人を相手に喧嘩をしても、2分ぐらいで倒す実力をもっていることを知っていた。兄の喧嘩はとても速かった。自分の目が追い付かないほど早かった。だから、兄に喧嘩をどうしても習いたかった。
「兄ちゃん、続けるよ。俺、続ける。だからジークンドーを教えてほしいんだ。」
「そうか、お前も必死なんだな。じゃあ、お前にブルース・リーが始めたジークンドーを教えてやるよ。ただし、右手首に湿布をして、その痛みがとれてからな。右手首の痛みが取れたら、右手と左手の人差し指と中指だけの拳を潰せ。いいか、必ず潰すんだぞ!」
「右手と左手の人差し指と中指だけの拳を潰すために、このベニヤ板の上で腕立て伏せをしろ。10回の腕立て伏せを20セットしろ。それから、絶対に薬指と小指の関節をベニヤにつけるな。腕立て伏せをする時は、絶対に手首を曲げるな、右手と左手の人差し指と中指を直線に保て。この約束が守れなかったら、お前にジークンドーを学ぶ資格はないと思え。」
俺は、右手首の痛みが取れるまで2週間かかった。そして、痛みがなくなってから兄の前で腕立て伏せをすることになった。俺は、腕立て伏せなら経験があるが、ベニヤ板の上で人差し指と中指だけで腕立て伏せをしたことがなかった。指の関節と手首がとても痛かった。手首は絶対に曲げずに真っすぐにした状態で腕立て伏せをするので、上下運動が長くなるからだ。とても辛い練習だった。
「に、に、兄ちゃん僕の腕立て伏せは間違っていませんか?」
「いや、それでいい。」
「右指と左指のこぶしが痛いだろう?手首も震えるほど力が必要だろう?」
「は、はい。」
「それでいい。ジークンドーの基本を身に着けるには、この苦しみに耐えなければならない。お前にその根性はあるか?」
「あります。絶対にギブアップしません。」
「俺がずっと見ておくから、気を抜かずに腕立て伏せを続けろ。」
「は、はい。」
練習を始めて1週間はとても辛かった。だが、腕立て伏せの練習を続けるうち徐々に右手と左手の人差し指と中指の皮がかなり分厚くなり、硬くなっていくことに気付いた。そのタコは、練習を続けるほど大きくなっていった。そして、皮膚が破けてなくなり、拳の関節にひびが入り、割れてくるようになった。
3か月後、兄が私の拳を触りながら言った。
「晶人、いい拳になったじゃないか。右手と左手の人差し指と中指の拳をよく潰すことができたな。えらかったぞ。じゃあ、第二段階の練習を始めるぞ。」
「はい。お願いします。」
「よし、晶人、車庫のコンクリートの上で、同じように腕立て伏せを始めろ。」
俺は言われた通り、コンクリートの上で手首を鍛え、右手と左手の人差し指と中指を潰していく練習を始めた。コンクリートの上には埃と多くの小さな砂粒がある。そのため、拳の割れた部分に小さな砂粒が入ると、血が流れてきた。すると、兄は言った。
「晶人、血は気にするな。約束の回数が終わるまで練習を続けろ。」
「はい。」
練習が終わると、水道で拳を洗い、兄がオキシドールで消毒し、軟膏を塗ってくれた。俺は兄に高鉄棒で懸垂をしたいと懇願したが、兄は、右手首と左手首にこれ以上の負荷をかけたら怪我をするという理由で却下した。
兄の体は凄かった。中学2年の時には、鋼のような体をしていた。無駄なぜい肉がない。胸、太腿、そして何よりも凄かったのは、腕と肩と背筋だった。懸垂をインターバルをとりながら20回×10セットを毎日やっていた。そのため、前腕が異常に太かった。鉄棒を握るときに使う前腕屈筋群と前腕伸筋群が上腕二頭筋や上腕三頭筋よりも太かった。また、肩から背中にかけてある僧帽筋、肩の三角筋、背中からわき腹にまである広背筋が異常なほど発達しているため、ボディービルダーのようにポーズをとると、広背筋が広がり、ムササビのような体つきになっていた。
「兄ちゃん、すごい筋肉だね。触ってもいい?」
「うん、いいぞ。」
「わあ、硬え。腹筋が割れているね。固い、すごく固いよ。」
「晶人、お前もトレーニングをずっと続けろよ。高校を卒業するまでは必ず続けろ。」
「はい。続けます。」
4カ月後、ついに兄からジークンドーを教えてもらえる許可が出た。私は様々な技を兄から教えてもらえると思い込み、わくわくしていたが、全くの見当外れだった。
「晶人、サンドバッグを打つつもりで構えてみろ。」
「こうかなあ。」
私は、ボクシングのポーズで構えた。すると兄は、
「こう構えるんだ。」
と言いながら、説明して見せた。俺は、初めて見る構え方に衝撃を受けた。柔道の場合だと、自分の両肩と相手の両肩のラインは平行になる。ボクシングの場合だと、基本的には相手も自分も斜めになる。しかし、ジークンドーでは、利き腕である右腕を前にして、フェンシングのように一直線に構えるのだ。しかも、利き腕である右拳は、自分の顎を守るのではなく、自分の右肩から拳6つ分も離して構えるんだ。
「兄ちゃん、利き腕は後ろに構えるんじゃないの?」
「違う!とにかく、俺が教えたと通りにしろ!理屈は後で教えてやる!」
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