1-1 残酷ないじめに耐え続けた少年
少年期のいじめがどれほど少年の心を傷つけ、深い傷跡を残すかご存じでしょうか。これは私の実体験です。アラ還になった今でも、悪夢として夢に出てきます。
子供のいじめも大人のいじめ(パワハラ・セクハラ・モラハラ・過重労働・過労・脳に大きなダメージを与えるストレス)決して許してはいけないのです。
【注意事項】
過去に過酷な「いじめ」体験をされた方は少なくないと思います。その中でも、「思い出したくない。」とか「フラッシュバックする」、「暴力場面が多い」という違和感を覚え、私のX(Twitter)にDMを送られる方は、本小説を読まない方がよろしいかと存じます。
この小説に目が留まってくださったことに心より感謝申し上げます。
これまでの私の人生は、波乱万丈な人生でした。一般の人が経験したことがない体験をたくさんしました。その体験とは、小学生時代に長期間に渡り耐え難い残酷ないじめに遭った経験と、椎骨動脈の破裂などにより二度の心肺停止と臨死体験と死後の世界を味わった体験です。これらの体験したことを活かすとともに、大学院で学んだ心理学の知見を織り交ぜた新しい異世界小説の分野を開拓しようと考えました。
本作品は現代社会で起きている残虐非道の侵略戦争に対して、強い憤りの念をもつ筆者が、せめて異世界の小説の中だけは、侵略戦争を食い止め、勧善懲悪を貫き通す武士道精神をもった薩摩武士の生き様を描きたいという強い思い入れがあります。そのため異世界ものの小説は絶対的な「善」が存在し、絶対的な「悪」を懲らしめるといったストーリーを軸足に据えながら、主人公とその仲間が数々の危機を乗り越えながら予定調和的な結末に落ち着くことで、現在起こっている侵略戦争に対するアンチテーゼを提案したいと考えています。私が実際に体験し、学んだことを生かしながら、現在、起きている理不尽で残虐非道な侵略戦争を否定する新しい異世界小説の分野を開拓していきたいと思います。
私は凄惨な「いじめ」を実際に体験しました。私は、その酷い「いじめ」に約4年間耐え続けました。具体的には、毎日のように陰湿な暴力を受けたり、カバン全体に数百個の画鋲が押されたり、教室の後ろの掲示板の上に貼られた私の習字や絵だけがズダズダに破かれたり、昼休み中に外で遊んでいる間に、上履きの中に牛乳が入れられたり、挙句の果てに、校庭に落ちていた猫の糞を机の引き出しの中に入れられたりしたこともありました。
担任自身が理由も聞かぬ暴力教師「迫田教諭(仮名)」であり、その迫田教諭の授業妨害をするのが、土屋(仮名)といういじめ大魔王でした。したがって、担任に相談しても何ら解決には至らず、いじめの現場を見ているのに知らぬ振りをするような教師でした。私に手を差し伸べてくれる教師は1人もいなかったのです。
その当時には、いじめによる『自殺』という社会的概念もなく、小学校中学年の私にもそういう発想はありませんでした。私が愛する父と母と兄から、「私自身が小学校でそのような凄惨ないじめを受けている存在の人間」だと知られるのがあまりにも惨めで怖かったために、わざと明るく振舞うなどの心理的印象操作をしながら、ひた隠しに隠し続けました。そのため、歯を食いしばって耐え続けるしかありませんでした。どんなに苦しくても、どんなにみじめでも、どんなに恥をかかされたとしても、耐え続けるという選択肢しかなかったのです。
本小説の前半の内容は、筆者が体験した実話を基に描写しています。本当は、もっと深刻で凄惨な内容のいじめでしたが、現在の子どもたちが模倣しないようにできるだけ、それらの内容は省いて描写しております。このいじめに登場する人物は、勿論、仮名を用いていますが、本当に実在した人物たちです。いじめられた事実は実際に私が味わわされた経験だけに鬼気迫るものがあります。
その遠く果てしない、いじめを乗り越えた私は、転機を迎えます。友達を、本当の仲間を追い求めたのです。それも事実に基づいて書きました。仲間づくりの始まりや、私が追い求めた理想の仲間たちとの出逢いと交流を書きました。そこで、出逢った強い絆で結ばれた仲間たちと「ぼっけもんず」(ぼっけもん:鹿児島弁で荒くれ者の意味)を結成します。現在も「ぼっけもんず」は解散せず、続いているチームです。
一方、それまで、愉快な内容だった小説の文脈が一転します。それが、主人公が3度目の死を迎えるという場面です。
この内容は、事実に基盤に据えてリアルに記述しました。私は、これまでに2度の心肺停止と2度の臨死体験と2度の死後の世界を経験し、蘇生することができた稀にみる強運の持ち主なのです。人はいつか誰もが死にます。
死がどういうものなのか、私の経験した内容を基に、具体的にその過程を描写しました。一切の着色もしておりません。臨死体験の先行研究国であるイギリスとアメリカの学術論文を読み漁ったのも事実であり、私が記載した「走馬灯」の内容は、学術的な知見に基づいており、人種や老若男女、性差に関わらず普遍性があることが判明しました、また、日本人の臨死体験とキリスト教圏の国々に人々には若干の違いがあることも明記しておりますので、ぜひお読み下さい。
私は、上記の事実を基にして、異世界の世界を本小説「天下無双の薩摩示現流侍が理不尽で残虐非道な異世界侵略国軍を勧善懲悪する」というテーマで「侍」、「異世界侵略戦争」、「絶対的に『善』なる存在とその結末」、「勧善懲悪のストーリー」、「現在の侵略戦争の反対」、「ストレスフルな悲劇的末路の回避」、「男女のロマンス」などの観点に心掛けながら書かせていただきました。
私は、「勧善懲悪」をえがいた「水戸黄門」の世代です。水戸黄門は、1969年年から2017年まで42年もの間続いた人気番組でした。
「勧善懲悪」とは、哲学的な解釈を加えるなら、絶対的で善なる権力をもった人間が、悪事を働き、人々を殺したり苦しめたりする商人や悪代官を懲らしめるという筋書きをドラマの中で表現します。
水戸光圀公という江戸幕府の副将軍が、力量のある家来を連れて全国を行脚し、悪事を働く役人や商人をバッタバッタとなぎ倒していき、戒めのために捕縛するという内容でした。
したがって、誠の正義が勝ち、悪代官や悪事を働く商人などが捕縛されるという痛快時代劇だったのです。昨今のような複雑なスリルや仕掛けはなく、「最後は善が勝つ」という帰結になるテレビ時代劇であることが初めから分かっていたので、ストレスを感じずに安心してテレビを視聴することができました。つまり、今の時代のストレスフルなテレビや映画の内容とは一線を画していました。
現在は、ただでさえストレスフルな時代です。あらゆるところにストレスがあふれています。そのため、「水戸黄門」的なテレビドラマや現実世界は極めて数少なくなってきた者と思います。私は。「絶対的な存在の設定と、絶対的な『善』なる存在が勝つ」という軸脚をぶらすことができるだけないように意識しました。
筆者である私は、11年前に右椎骨動脈はズタズタに破け、破裂し、延髄梗塞を実際に経験しました。私は若い頃にも看護師の医療ミスにより心肺停止と臨死体験と死後の世界を体験しましたが、延髄梗塞を発症したときも2度目の心肺停止と臨死体験と死後の体験をしました。
その後、延髄梗塞特有の中枢性疼痛という十万人に一人の割合で掛かる難病を発症し、睡眠をとっているとき以外は、右顔面が複数の包丁でズダズダに切り裂かれ、眼球の奥まで刃物で斬り刻まれるような痛みを味わわされ(「右顔面知覚異常障害」といいます)、台風や低気圧前線、真冬時期は、歯の奥歯で手ぬぐいをかみしめながら激しい痛みを凌いで生きているという現実があります。
また、腰から左足にかけて「温痛覚異常障害」になり、絶えずガスバーナーで燃やされているという痛みの生き地獄を生きているだけに、一日一日がストレスフルな毎日です。
そのため、ストレスフルなアニメや漫画や小説を読むことができず、安心して読める小説やアニメ、漫画などを視聴しています。したがって、私は、最後まで安心して読むことができる「勧善懲悪」の小説を描写できるように精進していきたいと思います。このことは、これからの未来を創っていく子供たちの人生や価値観、希望にも繋がっていくからです。
なお、「後書き」は、現在、世界で行われている侵略戦争との関連について自分なりの考えを書くつもりでおります。
簡単な励ましの感想などをいただければ幸甚に存じます。
これは筆者が実際に経験した実話です。勿論、名前は仮名です。
俺の名前は、大和晶人。私の父は、国家公務員でした。そのため転勤が多く、小学校だけで4つの学校を転校した。
俺の髪の毛は、生まれつき茶色っぽかったため人前で目立っていた。転校初日からいつも髪の毛の色でからかわれていた。
「こいつ、髪の毛が茶色だぜ、『変な外人か?』、『宇宙人なんじゃねえか?』髪の毛を抜いて、からかってみるか?」
「おい、橋口、やれ!」
「分かったよ、土屋君。」
「痛え!てめえ、何しやがった!」
「ほ~れ、お前の茶髪だよ!抜いてやったのさ!痛えか?なら泣けよ、弱虫!」
「てめえ、この野郎!」
「ガツン!」
「ボコッツ!」
「卑怯だぞ!なんで5人なんだ!」
「ガツ!」
「ボコッ!」
「ドン!」
「ガン!」
「ガン!」
俺は、身長が低く、どの学校でも、いじめの主犯格2、3人とその取り巻きの連中たちから、からかわれ、我慢して耐え続けていました。
最初は髪の毛をむしられていたが、徐々に、腕をつねられたり、ひっかかれたり、足ですねを蹴られたりした。その行為を我慢していると、土屋一派の暴力と陰湿ないじめはエスカレートしていった。拳で頭を殴られたり、登校中に後ろからおもいきり走ってきて、カバンに跳び蹴りを喰らわされ転倒して顔面に怪我をしたり、廊下ですれ違うと胸にパンチをされたりした。
俺は成人して大学院で心理学を学んだが、今も昔も「いじめの四層構造」は変わらないことに気付かされました。
「いじめの四層構造」とは、社会学者の森田洋司先生が提唱した概念です。いじめは加害者と被害者だけではなく、観衆と傍観者を加えた四層の中で拡大していくのです。分かりやすいように私を例に説明します。
より分かりやすいように例えられるのが、楕円形の図を用いた説明です。1つめの楕円形の中心は、いじめられている被害者がいます。それが私でした。それを囲むようにもう一つの楕円形の線があり、その中には、加害者がいます。私は、今でもその人間の名前をはっきりと覚えています。いや、むしろ、心に深い傷跡として刻み込まれています。この楕円形の線が2つで、2層構造になるのです。
そして、その2つの楕円形の線を囲むように、もう一つの楕円形の線があります。その楕円形の線の中には、観衆がいます。観衆とは、直接的に暴力を振るうことはありませんが、被害者の私がいじめられている様子を見て笑ったり、声を出したりして面白がっている連中です。
さらに、楕円形は外側にもう一つの楕円形が存在します。その楕円形の線の中には大勢の傍観者がいます。傍観者とは、見て見ぬふりをする連中のことです。いじめを止めさせようとする仲裁者も傍観者に分類できるそうですが、私の場合、そんな意思表明のできる勇気のある者はいませんでした。この「被害者」「加害者」「観衆」「傍観者」の関係性を、いじめの4層構造と呼ぶのです。
転校初日からいじめは必ず始まった。
「おい、茶髪の外国人!」
「違う!俺は、日本人だ!」
「嘘つけ!外国人のくせに!」
教室ではこれですんだが、教室に担任がいなくなったり、廊下や靴箱では、頭を叩かれたり、ほっぺたをたたかれたり、足を蹴られたりした。特に掃除の時間は最悪だった。担任がいない時を見計らって。箒で叩かれたり、背中に膝蹴りを喰らったりしていた。
「ドン!」
「ガツン!」
「ボコッツ!」
体の大きな奴が主犯格で土屋武という。土屋は私に足払いをして、いつも私を廊下で倒した。
「ドッ!」
「ドッ!」
「ドッ!」
廊下に倒れ込んだ私に、子分たちが容赦なく思い切り蹴りを入れてくる。特に、背中は思い切り踏みつけられた。
「おい、茶色毛の外人!先生に言ったら殺すからな!絶対に言うなよ!」
私は、負けず嫌いの性格だったため、頭を蹴られて朦朧とした意識の中で土屋たちに言い返した。
「クソガッ!お前ら全員、覚えてろよ!」
「何だと、もういっぺん言ってみろよ!」
私の言い返した言葉にキレた土屋は、横たわった私の胸と腹をさらに思い切り蹴り始めてきた。土屋はクラスだけでなく、学年でも体がいちばん大きく、太っていた。
「ドッ!」
「ドッ!」
「ドッ!」
「ウグッ!」
私は、そんな過酷ないじめに1年生の頃から4年間ずっと一人ぼっちで我慢し続けてけてきた。父や母、兄に相談したかったが、「親や兄に心配をかけたくない。」「私がいじめられていた惨めな存在であることを親に知られたくない。」という一心で、ずっと耐えた。
私はこんな日常に嫌気がさしていた。私は強くなりたかった。いじめる相手が7、8人いようが、コテンパンに殴り倒してやりたかった。でも、自宅の机に座ると涙が止まらなかった。私は家の北側にある高いブロック塀の裏で、いつも声をあげて泣いた。
本章に書かれてある内容に、意義や大切さを感じましたら、お友達やご友人、知人、先輩、後輩の方々にご紹介下されば幸いです。
筆者は、少年期の酷いいじめの経験と青年期の二度の心肺停止と臨死体験と死後の世界を経験しました。世界で起きている侵略戦争に対して、強い憤りの念をもつ筆者が、せめて異世界の小説の中だけは、侵略戦争を食い止め、勧善懲悪を貫き通す武士道精神をもった薩摩武士の生き様を描きたいという強い思い入れがあり、せめて異世界ものの小説は絶対的な「善」が存在し、絶対的な「悪」を懲らしめるといったストーリーを軸足に据え、筆者の実体験を基にしながら、主人公が数々の危機を乗り越えながら予定調和的な結末に落ち着くことで、現在起こっている侵略戦争に対するアンチテーゼを提案したいと考えています。