第5話 フェンリル
「……」
腰をかがめた姿勢のまま気を失い、動かなくなってしまったレイラ。
なんだか腰を痛めそうな姿勢だけど、鍛えてあるから多分大丈夫だろう。ひとまず僕は放っておくことにする。
「さて、次は我の番かのう」
ルーナさんはそう言うと僕のことを見ながらぺろっと舌なめずりする。
その目はまるで獲物を見つけた肉食動物。捕食される側の気持ちを味わって背中がぞくりとする。
「え、えっと。昨日言っていたいいものっていうのはもしかしてこのことなのでしょうか?」
怖くなった僕は時間稼ぎを試みる。
するとルーナさんは意外なことに「ああ、それはまた違う」と僕の問いを否定した。
「そうなんですか?」
「ああ。加護はもう与えているからな。少し順番が前後するが……まあいい。奴らももう待ちきれないようだし、先にこっちの顔見せをすませておくか」
「奴ら……?」
ルーナさんの言葉に首を傾げていると、彼女は突然指をパチッ! と鳴らして合図をする。
いったいなにをしてるんだろう。そう思っていると近くの木の陰や草むらから複数の影が現れる。
「わんっ!」
「わうっ」
「はっはっはっ」
「わうーっ!」
「へっへっ」
「くぅーん……」
「わう?」
「るるる……」
「…………」
「え、え、どういうこと!?」
現れたのは9頭の狼たち。
体長は一般的な狼と変わらないくらい。大型犬より少し大きい感じでルーナさんの狼姿よりはずっと小さい。
だけどみんなルーナさんと同じく綺麗な白くてもふもふの体毛をしている。
この子たちはもしかして……
「こやつらは我と同じ『フェンリル』だ。まだ幼い子どもだがな。ほれお前たち、これから世話になるテオドルフだ。しっかり覚えておけ」
「「「「わふっ!」」」」
子どものフェンリルたちはそう返事をすると僕のとこに駆け寄ってきてくんくんと匂いを嗅いでくる。
子どもとはいえ、フェンリルたちはそこそこ大きい。8頭に一斉に襲われた僕はもみくちゃにされてしまう。
「ちょ、落ちつい……わっ! 舐めたらくすぐったいよ!」
「ははっ、早速モテモテじゃないか。少し妬けるな」
数十秒ほどもみくちゃにされた僕は、ようやく解放される。
ふう、大変だったけど、少し楽しかった。
実は僕は犬派なのだ。前世の子ども時代は犬を飼っていて、毎日のように散歩をしていた。
社畜時代も癒やしを求めて犬を飼おうか悩んだけど、結局忙しくてロクに世話ができないので諦めたなあ。
まさか生まれ変わってまた犬(正確にはフェンリルだけど)と一緒に生活できるようになるとは思わなかった。
「あの、この子たちはもしかしてルーナさんの子どもですか?」
「はは、気にしなくても大丈夫だ。この子たちはみな我が姉上の子どもだ。我に伴侶はおらぬよ」
「あ、いえ、そういうことを気にしたんじゃ……」
「恥ずかしがらんでもよい」
そう言ってルーナさんは笑い飛ばす。
うう、なんだか嫉妬したみたいで恥ずかしい。
「こやつらはたくさん食うが、仕事もできる。馬よりずっと速く走れるし、人の言っていることを理解し魔物を追い払ったり護衛することもできる。鼻が優れているから探し物を見つけることもできる。他にも……」
「大丈夫ですよルーナさん。みんなこの村に迎え入れますから」
「……そんなに簡単に決めて良いのか? フェンリルはかなり珍しい。置けばトラブルのもとともなりうるが」
「構いませんよ。この子たちもお腹を空かせてるんですよね? 困った時はお互い様です。それにこんな可愛い子たちを放っておけませんよ」
近くにいるフェンリルの顎をなでながらそう答える。
その子は「るるる……」と甘えたように喉を鳴らしている。だめだ、可愛すぎる。こんな子を瘴気に侵された大地に住まわせておくことなんてできない。
村の役にも立つみたいだし、村の人たちも反対しないだろう。
「……ふっ。やはりお主は我の見込んだ通りの雄だったようだ。1000年この地で待った甲斐があったというものだ」
「そんな、大げさですよ。僕は当然のことをしているだけです」
「くくっ、そんなに我の好感度を上げたいか? 欲しがりな奴よ」
なぜかよく分からないけどルーナさんの好感度が上がっているみたいだ。
嬉しい反面、少しだけ怖い。あまり上げすぎると食べられてしまいそうな感じがする。
「わんっ!」
「わっ!?」
この村にいれることが分かって嬉しいのか、フェンリルたちがまたじゃれついてくる。
そのもふもふの毛をわしゃわしゃとなでてあげると、気持ちがいいのか僕も僕もとみんな催促してくる。
一頭だけその様子を遠巻きに見ているけど……あの子は人見知りなのかな?
あの子とも仲良くなれるといいけど。
「ちょ、みんな落ち着いて。ちゃんとみんななでるから……っ」
8頭のフェンリルにもみくちゃにされる僕。
犬を飼っていた頃の経験を活かしてしばらくさばけていたけど、とうとう飲み込まれて身動きが取れなくなってしまう。
もふもふ地獄に包まれてどうしようかと悩んでいると、突然ルーナさんに抱きかかえられて救出される。
「ぷは、ありがとうございます」
「構わんよ。それより……見せつけてくれるじゃないか。我を置き去りにして子どもたちとばかりたわむれおって。少し強めにマーキングしといた方が良さそうだな」
「……へ?」
どういう意味ですか? と口にしようとしたその唇が、乱暴に塞がれる。
「んむ……っ!?」
先程レイラとしたものとは違う、強引で直情的なキス。
びっくりして体をじたばたしてしまうけど、ルーナさんは僕の体をがっちりとつかんでいるためピクリともしない。
結局僕はされるがまま唇を奪われてしまう。
「……ぷは、危ない危ない。これ以上やると抑えが利かんくなってしまうな。まあこれくらいやれば加護はしばらく残るだろう。続きはまた今度にするとしよう、よいな?」
「あ、え、はい」
頭がまだぽーっとしているのでそう生返事をするのが精一杯だった。
ルーナさんはその返事に満足したのか、にっと笑うと下ろしてくれる。
「当然この子たちだけでなく、我もここに住む。これからよろしく頼むぞテオドルフ」
そう言って頼もしい笑みを浮かべるルーナさん。
こうしてまた、僕の領地に仲間が増えるのだった。




