第9話 ガーディアンフィッシュを釣ろう!
追いついてくれたのはエレナさんだった。
彼女が一緒に釣り竿を引くと、ガーディアンフィッシュの勢いが少し弱まる。
ぐぐぐ……でも水中が踏ん張りが効かないから引き止めるのは難しい。僕は手の感覚がなくなるほど強く握るけど、勢いを止めることはできない。
もう握力は限界だ。このままじゃダメだと焦っていると、もう一人誰かが来て一緒に竿を握ってくれる。
「これを引けばいいんだな……任せろ」
そう言って竿を強く握ってくれたのは、ナディアさんだった。
彼女がグイッと竿を引くと、ガーディアンフィッシュの勢いが目に見えて遅くなる。凄い力だ、これなら……!
「海を、私たちの故郷を、これ以上穢させはしない……!」
ナディアさんが思い切り竿を引くと、ガーディアンフィッシュはそれに引っ張られ、天井に激突する。
す、凄い力だ。あの巨体を釣り上げてしまうなんて。
「さすがですナディアさん! あれを釣っちゃうなんて!」
「喜ぶのは早い……来るぞ……っ!」
見上げると天井に激突したガーディアンフィッシュが、怒りの形相でこちらを睨みつけていた。
釣られる、ということは魚にとって屈辱的な行為なのかもしれない。ガーディアンフィッシュは逃げるのをやめ、僕たちを仕留めにかかる。
『ギアアアッッ!!』
恐ろしい声を出しながら向かって来るガーディアンフィッシュ。
まずい。今いる空間はさっきのとこより狭い。逃げられる場所はない。
この距離じゃシェルターを作る時間もない。
頼みの綱のナディアさんもさっき力を使い果たしてしまったのか肩で息をしている。
絶対絶命の危機。だけど僕の頭は冷静だった。
「――――自動製作」
次元収納に眠る金毛羊の羊毛。
それを素材にし、僕はある物を作る。
「ワイヤートラップ!!」
金の羊毛を素材とした糸。それを何重にも束ねあげワイヤーを作る。
そしてそれを空間中に張り巡らせて、網のようなトラップを作り出す。
幸いこの空間には柱がいくつもある。それに引っかければワイヤーを張り巡らせるのは難しくない。
「止まれえええ!」
『ギィィィィッ!!!!!??!??!?』
何十本ものワイヤーが体に絡みつき、ガーディアンフィッシュの速度が瞬く間に落ちる。いくらガーディアンフィッシュが巨体の持ち主でも、このワイヤーを引き千切ることは不可能だ。
僕はすぐさま泳ぎ出し、速度が完全に落ち切ったガーディアンフィッシュに近づく。
釣り竿を手放し、神の斧を再び掴もうとするけど、さっきの釣りで握力が限界に達してしまったせいで手に力が入らなくて斧を落としてしまう。
まずい。でももう拾いに行く余裕はない。こうしている間にもガーディアンフィッシュがワイヤーから抜け出し、逃げてしまう可能性がある。
今、倒さなくちゃいけない。
僕は咄嗟にオリハルコンナイフを取り出し、それを構える。これなら今の僕でも握ることができる。
「はああああ!」
ガーディアンフィッシュの額にある瘴気に満ちた第三の目。
僕はそこ目がけてオリハルコンナイフを突き刺す。すると刺した箇所から瘴気が溢れ出し、僕を押し返そうとしてくる。
「ぐ、ぐぐ……!」
両手で必死にナイフを押さえ、僕は耐える。
も、もう限界だ……と思っていると、隣にエレナさんがやって来て一緒にナイフを握ってくれる。
「あと少しだ。やるぞテオドルフ」
「はい……っ!!」
エレナさんももうボロボロだ。力は残ってないだろう。
それなのに僕を励ますために気丈に振る舞ってくれている。ここで僕が諦めるわけにはいかない。
「う、おおおおおおっっ!!!!」
体にわずかな残る力をかき集め、手に集中させナイフを押し込む。
すると次の瞬間バギッ、という音と共にガーディアンフィッシュの第三の目にヒビが入り、そして砕ける。
『ギ、イ、オオオオオオオッッ!!!!』
苦悶の雄叫びを発するガーディアンフィッシュ。
その体からは急速に瘴気が飛び散り、生命力が低下していく。
「や、った……」
倒したことを確信し、安堵する僕。
瘴気の源を壊したんだ。これで完全に倒したはず。
そう気を緩めたその瞬間――――ガーディアンフィッシュは最後の力を振り絞り、僕の体に体当たりしてきた。
「……ッッ!!」
全身を襲う、激しい痛み。
僕の軽い体はたやすく吹き飛び、そして海底遺跡の床に激突する。
「あ……ッ!?」
ぐら、と視界が揺れる。
胃が回転し、口から中身が漏れ出る。まずい、意識が朦朧とする。
なんとか気絶しないよう意識を集中させようとするけど、次の瞬間更なる異変が僕を襲う。
「い、きが……」
体が急速に冷えて、息ができなくなる。
それだけじゃない、体中が謎の痛みに襲われる。
ま、まずい。さっき床に激突した時に魔法薬を吐き出してしまったのかもしれない。
水中適応魔法薬の効果が完全に切れれば、僕は死んでしまう。
その前になんとか予備の魔法薬を飲まなくちゃいけない。
「い、んべんと……り」
意識が朦朧としながらも、僕は次元収納の中から予備の魔法薬を取り出す。
これさえ飲めれば、意識を失っても死ぬことはないはず。
だけど僕の手は完全に握力を失っていて、魔法薬の入った小瓶を掴むことができず離してしまう。
「そ、んな……」
目の前をぷかぷかと浮遊する魔法薬。
だめだ。もう体が動かない。ここで終わりなのか……と思っていると、
「お前は恩人だ。ここで死なせはしないぞ」
ナディアさんが高速で僕のもとにやって来て、僕のことを抱きかかえてくれる。
そして魔法薬の入った小瓶を掴むと、歯でコルクを噛んで抜き、その中身を口に含む。
「力を抜け」
ナディアさんはそう言うと、魔法薬を口移しで僕に飲ませてくれる。
僕は頑張ってそれを飲み、ごくりと喉を鳴らす。
すると途端に呼吸が楽になり、体温も元に戻っていく。
ナディアさんはその後も数度に分けて瓶の中の魔法薬を僕に飲ませてくれる。
命の危機にこんなことを考えるのは良くないけど、なんだか恥ずかしくなって来てしまう。
「なでぃあ、さ……」
「喋らなくていい。今はゆっくり休め」
「は、い……」
ナディアさんに頭をなでられた僕は、なんだか安心して目を閉じる。
そうすると疲労がどっと押し寄せてきて僕は眠りに落ちてしまう。
――――こうして僕たちの海底遺跡調査は、無事終わったのだった。




