第6話 瘴気の源
「ふう、腹いっぱいだ」
僕が持ってきた食料をほぼ全て食べ尽くしたナディアさんは、満足そうにお腹を叩く。
成人男性の食事十回分くらいは食べたはずだけど、ナディアさんのお腹はスリムなままだ。いったいどこに収納されたんだろう……神獣の体は謎だらけだ。
「えっと……ナディアさん。そろそろ話をうかがってもいいですか?」
「ああいいぞ。テオドルフはいい奴だからな。なんでも答えてやろう」
ナディアさんはあっさりとそう答える。
どうやら好印象を持ってもらうことができたみたいだ。食べ物をたくさん持ってきておいてよかったね。
「ナディアさんは神獣なんですよね? 僕は神狼のルーナさんや仙狐のタマモさんと知り合いなんですが、ナディアさんもお二人と仲間なんですか?」
「おお、懐かしい名前だな。あいつらも生きていたのか」
ナディアさんは嬉しそうに反応する。彼女は表情があまり変わらないけど、その太く大きな尻尾をゆらゆら揺らして喜びを表現している。
この反応を見るに、どうやらルーナさんとは仲間みたいだ。それならいきなり敵対することはなさそうだね。
「ルーナとは肩を並べて戦ったこともある。あいつは気骨ある戦士だった。まあ私の方が強いがな」
「へえ……ナディアさんはとっても強いんですね」
「まあな、私は最強なんだ」
大きな胸を張り、えっへんと威張るナディアさん。
あの物凄く強いルーナさんより強いなんてそう簡単には信じられないけど、機嫌を悪くさせないためにも、ひとまずそういうことにしておこう。
実際海神竜の姿の時のナディアさんはすごく強そうだったしね。
「それでナディアさんはここでなにをしていたんですか? この海は瘴気に侵されていて過ごしづらいと思うのですが」
「……まあな。この海は澱み、生きるのに適していない。だから私はしばらくここから離れた海で暮らしていた。このまま故郷に戻ることなく、一生を終えるのだと思っていたが……ある日急に予感がしたんだ」
「予感?」
僕の言葉にナディアさんは頷く。
「なにかが変わる、そんな予感だ。ずっと故郷のことが頭の隅にあった私は、約千年ぶりにここに帰ってきた。千年ぶりの海は以前より瘴気に汚染されていた。私は少しでも昔の海を取り戻すため、この大地の周囲を泳ぎ、観察し、そして見つけたのだ。この海を穢す、その源をな」
「え……!?」
ナディアさんの言葉に僕は驚く。
海にある瘴気の源。それは僕たちが探していたものだからだ。
「そ、それってどこにあるんですか?」
「ここから少し泳いだ先の海底。そこに遺跡のような建造物ができていた。そこから大量の瘴気が放たれ、この海を汚染していたんだ」
「遺跡、ですか。なんで海底にそんなものが……」
「おそらく冥神ハデスの手下が作ったんだろう。あいつは封印されたが、その手下は今も生きている。千年も経つのにまだ迷惑をかけるとは、執念深い奴だ」
ナディアさんは不快感を露わにしながら語る。
冥神ハデスは、かつて女神様や英雄、神獣たちと敵対した悪い神のことだ。
この大地が瘴気に侵されているのもハデスのせいだという。
女神様たちのおかげでハデスは封印されたらしいけど、どこかで今も生きていて復活の機会をうかがっているらしい。
「遺跡を発見した私はそこに侵入し、瘴気の源を壊すつもりだった。しかしそれは叶わなかった。なぜなら……」
「な、なぜなら……?」
僕はごくりと唾を飲む。
い、いったいどんなアクシデントが――――
「なぜなら、腹が減ったからだ。腹ぺこでは戦えないからな」
ナディアさんの可愛らしい理由を聞いて、僕はがくっとずっこける。
どんな理由かと思ったら空腹か……お腹が空いたら戦えないのは人も神獣も変わらないみたいだ。
「これは深刻な問題だぞ? なんせ今のこの海にはほとんど生命がいない。食べれるものなど無いに等しいのだからな。海藻を食べたりしたが、そんなものじゃ腹はほとんど膨れないからな」
ナディアさんはそう言うと、話は終わりとばかりに立ち上がる。
そして海の方を見て、そちらに歩き出そうとする。
「ちょっと待ってください! どこに行くんですか?」
「決まっている。腹がいっぱいになったから、遺跡に行くんだ。飯は感謝している、礼と言ってはなんだが、綺麗な海を見せてやる」
ナディアさんは淡々とそう言う。
言いたいことは分かるけど……なんだか胸騒ぎがする。このまま行かせたらよくないことが起きる気がする。
僕はナディアさんの手首を掴み、彼女を止める。
「待ってください。僕にもそれを手伝わせてくれませんか?」
「なに……?」
僕の言葉にナディアさんは戸惑う。
そりゃ驚いて当然だよね。行かせた方が安全なのに、わざわざついていこうとするなんて。
「テオ様、それはあまりにも危険では……」
「分かってる。でもこの土地での問題を、ナディアさん一人に押し付けるなんてできないよ。海だってこの土地の一部なんだ。ここの領主として見過ごすわけにはいかない」
僕がそう言うと、レイラは心配そうにしながらも納得してくれる。
レイラには申し訳ないけど、僕は本気だ。
絶対この海を綺麗にして見せるんだ……と意気込むけど、
「テオドルフ。気持ちは嬉しいが、どうやってついてくる気なんだ? 遺跡は海底にあるんだぞ? 当然息はできないが」
「あ」
当たり前のことを考えていなかった僕は、間の抜けた声を出す。
そ、そうだよね。海底にある遺跡なんだ、中も水でいっぱいだよね。
どんなに頑張っても2〜3分くらいしか息を止めるのは不可能だ。とてもそんな時間で遺跡に行って瘴気の源を壊すのは不可能だ。
ど、どうしよう……。




