第10話 オオカミ
「さて、よい頃合だな。そろそろ発たせてもらおう」
荷積み作業が終わり少しして。
タマモさんは部下の商会員の体力が回復したのを見計らってそう言った。
今日は泊まって行ったらどうですかと聞いたけど、タマモさんは忙しいらしく、これからまた仕事で遠くの街に行くらしい。
さすが飛ぶ鳥を落とす勢いのベスティア商会の商会長だ。やることはいくらでもあるんだろうね。
「世話になったな。其方に会えて良かったぞ」
「はい。僕の方こそタマモさんに会えて嬉しかったです。またいつでも来てくださいね」
「ああ、その時はまた世話になるとしよう」
タマモさんはそう言うと僕と固く握手する。
僕たちとベスティア商会の協力関係は、一層強くなっただろう。これからもお互い助け合っていきたいね。
そう考えていると、タマモさんはきょろきょろして誰かを探すような素振りをする。
いったい誰を探しているんだろう? そう思っていると、タマモさんの目が遠くから僕たちのことを見ている人物を捉えて留まる。
「あんなところに。まったく、仕方のない奴じゃ」
タマモさんが見つけたのはルーナさんだった。
彼女はあれ以来こっちに近づくかなくなっていた。別に小さい頃懐いていた人が僕に似てたくらい、気にする必要ないのに……。
早く仲直りしたいけど、ルーナさんに近づくとダッシュで逃げられてしまう。この村で一番の俊足であるルーナさんに僕が追いつけるはずがないので、僕たちは話すこともできずにいた。
「やれやれ、しょうがない。ここは妾がなんとかしてやるとしよう」
「どういうことですか?」
「こういうことじゃ」
タマモさんは僕に一歩近づくと、僕の襟を掴んでグッと引き寄せる。
その華奢な体に見合わない力で引っ張られた僕はタマモさんに急接近し……そして「ちゅ」っと唇を奪われる。
「っ!? た、タマモさんなにを……!?」
唇に感じる小さくてやわらかい感触に、僕は驚き硬直してしまう。
タマモさんは見た目は小さな女の子なのに、大人のような妖艶さがあってドキドキしてしまう。
「迷惑をかけたせめてもの詫びじゃ。仙狐の加護をくれてやる。それにここまで見せつければ、あの馬鹿も少しは素直になるじゃろうて」
タマモさんはそう言って笑みを浮かべると、ルーナさんの方を見る。
遠くてよくは見えないけど、ルーナさんは今のキスを見て動揺しているように見える。どうやらこれが狙いだったみたいだ。
それを確認したタマモさんは軽やかに馬車に乗る。
すると御者台に座っていたローランさんが手綱を操り馬車を発進させる。
「さらばだテオドルフ。また会う日を楽しみにしておるぞ」
「は……はい! また!」
僕の言葉に満足したように頷いたタマモさんは、馬車の中に完全に入ると、商会の仲間と共にルカ村から去っていくのだった。
◇ ◇ ◇
「ふう……今日も色々あったなあ」
夜。
お風呂に入って体を綺麗にした僕は、ふかふかのベッドに体を沈める。
今日はレイラがやって来てないので、一人でゆっくり眠ることができる。
レイラやアリスに襲われることは多いけど、一応彼女たちなりに順番と頻度は決めているみたいで、こうして一人でゆっくり寝る日も作ってくれる。
まあそこに僕の意思は介入してないんだけど……。
「ふあ……眠いや……」
疲れていたので、あっという間に眠気に包まれてうとうとする。
あと少しで眠れそうだ……そう思っていると、突然「とす」、と体の上からわずかに重みを感じる。
「んん……?」
「夜遅くにすまんな」
目を開けると、そこにはルーナさんが僕に覆い被さるようにしていた。月夜に照らされるルーナさんはとても綺麗で、なんだか神秘的な雰囲気を纏っていた。
それにしてもいつの間に部屋に入ってきたんだろう?
ドアの開く音もしなかったし、まったく気が付かなかった。神狼の力、恐るべしだ。
「ルーナさん? どうしてここに……?」
「やはりあのまま逃げていては良くないと思ってな。こうして寝込みを襲わせてもらった」
どうやら襲っているという自覚はあるみたいだ。
ルーナさんは頬をわずかに染めながら、少し照れた様子で話し始める。
「我が小さい頃、とある人間に懐いていたのは……本当だ。そやつは強く、聡明で、慈愛に満ちた、とても優れた人間であった」
ルーナさんは昔を思い返しながら語る。
不思議なことにそれを聞いていると少しだけ胸の奥がズキっと痛む。どうやら僕は会ったこともない、もういないはずのその人に嫉妬してしまっているみたいだ。
こんなこと思うのは良くないはずなんだけど……どうしてもそう思ってしまう。
「そんな顔をするな。我は確かにそやつに憧れていたが、あくまでそれは憧憬であり、恋慕ではない。我が長い生涯で番にしたいと思ったのは……お主だけだ」
「ルーナさん……」
ルーナさんは僕の目をジッと覗き込みながら、顔を近づけてくる。
その綺麗で神秘的で、そして野生的な目に僕は吸い込まれそうな錯覚を感じる。
「タマモがお主の唇を奪った時、正直嫉妬した。まさか我が一人の人間にここまで入れ込んでしまっているとはな……自分で自分に驚いたぞ」
ルーナさんはそう言うと、着ている服を一枚脱ぐ。
月明かりに照らされた彼女の美しい体が僕の目に映る。
まさかルーナさんがそんな風に僕のことを思っていたなんて。驚いたのと同時になんだか凄く嬉しく感じてしまう。
「さて、襲うような形になって悪いが、我もそろそろ我慢が限界でな。そなたには番になってもらうぞ……♡」
「あ、あの。せめて優しく……」
「それは無理な相談だな♡」
ルーナさんの大きな瞳が、肉食獣のような鋭さで僕を捉える。鋭い牙を覗かせたルーナさんは、ご馳走を前にしたかのように舌なめずりをする。
こうして僕はオオカミに襲われ、朝までたっぷり食べられてしまったのだった。




