第9話 計画失敗
「ぐぬぬ……妾の完璧な計画が……」
馬車から降りると、そこには悔しそうな顔をしたタマモさんが地面に座り込んでいた。
落ちた衝撃で地面を転がったみたいで、服は汚れて髪は乱れてしまっている。
馬車から放り出されたのは自業自得だけど、なんだか可哀想に思ってしまう。
「なにが完璧な計画だ。こいつに手を出したらお主も商会もただでは済まんかったぞ。我に感謝してほしいくらいだ」
「へ?」
ルーナさんの言葉に、タマモさんが首を傾げる。
……確かに僕が操られたと知ったら、村のみんなは黙ってないかもしれない。特にレイラやアリスはなにをするか分ったものじゃない。
彼女たちがどんな手に出るか……考えただけで寒気がしてぞくっとする。
「それに、だ。こんなくらだん計画を立てんでも、テオドルフは協力してくれるだろう」
「む? そうなのか?」
タマモさんはきょとんとした顔で僕を見てくる。
「はい。タマモさんのしてきたこと、凄いと思いました。僕も同じ地に住む仲間が不当に虐げられているのは見過ごせません。それを解消するためでしたら、力をお貸しします」
「そ、そうじゃったか……それは、その……すまなかった……」
タマモさんは尻尾と耳をぺたりと下げて謝ってくる。
強引な手に出ようとしちゃったけど、僕は別に被害は受けていないので怒ってはない。
「僕は気にしてませんよ。同じ地に住む者同士、これからも仲良くしましょう」
「おお……お主は器が大きいな、感謝するぞ、テオドルフ」
僕はタマモさんの小さな手を握り、握手する。
なんとか丸く収まって良かった。仲間は多いほうがいいからね。
「しかしこのまま許してもらったのでは示しがつかん。ここは妾が伴侶になることで償いを……」
「しつこい」
ルーナさんがバシッとタマモさんの頭を叩くと、彼女は「のじゃ!?」と倒れそうになる。
また面白い人が仲間になったなあ。
◇ ◇ ◇
「ふう……ここは空気もうまいのぅ……」
手頃な岩に腰を掛け、自前の煙管を吸いながらタマモはそう呟く。
彼女の視線の先では、ベスティア商会の者が積荷を下ろし、村に運び入れている。そして逆に村の特産品を受け取ると、商会の馬車に積み込んでいく。
タマモは肉体労働が得意ではない。
商会長という立場もあるので雑用をするわけにもいかない。
そのためこうやって煙管をくゆらせ、穏やかに時間を消費していた。
「ずいぶん暇そうだな」
「ん……? ルーナか」
「隣に失礼するぞ」
突然やって来たルーナは、タマモの隣に腰を下ろす。
二人はしばらくなにも話さず、商人たちが荷下ろしするのをじっと見ていた。
緩やかに時間が過ぎる中、先に口を開いたのはルーナだった。
「たいしたものだ」
「……ん? なんのことじゃ」
言葉の意味が分からず、タマモは首を傾げる。
するとルーナは変わらず働く獣人たちを見ながら言葉を続ける。
「一人で商会を立ち上げ、獣人を守っていたと聞いた。それがどれだけ大変なことか、我には想像もつかん。困難の連続であっただろう」
「くくっ……まあの。そこそこに刺激的な日々であったことは間違いない」
タマモは昔を思い返す。
容姿が整った幼い獣人の見た目をしている彼女は、人間だけでなく獣人にすら侮られる。話を聞いてもらえないこと、誘拐されそうになったこと、裏切られたこと、全て両手の指では数え切れない。
しかしそれでも彼女は少しずつ仲間を増やし、商会を立ち上げるに至った。
それは強力な力を持つ神獣とはいえ、誰でもできることではない。
ルーナはタマモを素直に称賛した。
「それで言うならお主の方こそ、たいしたものじゃ。まさか新たな神獣が生まれ、命が繋がれているとは夢にも思わなかったぞ」
タマモは村の中を楽しそうに走る、神狼の子どもたちを見ながら呟く。
神獣は強力な力を持つ代わりに、子孫を残すのが難しい。神力を持たない普通の生物では神獣と番になることは不可能であり、神々や英雄が消え去った現代では神獣が子を成すのは『不可能』だと思われた。
タマモは部下からルーナが生きていることを聞いた時は驚いたが、神狼の子どもがいると聞いた時はそれより数倍驚いた。
「あの子たちは我の子ではないがな。頑張ったのは姉上だ、神狼の命を繋いでくれた」
「そうかレーナの……。奴はまだ生きておるのか?」
その言葉にルーナは首を横に振って答える。
彼女の姉は、テオドルフがこの地に来るより前に命を落としていた。
「我はあやつらの面倒を見ただけだ。たいしたことはしておらん」
「そう卑下するな。お主がおらんかったらあの子らは今日まで生きてられなかったじゃろう。一人だけあれだけの数の神狼を育てるのは大変だったじゃろう……たいしたものじゃ」
「……まさかお主に励まされる日が来るとはな。ありがとう、救われるよ」
二人はそれっきり口を閉じると、並んで賑やかなルカ村を眺める。
そうしていると、まるで千年前に戻ったような気分になった。かつて栄華を極めたレガリアも、平和で賑やかな都市であったからだ。
「あ、二人ともこんなところにいたんですね」
そう言って現れたのは、テオドルフであった。
突然現れた彼に、ルーナは「どうした?」と尋ねる。
「レイラがお菓子を焼いてくれたんです。みんなで食べませんか?」
「それはいいな。その前にお主を食べてしまうのもいいかもしれんがな」
「ちょっとルーナさん!? からかわないでくださいよ!」
テオドルフをひょいと持ち上げ、そのやわらかそうなほっぺに噛みつこうとするルーナ。
突然のことにテオドルフは驚いてじたばた暴れる。
そんな微笑ましい光景を見たタマモは、あることを思い出しにやりと笑みを浮かべる。
「なるほど……そういうことか。やけに懐いていると思ったが」
「え? なんのことですか?」
含みのある言葉に、テオドルフは引っかかりその意味を尋ねる。
するとタマモはルーナを見ながら気づいたそれを語り出す。
「そやつは幼き頃、ある女の英雄に懐いていて、よく後ろをついて回っていたのじゃ。テオドルフ、そなたにはその英雄の面影がある。ルーナが気に入るのも無理はない」
「へえ……そんな人がいたんですね。そんなに僕に似てるんですかルーナさん……って、え?」
その人物のことが気になったテオドルフは、自分を持ち上げているルーナの方を見る。
すると彼女の顔は真っ赤にし、目を大きく開いて固まっていた。
驚愕と羞恥が入り混じった顔。いつも飄々としていて掴みどころのないルーナのこんな表情、テオドルフは今まで見たことがなかった。
「ち、ちち違うんだテオドルフ。けけけ決してお主をあやつと重ねて見ていたわけではないんだ! その、ええと、ぐぐ……ええい!」
「わ!?」
ルーナは慌てたようにテオドルフを離すと、神狼の強靭な足で神速で逃げ出してしまうのだった。




