第8話 馬車におじゃましよう!
「おじゃましまーす……」
タマモさんに馬車まで案内された僕は、少し緊張しながら馬車の中に入る。
彼女が乗ってきた馬車は外見だけじゃなく中もしっかりしていて、まるで立派なお屋敷の一室に入ったかのような感じだった。
中には中華風の置物がたくさんある。掛け軸に壺や刀剣 など、ひと目で高いと分かる物が乱雑に置いてある。
もし不注意で壊してしまったらいくら払わなくちゃいけないんだろう……ぶつからないように気をつけないと。
「まあくつろげ。少々狭いがな」
「は、はい」
馬車の中は高そうな絨毯が敷かれていて、僕はそこに置かれているふかふかの座布団に腰を下ろす。一般的な馬車は椅子が置かれているけど、この馬車はそれがないので普通の部屋みたいだ。
なんだか馬車の中にいるって気分にならない。
「それでタマモさん。見せたい物というのは……」
「そう急くな。茶を淹れるから少し待つがよい」
タマモさんはそう言うと手慣れた手つきでお茶を淹れてくれる。
見た目は普通の鉄製の茶器に見えるけど、どうやら魔道具みたいで熱々のお湯がすぐに出てくる。
タマモさんはベスティア商会の長、魔道具とかの珍しい物もたくさん持っているはず。
この馬車の中には他にも魔道具があるかもしれない。下手に触らないように気をつけないと。
「そうだ。香も焚いてやろう。妾のお気に入りのやつじゃ、気にいるぞ」
タマモさんは香炉に火をつけると、馬車の中に煙が広がりいい匂いで満たされる。
なんだか落ち着いて、頭がふわふわする。不思議な匂いだ……このお香はいったいなにが原料なんだろう?
「ほれ、茶ができたぞ。飲むがいい」
「はい。いただきます」
僕はタマモさんの淹れてくれたお茶を飲む。
あまりこっちの世界では口にしたことがない味だ。風味とかはかなり日本のお茶に近い、なんだか懐かしい味がして落ち着いちゃうね。
「どうやら気に入ってくれたようじゃの」
「はい、とても美味しいです」
僕は少しうとうとしながら答える。
なんだか少し眠くなってきた……お客さんの前なのにこんなに眠くなるなんて、どうしたんだろう? お香とお茶のせいでリラックスし過ぎたのかな?
眠るわけにもいかないから、なにか話して眠気を覚まさないと。
僕は気になっていたことを尋ねることにする。
「タマモさんは昔、ここに住んでいたんですよね? そこからどういう経緯で商会の長になったんですか?」
「……お主も知っておろうが、獣人の立場は弱い。今はだいぶましになったが、昔は酷いものじゃった。物扱い……いや、それ以下の扱われ方をされておった」
タマモさんは昔を思い出すように語り始める。
僕も本で見ただけだけど、獣人は昔、人扱いされてなくて奴隷として酷使されていたらしい。タマモさんがここまで言うということは、本当に良くない扱われ方をしていたんだろうね。
獣人だって同じ世界に住む仲間のはずなのに。ひどい話だ。
「同族もおらん妾にとって、獣人は唯一の『仲間』のようなもの。そのような惨状を見捨てることなどできんかった。しかし仙狐の力は他の神獣に比べ弱い。長寿といくばくかの異能を持ってはおるが、それだけ。神狼のように高速で大地を駆け仲間を助けることも、鋭利な牙で敵を討つこともできぬ」
タマモさんは自嘲するように言う。
確かに彼女の神力はルーナさんに比べると、少なく感じる。
神獣と一口に言っても、みんながみんな強力な力を持っているわけじゃないらしい。
「妾のような非力な者が仲間を守るためには、『組織』が必要じゃった。獣人同士が手を取り合い、金を稼ぎ他種族と対等に渡りあえる、強力な『組織』がな。じゃから妾は作ったのじゃ、金を生み出せる商会をな」
「なるほど……そんな経緯があったんですね」
凄い。と僕は素直に感動した。
彼女は1000年間もの間、仲間を守るために動き続けていたんだ。
個の力が不足していても諦めず、組織を大きくし続けて彼女の商会は国も無視できない規模にまで成長した。
彼女のおかげで救われた獣人はかなり多いと思う。
なにか僕も力になれることはないかな? そう思って尋ねようとしたけど……僕の口は思うように動かなくなっていた。
「あ、れ……?」
口だけじゃない、体も上手く動かない。
それだけじゃなく思考もなんだかモヤがかかったみたいだ。いつもだったらなにか打開策を考えられるけど、それも上手くできない。
い、いったいなにが起きてるの……? そう思っているとタマモさんが僕の目をじっと見つめて口を開く。
「すまんな。一服盛らせてもらった」
「え……?」
僕は口にしたお茶を見る。
変な色もしてないし、変わった味もしていなかった。まさかなにか仕込まれているなんて、少しも考えなかった。
「な、んで……」
「ベスティア商会は確かに力をつけ、獣人の立場を大きく向上させた。しかしそれでも獣人の差別を根絶するには至っていない。力が、必要なのじゃ」
タマモさんはそう言って少しだけ目を伏せると、改めて僕の方を見る。
「テオドルフ。お主の力は素晴らしい。自動製作の力はもちろん、お主自身の能力も妾は高く評価しておる。自動製作の力があれば誰でもここのような村を作れるわけではないからな。お主自身の能力、そして人徳があったからこそ、この村は民が幸せに暮らせるようになったのじゃろう」
タマモさんはそう言いながら僕に近づいてくると、僕の顎をつかんでクイと持ち上げる。
「お主がおれば、妾の商会は更に力を増す。ゆえにお主を貰うことにした」
「え……?」
タマモさんは至近距離で僕の目を覗き込んでくる。
更に頭がふわふわして、思考がまとまらなくなる。あれ、なにをしてたんだっけ……?
「仙術の一つ、『魅了』じゃ。仙狐は力が弱いが、特殊な術を使うことができる。この術はその名の通り、相手を魅了し、虜にする。多勢にかけることはできんが、子ども一人にかけるくらい朝飯前じゃ」
タマモさんの声が遠くに聞こえる。
なんだか眠い……どうして……
「なに、悪いようにはせん。お主には妾の伴侶としてなに不自由ない生活をさせてやるのじゃ。この村もしっかり存続させるから安心するがいい。さあ、ここからは妾のことだけを考えろ……」
タマモさんの綺麗な顔が、ゆっくりと僕に近づいてくる。
なんだか逃げなきゃいけない気がするけど、頭が回らない。
僕がぼーっとしていると、タマモさんの顔は更に近づいてきて、その小さな唇が僕のものに触れそうになる。
しかしその瞬間、バチン! という大きな音が鳴ってタマモさんが僕から弾き飛ばされる。
「のじゃ!?」
「わっ!?」
その衝撃と音で、僕は意識を取り戻す。
頭にかかっていたモヤが霧散して、眠気も消えてなくなる。僕は……そうか、魅了をかけられていたんだ。
きっとあのままだったら完全に魅了にかかっていた。なんでそれが中断されたんだろう?
一方僕から弾け飛んだタマモさんは何度も後転した後、馬車の壁に体をぶつけて床にべしゃ、と倒れていた。
だけど怪我はしなかったみたいですぐに体を起こす。
「ぐ、ぐぬぬ……まさか魅了が無効化されるとは……! どれだけの量の加護を持っておるんじゃ……!」
どうやら魅了がかからなかったのは、僕がたくさんの加護を持っているからのようだ。
確かに色んな加護を僕は貰っている。もはやどんな加護が自分に宿っているのか覚えていないほどだ。
きっといくつもの加護の効果が組み合わさって、体に悪影響を及ぼすものを自動で無効化するようになったんだと思う。お茶とお香の効果も今は感じない、きっとこっちも無効化してくれたんだろうね。
「あの、大丈夫ですか? 頭を打ったように見えましたけど……」
「ぐぬ……このまま引き下がれるか! こうなったら実力行使じゃ! 必ずお主を妾のものに……ん?」
タマモさんがなにかに気づくと、突然馬車の扉が開き、中に誰かが入ってくる。
「やれやれ、しつこい女は嫌われるぞ。それくらいにせんか」
「ルーナ、お主……!?」
馬車に入ってきたのはルーナさんだった。
どうやら僕を助けに来てくれたみたいだ。タマモさんが『魅了』を使ったのを察知して来てくれたのかな?
「おい、なにをす……妾を持ち上げるな!」
「少しおイタが過ぎたぞ。こんなに香を焚きおって。ほれ、外に出ろ」
「のじゃー!?」
ルーナさんはポイっと、乱雑にタマモさんを馬車の外に投げ捨てる。
大丈夫かな? 怪我をしてないといいけど。
そう思っていると、ルーナさんが僕のことを少し心配そうに見てくる。
「大丈夫か? どこか変なところはないか?」
「はい。来てくれてありがとうございます、ルーナさん」
「無事ならよい。さ、あのアホ狐を叱りに行こうか」
こうして僕は差し出されたルーナさんの手を取って、馬車から出るのだった。




