第16話 ゴーレムの主
「いったいどこまで行くんだろう……」
ゴツゴツした道を歩きながら、僕は呟く。
岩の王を追跡することにした僕たちは、岩の王から約十メートルほど離れたところを歩いていた。岩の王は僕たちを全く気にせず進んでいる。気づいてないのか、それとも気にする余裕がないのかは分からないけど、ひとまずすぐ戦いにはならなさそうだ。
ちなみに岩の王を追跡しているメンバーは僕、アリス、ガーラン、そしてドゥルガン王とその護衛の兵士三名にガボさんだ。
道中が安全とは限らないのでドゥルガン王が来るのは危険だと提言はしたんだけど、
「奴の最期を見る責務が私にはある。なに、私もドワーフの戦士、いざとなれば戦える」
と押し切られてしまった。
まあ確かにドゥルガン王は僕よりずっと戦士として優れているだろう。いざとなれば兵士が盾になってくれるだろうし、大丈夫か。
『ウウ……アア……』
岩の王は時折呻きながら山の中の道を行く。
今通っている円形の通路は岩の王がギリギリ通れるくらいの広さだ。壁も床もガタガタ、ドワーフが作った通路には見えない。
「おそらく岩の王が自ら掘った通路だろう。補強されてないゆえ崩落する可能性は十分にある。気をつけたほうがいい」
「はい、分かりました」
ドゥルガン王の言葉に僕は返事をする。
確かにこんなとこで生き埋めになったら大変だ。自動製作でシェルターくらいなら作れるけど、どうやって脱出していいか分からない。ドリルでも作ればいけるかな?
「……それにしても岩の王の製作者はいったい何者なのだ。なぜ我らドワーフを襲う? 見つけたらぎったんぎったんにして吐かせてやる」
すぐ後ろを歩くガボさんがハンマーをぶんぶんと振りながら意気込む。
それは僕も気になっている。やっぱり太陽石を狙っているのかな? あれは超高純度の魔石。ゴーレムを作る者からしたらかなり価値のある物だろうね。
どんな理由があっても無理やり略奪するなんて許せない。どこの誰かは知らないけど、こんなこと二度と起こさせるわけにはいかない。絶対捕まえないと。
「……あ。開けたところに出ます」
岩の王を追って三十分ほど歩くと、通路が広くなり始める。
そしてついに通路より広い、開けた空間に出る。
「明るいな。日が差し込んでいるのか」
ガーランが天井を見ながら呟く。
この開けた空間は明るく、今まで使っていた魔石のカンテラがなくても視界を確保できた。ガーランが気づいた通り天井に大きな亀裂が空いていて、そこから日光が中に差し込んでいた。
「ここにゴーレムの製作者が……慎重に行きましょう」
僕たちは警戒しながら前進する。
岩の王はと言うと空間の中央に止まり、しゃがみこんでいる。影になってよく見えないけど、そこにゴーレムの製作者がいるのかな?
刺激しないようゆっくり進み、岩の王の側まで来た僕たちは、空間の中央部に置かれていたあるものを見て驚く。
「これは……!」
そこに置かれていたのは『お墓』だった。
削った岩を墓標にした、簡素なお墓。日がもっとも差す空間の中央部に、それはあった。
岩の王はそれの前にひざまずき、そしてお墓の前になにかを置く。
キラキラと光る石、あれは魔石だ。お墓の周囲には花や魔石、宝石などの綺麗な物が置かれていた。
『オ……ア……』
岩の王は祈りを捧げるように手を組み、その場に頭を垂れる。
このゴーレムに心があるのかは分からないけど、その声は悲痛で悲しんでいるように聞こえた。
「……そういうことだったか」
岩の王の様子を見たドゥルガン王が、納得したように呟く。
「この墓の下に眠る者が、おそらくこのゴーレムの製作者だったのだろうな。主を失ったゴーレムは、程なくして活動を止めるものだが……岩の王は強力なゴーレム、一人でも活動を続けられてしまったのだろう」
「そうだったんですね……それで死んでしまった主に供える物として、魔石を集めていたってことですか」
死者を悼んでいるのか、それとも教わったことを真似しているだけなのかは分からない。でも岩の王は亡くなった大切な人のために魔石を集めていたんだ。
そのためにドワーフの国を襲ったのは悪いことだけど、岩の王にも譲れない理由があったんだね。
「しかし……どうしたものか。ドワーフの製作者がいれば捕まえたのだが、死んでいては捕まえることもできん。岩の王を完全に止めるしかないか」
「待ってくださいドゥルガン陛下。少しだけ僕に任せてくれませんか?」
「む? なにか考えがあるのか?」
ドゥルガン王の問いに僕は頷く。
今の戦意をなくした岩の王を破壊して終わりじゃ、なんだか嫌な気分が残る。僕は違う選択肢を思いついていた。
「……分かった。テオドルフ殿に任せよう」
「ありがとうございます」
僕はみんなに見守られながら岩の王に近づく。
アリスとガーランは武器に手をかけ、いつでも駆け出す姿勢を取っている。もし岩の王がいきなり襲いかかってきても二人が助けてくれるだろう。
『ア……?』
岩の王は僕に気がつくけど、攻撃してこない。
こっちに戦意がないのを感じ取ってくれたのかもしれない。
「岩の王。あなたのしたことは許されることではないけど……気持ちは分かります。僕も大切な人をなくしたことがありますから」
亡くなった母上のことを思い出す。
もし僕にアリスやガーランといった味方がいなかったら、岩の王みたいに絶望し他の人を傷つけていたかもしれない。
そう思うと他人とは思えなかった。
「だから僕にも、この人を悼ませてください」
僕は次元収納の中からあるものを取り出し、能力を発動する。
「自動製作……花畑!」
植物の種と竜の骨粉を組み合わせて、自動製作をする。
するとお墓を中心として色とりどりの花が咲き、一瞬でそこはお花畑となってしまう。竜の骨粉で植物が急成長するのは世界樹の時に実践済みだ。今回も上手くいって良かった。
岩の王は綺麗に咲いた花を見ると『ウ、ウオオオオッ!』と大きな声で叫ぶ。もしゴーレムに涙を流す機能があったら、泣いていたと思うような声だ。
今は亡き主を悼んだ岩の王は、しばらくして叫ぶのを止めると、ゆっくり僕の方を見る。
『オオ……ウゥ』
なにか言葉を発する岩の王。
言葉は通じないけど、なんだか僕に感謝を伝えてくれているように感じる。
どこかすっきりしたような印象を受ける岩の王は、自らの胸に空いた穴に手を突っ込むと、なんと自分の核となる魔石を取り出し、僕に差し出してくる。
「え、これを僕に?」
『ウゥ……』
核となる魔石は、ゴーレムにとって心臓のような物。
それを壊したり取り出したりしたら、ゴーレムは当然活動を停止、死んでしまう。
そんな物を本当に受け取っていいのか、僕は悩む。すると、
「殿下、受け取るべきです。岩の王は殿下のおかげで満足したのです。その感謝の気持ちを、受け取ってあげてください」
「……分かった。ありがとうガーラン、そうするよ」
僕は大きくて純度の高いその魔石を、岩の王から受け取る。
すると岩の王は満足そうに頷くと、お墓の側にしゃがみこみ、そして動かなくなる。その光景はなんだかとても綺麗で、絵画のようだった。
「敵ながら見事な忠義。天晴だ」
ドゥルガン王はそう言うと、踵を返して自らの国へ戻っていく。
僕たちもその後を追って、この場を後にする。
こうして僕たちは、無事岩の王からドワーフの国を守り抜いたのだった。