俺の名前はオルナ(オルナ視点)
目を覚ますと、誰かがこちらを見つめていた。
なるほど、こいつが俺を引き取ってくれたというわけか。まずは挨拶をしたほうがいいな。
「すまないが、ここから出してくれないか」
「わお、本当に喋った!」
彼はケースから俺を拾い上げ、手のひらに乗せて顔の前に持ち上げた。
「まずは自己紹介をしよう。俺の名前はオルナ」
「私の名前は通山 鶉です」
「君が俺の世話してくれるんだよな」
「そうです。小熊さんに任されました」
「そういえば、小熊はどこに旅立ったんだ?」
「楽園を探しに旅立ちました。でも、どこにあるのか全くわからない。実際に存在するのかどうかもわからない」
楽園か。理由はわからないが、その言葉は俺の心をざわつかせた。
「しかし、とんだ冒険家だな。そんな不確かな情報で旅に出るなんて」
「そうですね。”とんだ”冒険家です」
それはそうと、ここはどこだろうか。
俺は辺りを見回した。何やら、ごちゃごちゃしたところだった。
「ここは、ガレージです」
俺の様子に気づいた通山が、説明をしてくれた。
「ここは私の師匠の、作品制作の場なんです。私もここを使わせてもらっています」
なるほど確かに、このごちゃごちゃの中に、作品らしきものがいくつか見受けられた。
「あの翼も師匠の作品か?」
「いえ、あれは私が作りました。とはいえ、師匠の作品を真似して作っただけですけどね」
「よく出来ているな。それで、名前は?」
「あ、忘れていました。何にしようかな」
「おいおい。名前は魂だ。いい名前をつけてあげてくれよ」
思わず出た言葉だった。
「えっ、ああ、うん」
通山は、なぜか動揺していた。
「あの翼で、俺も楽園を目指すことにしようかな」
俺はなんとなく、そう声に出してみた。
楽園という言葉を聞いた時、なぜ心がざわついたのか。旅に出れば、その理由がわかるような気がしたから。
「オルナも旅に出たいんですね。そういうことなら……」
通山はそう言うと、ガレージの奥に消えた。
数分後、彼は翼を持って戻って来た。
「師匠が作った翼です。これを使ってください」
「勝手に使ってもいいのか?」
「大丈夫ですよ。それより、オルナはこの翼になんて名前をつけますか?」
「すでに、名前をつけてあるんじゃないのか?」
「いやぁ、どうだったかな……」
何とも歯切れの悪い言い方であった。
さて、名前か。こういうのは直感が大事だ。
「マイケルとかどうだ。ビビッときた」
「あはは!」
通山は笑った。それは何の笑いなんだ。
「変だったか?」
「いや、変じゃないです! 最高にクールです!」
「よし。この翼の名前はマイケルで決まりだ。”M・i・c・h・a・e・l ”で、マイケルだ」
「いいですね。ついでに私も自分の翼の名前を思いついたので、ここで発表します」
「おっ! ぜひ、聞かせてくれ」
「”Be a girl”です。さっき、ビビッときました」
”Be a girl”か。可愛らしい名前だ。
「ところで、オルナ。出発はいつにしますか?」
「今からだ」
俺は早速、翼を身に付け旅立ちの準備を整えた。
「さあ、出発だ」
「お気をつけて」
俺は通山に見送られながら、空へ飛び立った。
勢いで飛び出した、この空の旅。目指す方角もわからない。俺は、しばらく気ままに空を飛んでいたが、少しだけ不安になってきた。
果たして、この旅はうまくいくのだろうか。そんな後ろ向きなことを考え始めるようになった。
すると突然、翼は幻のように消えてしまい、俺は高度を失い始めた。
***
「きゃ!?」
これは俺の声ではない。この声は、人間のものだ。
俺が墜落した場所は、人間の頭の上だった。
「何か落ちてきました。何でしょうか?」
俺はその人間の頭の上から、すくい上げられた。
そしてご対面だ。
「はじめまして。お嬢さん」
「あれ? かえるが喋りました」
ああ、そうだった。
「どうして喋れるのですか?」
この展開、何度目だろうか。
「わからない」
俺は、そう答えるしかなかった。
彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに明るい表情に戻り、質問を続けた。
「どうして、空から落ちて来たんですか?」
「楽園を探すため、空を飛んでいたのだが、突然翼が消えて墜落した」
俺は簡潔に答えた。果たして、理解してもらえたのだろうか。
「それは大変でしたね。でも今後、墜落するときはファーと叫んでください。危ないですから」
その通りだと思った。今後は気を付けよう。とはいえ、2度と墜落などしたくないが。
「それにしても、どうして翼が消えてしまったんですか?」
「わからない」
「翼はどうやって手に入れたんですか?」
「ある男に貰った」
「私も翼を手に入れられるでしょうか?」
「それなら、通山 鶉という男を頼るといい」
「通山さんですね。わかりました。ところで、カエルさん。あなたのお名前は?」
「オルナだ」
「この名前には、何か由来があるのですか?」
彼女は次々と質問を投げかけてきた。
「ちょっと、落ち着け。そんなに質問攻めにしなくていいだろ」
「ごめんなさい。つ、つい……」
彼女はシュンと小さくなり、こう続けた。
「私、隠し事が苦手なんです。感情が顔に出てしまうし、思ったこととか気になったことが、すぐ口に出てしまうんです」
「だから、次々と質問をしてしまったと」
「はい。私の悪い癖です……」
彼女が今にも泣きそうなので、俺は慌てて励ましの言葉をかけた。
「まあ、でも、正直なのは、良いことだと思うぞ。それに、思いは伝えてこそ意味があるものだからな」
少女に向けたはずのその言葉は、なぜか自分の心を揺れ動かした。
「ありがとうございます」
彼女は笑顔を取り戻した。
しかし、俺はまだ笑える状況ではなかった。翼は何故消えたのか。どうすれば、翼が元に戻るのか。全く見当もつかなかった。
この旅はここで終わってしまうのだろうか。
「大丈夫です! きっと、何とかなります!」
不安な気持ちが顔に出ていたのだろう。彼女は様々な言葉で俺を励ましてくれた。
「Cheer up! 明日は明日の風が吹く!」
それは、根拠のない励ましだったが、俺の不安な気持ちをかき消してくれた。
「ありがとう! 何とかなる気がしてきた!」
「その調子です! ケセラセラ!」
「ケセラセラ!」
彼女の笑顔につられて、俺も笑顔になっていた。
もし、彼女に翼があったなら、その名前はきっと ”heal rap” なんじゃないかな、と思った。
「さて、俺はこれから翼を元に戻す方法を探すことにする。だから、君とはここでお別れだ」
「私も一緒に探しますよ」
「その必要はない。君は君のやるべきことをやるんだ」
「……わかりました。寂しいですけど、ここでお別れです」
そして最後に、彼女はこう言い残した。
「またどこかでお会いしましょう! 私はこれから、散歩の続きをします!」
太陽は、1日の中で最も高い場所から、俺たちを元気に照らしていた。
***
翼を元に戻す方法を探す。
とは言ったものの、どうやって探そうか。とりあえず俺は、あてもなく歩き出した。
コツン。
突然、何かが頭に落ちて来た。
まったく、墜落するときはファーと叫んでほしいものだ。
そう思いながら、俺は墜落してきた何かを確認した。
それは、とあるボードゲームのコマだった。
なぜ、これが空から落ちてきたのだろうか。そう疑問に思うのと同時に、もう1つの疑問が浮かんだ。
なぜ、俺は知っているのだろうか。
俺はあの家で目を覚ましてから今まで、これを見たことはないはずだ。
それなのに俺は、これがボードゲームのコマだと知っていた。
どうやらこの落とし物は、失われた記憶を取り戻すきっかけになりそうだ。
そのコマを見つめていると、失われた記憶が徐々に取り戻されていくのを感じた。
しかし、それと同時に頭に痛みが走った。次第に頭の痛みが強くなり、ついに俺は意識を失ってしまった。
***
意識を取り戻すと、俺は真っ白な空間にいた。
そして、俺がこの場所に来るのは、今回で2度目だった。
「人間として目を覚ますのか。それとも、別の何かとして目を覚ますのか。君はどちらを選ぶ?」
どこからか声が聞こえた。しかし、姿はなかった。
「もし、君が決められないのなら天秤で決めるけど、どうする?」
前回と同じ状況だ。
前回、俺は選ぶ事が出来なかった。
この状況が理解できずに、混乱していたからではない。
自分で決めることが怖かったからだ。
あの時、俺は自らの運命を天秤に委ねた。そして、別の何かとして目を覚ます事が決まったのだった。
俺はカエルになっていた。
***
俺は臆病な人間だった。
あの時、俺は”行かない”ではなく”行けない”と答えた。
怖くて行けない。だから、いつものように強引に誘ってほしい。
あいつが決めてくれれば、俺は安心できた。
俺は、自分で決める責任から逃げていたんだ。
でも、そのせいで大切なものを失った。
もう2度と大切なものを失いたくない。だから、これからは自分の意志で決める。
これは、わがままかもしれない。
「人間の姿に戻って、もう1度あいつと話をする。それが俺の選択だ」
この声は届いているだろうか。届いていないのなら、届くまで何度でも言ってやる。
「君の選択、しかと聞き届けた」
姿なき者は、そう答えた。
やがて、優しい光が俺を包み始めた。俺はその光に身をまかせるように、そっと目を閉じた。
***
目を開くと、俺は元の世界に戻っていた。記憶も身体も取り戻していた。翼も元どおりだった。
さあ、楽園を目指そう。きっと、あいつが待っている。
俺は再び、空へ飛び立った。