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進級式が終わり学園内にあるいつものガーデンラウンジで珈琲を飲んでいた。
この学校は良いところの所謂お金持ちな令嬢、子息が多く通う学校なので設備や施設は洗練されていたり重厚感があったりするのだ。ここのガーデンラウンジも素敵で四季折々の花がめでられるようになっていてそこがお気に入りなのだ。
はらはらと舞う桜を見ながら珈琲に舌鼓をうっていると何処からともなく黄色い声援が聞こえた。そちらを見やると、この学園で人気の集団が帰るところなのだろう。
なんの気無しにその集団の先頭にいる三年生の生徒会長、東屋菊之助に目を向ける。
『君の泣き顔は中々そそられるね。ねぇ僕にだけその顔を魅せて』
といった文言と東屋 菊之助が恍惚とした表情のドアップが
え?!今の何??
軽くパニックになりながら兄の副会長、西園寺 菫に目がいく
『君をドロドロに甘やかしたくて仕方ないよ』
と、目尻を下げて破顔した兄の姿が脳裏に映る。
ちょっちょ?!ちょっと
脳内パニック祭りだ。ちょっとと言う言葉しか出てこない。次に視界に同級生の南條 紫陽花が映ると
『俺に釣り合うのはお前だけだ。だから俺を選べ』
と、熱い視線をよこしながら手を差し出す紫陽花の姿がパッと浮かぶ。
ちょっっっっ!
もう何も言えない。彼らとは浅い付き合いなのに体験したかのように、というよりは間近で見てきたようなリアルでなんとも言い難い不思議な感覚に陥る。
一旦気持ちを落ち着かせるためにカタカタと波打っている珈琲を飲もうと視線を下ろす。そこには私こと、西園寺 櫻子のキツくて冷ややかな顔が映っていて
『アナタなんて大っ嫌い。何もかも失えば良いのよっ!』
意地悪そうに目を釣り上げて相手を小馬鹿にしたように話す悪役令嬢の姿が浮かぶ。みんなに嫌われて最後の最後に退学へと追いやられ家からも追い出される悪役令嬢。
私じゃんっ!!
今はっきり思い出した。それと同時に理解した。体験したような不思議な感覚と言うのは櫻子である私じゃない私の記憶。つまり前世の記憶だ。そしてここがその時ハマりにハマっていた乙女ゲーム『花咲学園〜君と恋の花を咲かせたい〜』の世界だということ。
帰ろ。一刻も早く帰って状況整理しよう。そうしよう
冷静に見えてやはりめちゃくちゃ動揺していたのだろう。帰るために席を立ったのだがそのまま珈琲の入ってるカップも持ったまま立ってしまった。そしてその拍子に誰かとぶつかってしまい珈琲を引っ掛けてしまう。珈琲を被ったのは自分だがな。
「わぁっ!ごめんなさい。珈琲、シミになったらどーしよ」
あわあわとした様子の可愛らしい声が聞こえ謝る人物に目を向ける。
太陽の光を浴びてキラキラ光る媚茶色の髪がサラリと揺れ、誰もが愛らしいと思わせるどんぐり目は困ったという表情を浮かべているその子は
ヒロインの向日 葵やないかーーーーいっ!
やっば!やっば!やっば!本物のあおたんちょー可愛い
前世では誰よりもヒロイン推しだった為、目の前にいきなりヒロインは心臓に本当に悪い。
「西園寺様?ほんとに大丈夫ですか?」
固まってしまった私にさらに眉を下げて心配そうに声をかけるヒロインちゃん。
まだ本格的にヒロインちゃんを虐めてないとは言え去年の一年生の時には合えばチクチクと庶民臭いだの品位が無くて恥ずかしいだのと嫌味をぶつけていた。そんな相手にぶつかられたら櫻子の私だったらここぞとばかりにマウントを取っていただろう。だけど、ヒロインちゃんはそんな相手にも常識ある対応するなんて
あおたん尊っ!!
感情が昂りすぎて思わず腰を抜かしてしまい持っていたカップを派手に割ってしまった。
「何事っ?!」
派手な音が聞こえてすっ飛んできたのはヒロインの幼馴染で同級生の山田 樹だ。
『俺がいつでも側にいてるから。だから安心して』
と、山田樹が優しく目尻を下げて頭ポンポンとする仕草のスチルがパッと浮かぶ。
ひぃっ!
「もぉーなぁーに。やぁねー派手に転んで」
近くで声が聞こえ振り向いてみるとお茶をしている同級生の北小路 柊一郎だ。
『どこもかしこも良い匂いねぇ。ほんと食べちゃいたい』
と、妖艶な視線をよこし手に口づけするスチルが。
ぴゃぁっ!
今日に限ってなんでこんな攻略対象ざっくざくなのよー。
こんなのなりふり構ってられない。情報過多でライフはもうゼロに近い。
「きっきやすく!ワタクシに話しかけないでーーー!!!!」
言葉だけを聞けば不遜で傲慢なのだろうけど、脱兎のごとく走り出す様は不遜、傲慢とはかけ離れすぎていた。令嬢失格である。
読んでいただきたいありがとうございます♪