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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬱になった姉と焼肉を食べる話

作者: 葉山 灯

 姉が鬱になったらしい。


 母からメールが来た。詳しい事は書いていなかったが会社の人間関係にやられてしまったそうな。今は休職して部屋に篭っていると。


 それを聞いた私は丁度良いな、と思った。


 派遣の仕事が来週いっぱいで満期となる。これから二週間程はのんびりと過ごす予定だったのだ。


「来週に家に帰るね」


 本当は松本に行ってみたかったけど、まあ良い。予定をずらして3日は姉と会ってだらだら過ごそう。


 そして焼肉食べよ、とぼんやり考えた。






「ただいまぁ」


 相変わらず狭い玄関には色んな小物がごっちゃになってる。錆び付いたブリキのお土産に蜘蛛の巣張ってたので、手で払う。


「あ、帰ったの!? 何だ迎え行ったのに」


 バタバタと台所から紫のセーターを着た母が、忙しない様子でこっちに来た。


「いいよ、別に。13日までいれるから」


「あ、そお? ご飯食べた?」


「まだ」


「じゃあ、用意しとくから手ぇ洗っといて!」


 相変わらず落ち着きがない人だ。この母のせっかちな性格に思春期の頃はよく辟易していた。


 軋む階段。2階の自室に行く途中、姉の部屋を通り過ぎる。


 ただいま、と言ったが返事は無かった。






 大根の味噌汁と昨日のカレー。私が買ったお土産の湯葉を添えて。


「ニートなっちゃったらどうしようってお父さんと心配してるの。せっかく良い会社に入ったのに本当に可哀想で」


「うん」


 長ったるい話をまとめると、誰かのミスを姉の所為にされて上司に反論したら目をつけられてお局も加えて子供みたいな嫌がらせを受けてたそうな。


 ん? 姉は小学生では無い。良い年こいた大学卒の大人達が成人しか働けない会社で聞けば失笑するいじめを姉にしてたんだと。


「私なら無理。気持ち悪いし、頭イカれてる人とは働きたく無い」


「本当にもう腹が立って。お父さんも会社に訴えようと言ったけど止めてってあの子泣いちゃうんだから……」


 その後も母の愚痴が続いた。そして食後になって父と母が旅行に行く事を知った。


 ここずっと姉の気落ちした姿を見て、気分が晴れなかったらしい。丁度私が帰ってきたから、これ幸いとリフレッシュしようと計画を立てたんだと。食事の用意をして欲しいと頼まれたので二つ返事で承諾した。ついでに2万円ももらった。


 二泊三日伊豆の旅。行ってらっしゃい、お疲れ様。


 その夜は父も交えて、居間でテレビ見ながら鍋をつついた。少しやつれていた父だったが私の元気な姿を見たお陰かこの日は上機嫌だったと母から耳打ち。


 知らないお笑い芸人が田舎の町巡りをしている番組を寝っ転がりながら見て、あくびした後早めに寝る。


 姉は姿を見せなかったが、扉前に置いたお膳が空になっているのを見て生存確認出来た。






 早朝、無理に起こされて父母を駅まで送った後二度寝した。荷物ぐらい前日に準備終わらせておけと愚痴りながら布団にダイブ。起きたのが10時過ぎだった。派遣の仕事ではいつも7時に始業して中休みを取った後、夜遅くまで働かせられたのでアラーム無しの寝起きこそが人の生きる道だと知る。


 とりあえず、シャワーを浴びてスーパーで買い出し。姉と私は性格が合わなかったけれど、食べ物の好みは一緒だから自分の好きなやつを買う。


 お昼は焼うどんと野菜炒め。二階にもお供えしとく。それで夕方までスマホをいじっていたら、目がシパシパして瞼を閉じるとそのまま眠ってしまった。


 起きた時、視線を感じた。姉がソファに座っていた。私の頭と肘掛けの間にお尻を埋めている。ボサボサの髪に死んだ魚の眼。ヨレヨレのセーターとジャージのズボンを着ていた。


 半身を起こしてあくびをもう一回。外は暗くなっていて、何故か電気はついていない。


「おはよう」


 私の挨拶に姉は力無く頷いた。そのまま黙ったまま、立ち上がり二階へ行こうとしたので引き止める。


「ご飯作るからここいてよ」


 一瞬停止した姉は曖昧に返事した後ぎこちなくソファに戻り、座ったまま動かなくなった。私はその様子を見て普段はヒステリックな姉がここまで様変わりするとは、と妙に感心した。


 鬱になると姉はこうなるのか。  


「鍋にするね。キムチ鍋」


 返事は期待しない。というより動くサボテン扱いして好き勝手に喋る所存だ。母みたいに心配するつもりは一切無かった。それより私はキムチ鍋を食べたくて仕方がなかった。


 白菜と豚肉、後適当に野菜切ってスープの素を鍋に注いで煮立ったら完成。


「出来た」


 酒と生卵と白ご飯を用意してカセットコンロをテーブルの真ん中に。折角なので使ってないアロマキャンドルに火を灯して、電気は消したままにした。キッチンの明かりを消せば、蝋燭の頼りない灯火周りしか見えなくなった。


 向かい側の席に姉が座るのを確認して、いただきます、と号令。食事中も姉とは喋らずスマホを弄りながらピリ辛の白菜を食べる。


「お姉ちゃん。私、13日にはここ居なくなるから明日に焼肉食べたいんだけど良いよね?ほらD駅にホルモン美味いっていう店あるから一緒に食べるからね」


 どうせ喋らんだろ。豚肉ともやし合う。


 こんな静かな姉は初めて見る。いつも会えば口喧嘩ばっかりだったのに。もっもっ、と口を動かし俯いてる姉をチラリと見て、スマホに視線を戻した。食べ終わりに微かな声でごちそうさまが耳に入る。


「うん」


 2階へ上がる足音は何か背負っているみたいに重く聞こえた。私は最後残ったスープに生卵とご飯入れておじやにして鍋を平らげた。


 ど、と疲れた。知らん間に気を張ってたらしい。阿保みたいだと笑う。姉に気を違う妹が何処にいるものか。


 ああ、ちくしょうとも思う。おじやになってようやくキムチ鍋の味が感じられたのだ。カフカの小説で主人公が虫になった時、下にいた家族は何を食べていたのだろう。兄が虫になった理由を小説の妹は知らなかったけれど、姉が鬱になった理由を妹の私は知っている。


 何故、家族の私が味覚を失い、姉の職場の上司とお局は美味そうに飯を食べているのか。


 嫌いだよ姉なんか。でも五年越しに会った姉があんな風になってるのを見て、ご飯を美味く食べれなかったんだ。


 何が言いたいかっていうと、明日姉を連れて焼肉を食う。絶対に腹一杯まで頬張って、美味そうに食べてやるんだ。意地だ。私が私であるために明日ビールと焼肉で優勝してやる。


 自分でも何言ってるか分からないが、明日は姉と一緒に焼肉食べるんだ。それが全てだ。


 冷めたおじやをすする。美味しかったよ、ごめんね。

 

「……海、行こ」


 そうだ、海に行こう。それだ。海岸線を走るだけでも楽しい。確か海に沿った道路にアメリカンなハンバーガー屋があった。


 うん、ミルクシェーク飲みたい。高いし、いまいち良さが分からんがたまに飲みたくなるあの味。昼はそこにしよう。


 明日の予定が決まった。寝よ寝よ。

 

 機嫌を直した私は風呂に入ってベットに入ったが昼寝をした所為で眠れなくなってしまいスマホを触っていたらアプリゲームのイベントがあるのを知り夢中で指を動かしていた。

 






 気付いたら9時を過ぎていた。カーテンを開けたら晴天。寝てないからキツイが早めに姉に言わなくちゃいけない。


「ねーちゃん。起きたぁ?ねーちゃん、ねえったら。ハンバーガーさぁ、食べたいからさー。行こお。1時に車出すから来てよお。一人やだからねーちゃんお願い」


 あー駄目だ、頭ムリ働かん。扉に寄りかかるとそのまま床にずり落ちた。アラーム無しの生活思ったより駄目だ、私の堕落が止まらない。床が冷えて気持ちいい。引き篭もってるから姉は出てこないという考えが頭によぎった途端、良か良かと西郷隆盛が手刀を振り下ろし又眠った。


 14時。何故か、暖かい。伸びをすると毛布がずり落ちた。私のじゃない、多分姉の。


「…………」


 うーわ。


 見られたん? 見たの? おいちくしょう。そういうのは気遣って起こせよぉ。


 姉の扉をノックしても返事が無いからドアノブを回すと鍵が掛かってなかった。部屋を覗く。床には大量の毛布が敷かれていて、シーツも剥がされたベットに荷物が置かれていた。それを見て姉はいつもくるまって床で寝てんだなと知る。中学から使ってる勉強机にはパソコンと周りには知らないアニメグッズ。


 好きなんだ、アニメ。馬鹿にしてたのに。


 変に嬉しくなる自分に腹が立つ。毛布を床に放り投げて扉を閉めた。


 一階に降りると姉は着替えを済まして、ソファに座っていた。遅くなった事を詫びたが頷いただけだった。


 結局車を出したのはそれから15分後のこと。ここから海まで約一時間。久しぶりの道だったが身体が覚えていてくれて助かる。魂は駄目だ、九九も怪しい。


 助手席に座る姉は黙ったまま前方を眺めているだけだった。特に喋ることも無いし、二人共無言。でも何となくだけれど姉の様子は落ち着いていてリラックスしてるように見えた。


 窓を開けると残暑がとっくに過ぎた秋の匂いがした。







 海岸沿いの駐車場に止め、ハンバーガーが入った袋を持って、階段を降りる。


 海だ。久しぶり。


 波の色が薄い。空も真っ青というより何だかぼやけた中途半端な色だ。そのせいか人も少なく、ジャージ着たおじさんが横切っただけで後はみんな遠く離れた場所に立っていた。


 先に歩いていた姉の後に続く。波打ち際をゆっくりと進み、顔はずっと水平線の向こうへ向いている。


 ……姉は少し小さくなっていた。


 しばらく、さざなみしか聞こえない。私は大きく息を吐くと頭が軽くなっていくのを感じた。


「食べたい。座ろ」


 ピタリと動きを止め、姉はこちらを振り向いた。そして私を初めて見たようにまじまじと見つめ、頷くと私の名前を呼んだ。


 ハンバーガー少し食べたいって。ほらみろ。コーラしか頼まなかったくせに。自分は車の中に籠もっていたのに。


 お腹空くだろ? もう。


 1,200円のハンバーガーを半分に割るにはデカすぎるし、トマトが抵抗し続けてきやがる。小さいのを渡し、二人揃って海を見る。


 ミルクシェーク。美味い。この味が昔から好きだった。父の頭がふっさふさの頃によく私達を車に乗せて色んな所にドライブした。その車はとうの昔に売られてしまったが、後部座席でこうやってミルクシェークを飲んでたのを思い出した。


 姉と喧嘩したからあまり味がしなかったんだっけ。


「…………」


 今、隣にいる姉はじっと波を見つめている。私はハンバーガーのちぎれたトマトがずり落ちそうなのを何とかしようと必死でそれどころでは無かった。


 海の向こう側、空の合間から陽光が漏れていた。そして結局関係ないレタスが砂浜に落ちた。


 






 それからぶらぶら歩いた後、車に乗って帰宅。16時を回っていたので焼肉は20時以降に食べることにした。姉も家に着くや部屋に一直線だったからお互い体力が落ちたのを知りガッカリする。


 しばらく居間のソファでスマホをいじり、次の派遣先を決める。


 3年程、正社員をやった事があるが結局人間関係で疲れて辞めてしまった。それ以来同じ場所で長く働くのが出来なくなった。


 だから5年以上同じ勤務先で働く姉は正直凄いし、羨ましかった。転々とその日暮らしの私と違って、安定した生活を送る姉は会う度に未来の話をして、私が不幸になると哀れんでいた。


 その時の姉は、大嫌いだった。


 そして、今の姉は嫌いになれない。


 私は姉が鬱になったから会いに来た。


 逆に言えば。


 姉が鬱にならなければ会わなかったとも言える。そのまま、松本旅行を楽しんでいたに違いない。


 姉がああなってようやく話しかけられるようになったと思うと複雑な気持ちになるが、そのくたびれた様子にどこかホッとしてる私もいる。


 喋っても衝突が起きないのだから、今の姉にはブレーキが初めて効いたのだろう。妹だからってアクセルをふかす姉よりずっといい。


「……疲れた」


 本当に、体力落ちた。早く焼肉食べたい。


 仕事も、姉も、税金も何もかも忘れて焼肉を喰らうだけの存在に早くなりたい。


 とりあえず希望先を派遣元にメールして、スマホをソファに放り投げた。





 陽が落ちて、真っ暗に。私達は駅前から少し離れた店まで徒歩で向かった。


 夜になったからか、姉の動きが変わった。少し早歩きになるぐらいには調子が良くなったよう。


 ネオン彩る大通りを抜け、商店街を横切り五分ほどで雑多な店の看板が飛び交う飲兵衛通りへ。赤と橙の提灯がばあっと並ぶ。ビニールカーテンに浮かぶシルエット達は楽しそうにジャッキを振ってるのを見て喉がごくりと鳴った。


 目当ての焼肉屋に到着。個室部屋を予約済み。とりあえず生ジャッキ二つにタン塩を四人前。後、ホルモン各種を注文。タブレットのお陰で店員と話す必要が無くて助かる。


「ん」


 姉に渡すと、熱心に画面を動かしている。食欲はありそうなので内心ホッとしてる。最悪ホルモンを網で転がすだけのマシーンに姉がなるかと危惧していた。


 昨日のキムチ鍋はあまり食べてなかったけど、今日のハンバーガーは食べてたし、少しは気分が持ち直したのかな? おっといけねえ、焼肉を食べるだけの存在にならなくちゃ。


 姉なんか心配してやるものか。目の前の肉に集中しないと肉に失礼なんだから。


 あ、サンチュ頼んどいて。


 生ジョッキが先に来たので乾杯する。カン、と心地良い音が鳴り、そのまま喉に一気に流し込む。弾ける泡が身体の細胞に浸透していって、黄金色の炭酸が渇いた喉を潤し胃に入っていくこの一瞬がああもう


「ーーーーっっくはあ!」


 良いのだこれが。


 丁度な塩梅で酔いがやってくる。もろきゅうとかビビンバ頼も。お姉ちゃん、それ貸して。


 あー、酒、酒も必要。マンゴーサワー、君に決めるわ。


「姉ちゃん、何? ウーロンハイ? ふーん」


 じゃあ確定っと。ボタン押したと同時にタン塩到着。結構な厚さで頬が緩む。

 

 サッと焼いて、レモン汁につけて一口。噛み締める度、タンの肉厚に弾かれる。旨い。

この焼肉屋、当たりだ。もう一皿追加する。


 網にはホルモンが敷き詰められている。半分上が姉の領地で下が私。上ミノがイカ焼きみたいに丸まるまで、ジャッキを口から離さずビールを流し込む。実はこの待つ時間が一番焼肉してる実感を感じる。


 姉も同じようにビールを飲みながら、タン塩を口に入れて一緒に喉へ流し込んでいた。気分がノッたのか、特上カルビを注文。私がちょっと顔をしかめると財布をスッと見せてきた。


 そのまま近づいてきて、黙って5000円を私に押し付けてきた。奢るつもりだったからカウンター食らった気分だけれどお金に罪は無いから有り難く貰っておく。


 注文したものが次々とやってくる。ビビンバにホルモン乗っけてタレと絡めてかっ込んだ後にマンゴーサワー。うんうん、優勝。


 姉が美味しいって呟いた。


「美味しいね」


 部屋の外では店員が駆け回る足音。遠くから大学生達の笑い声。網から感じる熱気と脂の弾ける音。


 それでも聞こえたぼそりと小さいその声に耳を傾けていた私は多分きっと目の前の人が声を出すのを待ってたんだろう。


「……明後日、私出ていくじゃん?」


 こちらに視線が来る。


「今日、焼肉食べれて良かった」





 姉ちゃんと。





 ……そこまでは言わんよ。妹だからな。姉に隙を見せるやつは大体悲惨な末路を送るんだ俺はそういうの詳しいんだ。


 姉の頬がぎこちなく緩むのを見て、私は特上カルビが来るのが遅い事に腹を立てていた。







 夜が流れていく。酒を注いだ杯も口に滑っていく。

 

 その後はあんまり憶えていない。お会計も帰り道も記憶から無くなっている。やはり酔いやすい体質に日本酒は悪手じゃったか。


 軽い頭痛と共に目を覚ますと、私は毛布に包まっていて、隣には姉が眠っていた。ポケットに入ってた電池切れかけのスマホを開けば午前6時。ぼんやりとしながらもここが姉の部屋だと分かると、眠気がぶり返しきた。


 細い、細い寝息。顔を向けると胎児みたいに身体を縮こめて、毛布にすっぽりと篭る姉の姿があった。


 その緩んだ寝顔を見て、私は泣きそうになった。


 大した話じゃない。去年、中学の同窓会で知ってる子が自殺したと聞いた。ほとんど関わらなかったから顔もうろ覚えだったけれど、同じ時間を同じ場所で過ごした同級生が大人になって居なくなってしまった事に私はひどく寂しくなってしまった。


 もう、喋れないのかと思ったらその子がキャンプファイヤーで男の子とダンスしていた記憶が頭に浮かび、セピア色の景色に楽しそうに動き回るあの子が私の中にいた。


 死んでしまったら、もう会えないのか。


 それが怖くて、姉が鬱になったと聞いて私は気づいたら実家に帰っていた。


 初月給は焼肉食べようと大学生の頃に姉と約束していたのに、喧嘩別れしてそれから会っていなかった。


 ……姉が自殺したら、きっと私は私の記憶の姉が溢れかえって呪われるだろう。


 姉が振り返る。小学生の姉が、中学生の姉が、高校生の姉が、大学生の姉がこっちに振り返って笑いかける。


 私を見て嬉しそうに笑う。


 そんな呪いにかかってしまう。


 まっぴらごめんである。私は姉とはご飯以外大体ソリが合わんのだ。いつまでもあんたは気にくわないウザい姉であるべきなのだ。




 だから頼むから死ぬな。死ぬな姉よ。




 鬱になっても生き残ってくれ。それでつい姉の寝顔を見て涙腺が緩んだ。ちゃんと生きて朝を迎えたんだから偉いよお前は。


「ひどい顔」


 歯も磨いてないし、首から汗の匂い。カーテンから漏れる陽光が晴天を告げる。


 シャワーを浴びようと立ち上がって大きく伸びをした。ベキベキつったぞおい。やだなあちょっとストレッチ怠っただけじゃん。そんぐらい見逃せよ。


 今日も、どこかへ行くんだから。


 モーニング行こっかね。ちょい大きめのホテルでバイキング。スクランブルエッグだ、焼き立てクロワッサンだ、大きめのボウルに入ったヨーグルトにたっぷりのジャムだ!


 締めのコーヒー飲んで、昼は昼飲み。よーしよし、冴えてるわ。こうしちゃいられねえ、起きろ囚人。時間だぞ。


「姉ちゃん。バイキング行こ。おごるから一緒に行こ。食べたいから、ね? 疲れた? やだ、行こうよお。ねぇ」





 明日、私は居ないから。姉ちゃん、今日も付き合って。


 


 美味しいの、食べようね。



 

 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品として面白く読ませていただきました。鬱の姉との関わりの中に、妹の、姉に対する複雑な感情が、よく描けていらっしゃると思いました。 [気になる点] 「……そこまでは言わんよ。妹だからな。姉…
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