女子社会はドロドロかつネバネバで大変だ!
私が「私立 王佐加中学校」に転入、いや、厳密には復帰してから早くも2か月が経とうとしていた。
クラスメイトとも打ち解け、今やクラスで一二を争う人気者、は言い過ぎだが、間違いなくTOP10には入っている。クラスカースト上位だ!
クラスカーストとは、進学校であるか否かは関係なく、全国各地の中学校や高校に存在している、生徒間のみに存在及び有効な階級制度の事だ。容姿やコミュ力及び学力、運動神経、家柄などの各種パラメーターで格付けされる。どれか一つだけ秀でているだけではTOPにはなれない。中でもコミュ力は必須であり、その上に、最低二つ以上の項目で優れている必要がある。
今の私は絶世の美少女だ。アニメキャラと張り合えるレベルの美を持った人はそうは居ない。だが、その他は壊滅的だ。
女子化で、確かに多少身体が身軽になったが、それと運動神経の良さは関係がない。元々運動しないタイプの人だったため、体力もほとんど無いに等しい。
学力についても、女子化現象の影響で実質休学期間が半年近くと長く続いた。その分周りより遅れている。
肝心のコミュ力だが、確かに女子化で女心は身に付いたが、女心とコミュ力は全く関係が無い。もし、関係しているのなら、ボッチな女子は一人としてこの世に存在していないだろう。
性格も男だった頃とさして変わりはない。女子化すれば何もかもが変化するというのは大間違いだ。そのため、クラスカーストは、今も昔も私には縁遠いものであるはずであった。
ただ、昔とは違って心強い後ろ盾が居る。そう、「佐野 いずみ」さんの事だ。彼女のおかげで、クラス内外から慕われるようになったのである。
ちなみに、最初から皆に慕われていたわけではない。むしろ、最初は『いじめられ系美少女』だった。
それは転入直後の事である。
佐野さんとは、親同士の繋がりもあり、私は彼女と仲良くしていた。いや、せざるを得なかった。しかし、第三者である大多数の人は、そんな事情を知らない。
本来、彼女はクラスカーストの頂点たる存在であり、普通は仲良くしたくてもできない存在だ。そんな中、いきなり転入してきた新入りが、堂々と彼女に接し、仲良くしている。当然、面白く思わない人も大勢居るわけである。そんなわけで、クラス内外の女子から「新入りの癖に」と陰口を言われたり、上靴の中に画びょうを入れられたりする事が多かった。
普通の女子中学生であれば、鬱になって不登校もしくは保健室登校になるところだが、ここ半年間で総理大臣や数多の大人たちと会う機会があったため、精神が成長し大人になっていた。
大人である私にとっては、それは小さい事であり、彼女を頼ることで、事態がよりエスカレートする事は容易に想像がついていた。その為、彼女の前では何事もなかった如く振舞っていた。
それを見ていた女子が面白く思わなかったのかどうかはわからないが、いじめの深刻度が増していった。
「ねぇ、あんた。いくら可愛くてモテるからって、最近調子に乗りすぎじゃない?」
ある日、佐野さんと一番親しい女子から難癖をつけられた。
「これは私の友達の友達の話なのだけど、あんたが転入してきたせいで彼氏が変わっちゃったみたいなんだ」
彼女から詳しい事情を訊いた所、私があまりに美しくて可愛い容姿のせいで、友達が彼氏と別れたらしい。
「それは、申し訳ないです」
元々男子だったという事もあり、転入直後から、一人を除いて、クラスの男子と平気で話したりしていたこともあり、思い当たる節は無いわけでは無いので、とりあえず反省の意を示しておけばと思い、謝罪した。しかし、この判断は間違いであった。私は女子の本当の怖さを甘くみていたのだ。
友達が破局した事自体は本当かもしれないが、私自身誰からも告白を受けたわけでもなく、逆にしてさえもいない。つまり、私に非は無い。ところが、謝罪の意を示してしまったため、根拠を与えてしまった。そして、その翌日、いつもとは比較しようがない程に酷い規模のいじめを受けた。
トイレに籠っていると上から水を掛けられ、そこから出たら、待ち伏せに遭い、便器に顔を突っ込まれた、それから4,5人からお腹のミゾを殴られ、とにかく酷いという次元を超えていた。さすがに、大人の私でも耐えることができず、精神が崩壊してしまった。
経験した事のある人なら分かると思うが、精神崩壊は凄いもので、まず、視界に誰一人入らないようになる。そして、何も考える事ができなくなって頭がぼーっとした状態になる。意識が無いようなものである。
いつもは穏やかで暴力を嫌う人が、暴力をふるってしまい大怪我を負わせてしまう事案をたまにネットニュースで見るが、実は、意識はそこには無く、いわゆる別人格によるものな場合が多かったりする。
今回、私は暴力をふるう事はなかったが、びしょ濡れの状態で、人に見られて恥ずかしい状態であるにも関わらず、無心の状態で教室に戻り、ジャージに着替えて次の授業の準備をしていた。佐野さんが目を大きく見開いて私に何かを必死に伝えようとしてきたが、何を言っているのかよくわからなかった。
(ああ、いずみちゃんが何か言ってる......けど、もう、どうでもいいや)
そのあとの記憶ははっきり言ってない。後から訊いた話によると、いつのまにか気絶し、佐野さんと男子数名によって保健室に運ばれたらしい。
私が保健室で気を失っている間、彼女がクラスメイト全員から情報を聞き集め、首謀者を突き止め、懲らしめてくれていた。しかし、私は教室に戻る事なく、研究所へと帰った。精神崩壊がかなり深刻であった為、中之島さんの判断により、抗鬱剤を投与され精神が正常に戻るまで、研究所で拘束され続けた。暴走のリスクがあるからだ。ちなみに精神状態が安定し、拘束から解放されて再び学校へ通えるようになったのは、年が明けてからの事である。
もうわかったと思うが、私は転入当初、クラス内外の女子から嫌われていたのだ。みんなから慕われるようになったのは、そのいじめ事件が解決した後しばらく経ってからの事である。
年が明け、新学期が始まる数日前、研究所に拘束されている私の目の前に佐野さんが現れた。
「明けましておめでとうございます。美咲さん、あなたを迎えに来ましたわ!」
彼女によって、拘束が解除され、私は目覚めた。
「......あれ? いずみちゃん?」
いつも、目が覚めるといつもと違って中之島さんではなく佐野さんが居た。
「どうしていずみちゃんがここに?」
「どうしてもこうしてもないわ! あなたを迎えにきたのですわ!」
「......そういえば、ここの事知ってたんだったね」
「ところで、よく、この中にずっと入っていられるわね......私には耐えられないですわ!」
「ずっとって言ってもせいぜい、長くて半日程度だからね。それに、たまに目を覚ますことはあるけれど、睡眠薬を投与されてずっと寝てるし、退屈な事なんてないよ?」
彼女は口を開けたまま、瞳を見開きぼーっとしていた。
(まぁ、驚くのも無理はないか......)
「美咲ちゃん、今日は何月何日だと思っているの?」
「今日は、12月24日でしょ?」
「今日は1月8日よ!」
「え......嘘でしょ?」
『そのお嬢さんの言う通りじゃ』
どこからともなく、中之島さんの声が聞こえた。
「おはよう、赤坂嬢ちゃん」
「中之島さん、どういうことですか?イマイチ状況がつかめないのですが......」
「そう慌てなさんな......そうじゃの、赤坂嬢ちゃんはずっと昏睡状態にあったのじゃ」
その後、私と佐野さんは、中之島さんから私が最後に眠りについてからの話を聞いた。
脳派や脈拍、血流から私は精神が異常な状態であった事。余りにも長い時間目が覚めないので、急遽栄養剤を投与して、必死に研究所の職員が看病していた事。昨日、観測パラメーターが正常に戻る兆しがあったため、友達からの呼びかけで意識を取り戻せないかと思い、特別に佐野さんに来てもらった事など、全て説明を受けた。
「とりあえず、赤坂嬢ちゃんの仕事は食事じゃ! ちょうど昼じゃし、お嬢ちゃんも一緒にどうじゃ?」
「頂きます!」
佐野さんと、中之島さんと一緒に昼ごはんを食べた。
「さて、赤坂嬢ちゃん。佐野お嬢ちゃんが何か用があるそうじゃ」
「用?」
「忘れてましたわ! えと、中之島さん?」
「なんじゃ?」
「美咲ちゃんを少し借りてもいいですの? 連れて行きたい所があるのですわ!」
「構わんが、まだ体力が戻っとらん。あまり、無茶はだめじゃぞ?」
「大丈夫ですわ! 車を用意させていますわ!」
「それなら、佐野お嬢、赤坂嬢ちゃんを頼みますぞ!」
その後、私は佐野さんが私の実家から持ってきてくれたワンピースに着替え、研究所を出た。
研究所のすぐ外で、佐野さんの家で雇われている執事さんが運転する車に乗り込んだ。それから、しばらく1時間くらい経っただろうか、目的地にはまだ付かないようだ。
「目的地はどこなの?」
「それはナイショですわ!」
目的地に付いたのは、それからさらに1時間後である。
「ここですわ!」
そこは、「収穫の丘」と呼ばれる農業公園であった。
「収穫の丘」は、乗馬体験や乳しぼり体験などができ、小学校や幼稚園の遠足で選ばれることもある、有名な公園だ。
「今日は、嫌な事すべて忘れて楽しみますわよ!」
乳しぼりや乗馬は、二人とも初めてで、意外と楽しめた。特に乳しぼりは、牛に蹴飛ばされるのではないかとびくびくしていたが、意外と牛は大人しく、3~4回絞った。
(この感覚は溜まらない!)
そのあと、ゴーカートに乗ったりして全力で楽しんだ。
「次行くわよ!」
佐野さんも大興奮の様子。私の手を引っ張って走り回った。閉園時間まで、満足のいくまで「収穫の丘」を楽しんだ。
(さすがに疲れた......)
「また来たいわね!」
「そうね......でもちょっと疲れたかも」
「情けないわね......それでも、元"男子"なのかしら?」
「"元"男子だけど、今は女子だよ......でも、楽しかったよ! ありがとう」
「まだ終わりじゃないわよ!」
「え?」
その後、再び車に乗り込んだ。二人とも、収穫の丘ではしゃぎ過ぎた為、走りだしてすぐ、ぐっすりと眠った。
「いずみお嬢様、そして赤坂お嬢様、つきましたですぞ!」
「じいや、ついた......?」
「はい! 良く眠っていらっしゃる間に到着致しました!」
「あれほど走り回ったのは久々ですわ」
「それはよかったですな」
「あ!美咲ちゃんは!?」
「横でぐっすりと寝ておられますぞ!」
「ちょっと! 起きなさい!」
「はっ!寝てた?」
「それはもう、可愛らしくね! それよりもついたわよ!」
「ここは?」
「私の家よ!」
そう聞いた私は、窓ガラス越しに外を覗き見た。
「大きい......」
「どう? 私の家大きいでしょ!」
彼女の家は、東京の赤坂御所級に大きく、庭もかなり広い。此処に目隠しされて連れてこられて、御所だと言えば信じる人も多いのでは無いだろうか、と思える程の規模なのだ。
「今日は特別に父があなたを招待したのよ!」
「そんな、私みたいな場違いな者が......」
「あら、何か勘違いしてると思うのだけれど、美咲さん、あなたは皇族の次くらいに偉い身分なのよ?」
「え?」
私が......偉い?
「国とそういう契約をしたんでしょ? 忘れたんですの? 本当はむしろ、私達みたいな平民が気軽に接して良い人じゃ無い立場ですわ!」
「いや、忘れるわけ無いよ。確かあの時は特例待遇する代わりに研究に協力するという話だったはず」
「あなた、一般人に特例待遇できると思ってるのです? これは父が総理大臣から直接聞いた話しなのだけど、特例待遇の根拠として身分を無理矢理引き上げ、そして、研究への協力は、その身分引き上げの根拠という事らしいのですわ!」
「知らなかった......普通に生きていきたいって言ったのに」
「普通に生きては行けますわ!現にこうして平民と普通に話せてるのですし、何より、美咲さんが特別な人だなんて知れる人は限られてますわ!」
「ごほん、お嬢様方、楽しまれてるところ申し訳無いですが、あちらで主人が待って居られますが如何なされますか?」
「美咲ちゃん、話は一旦此処までにして、屋敷に案内するわ!」
屋敷に入ると、見覚えのある人物がエントランスでで迎えてくれていた。
「いずみ、おかえり! そして、赤坂お嬢様、ようこそ我が屋へ!」
「いずみちゃんのお父様、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりに御座います。さて、此処ではなんですので、どうぞ中へお入りください」
「はい! お邪魔致します」
私と佐野さんのお父さんでそういうやり取りをしていると、彼女は不満そうな顔をしていた。
「二人とも知り合いなのはわかてるけど、どうしてそんなに他人行儀なんですの?」
「赤坂お嬢様とは少し特殊な事情があってな......」
もちろん、失踪騒動の件である。
「先の件については、大変ご迷惑をお掛けしました。全ては私に非が有りますので、貧相な身体つきではありますが、身体で支払います。奴隷市場に売られても......」
「赤坂お嬢様、それ以上言ってはいけません。前にも言いましたが、あなた様には責任を押し付けません。どうか、あなた様は幸せに生きてください」
「二人とも、何の話しをしているのです? 身体で支払うってどういう事ですの?」
「さて、赤坂お嬢様、お風呂の用意ができておりますので、娘と一緒に汗を流されては如何でしょうか?」
「そう......ですね。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「それは名案ですわ!」
よほど疲れていたのか、お風呂というワードを聞いた瞬間、除け者にされて不満そうにしていた顔が一気に明るくなった。
「美咲ちゃん、お風呂はこっちですわ!」
そうして私達は屋敷の大浴場へと向かった。
「やっぱり疲れた時はお風呂ですわね!」
「おっさんみたい。でも、あながち間違いじゃ無いかも」
「誰がおっさんですって?まあそれは置いておくとして、今日は私に付き合ってくれてありがとうですわ!」
「いえいえ、こちらこそ誘ってくれてありがとうございました!」
「ねえ、変なこと言っても良い?」
「何?」
「私、今の美咲ちゃん、いえ、千早君の事も好きですわ!」
「急に何を......」
危うく溺れかけた
「たしかに身体は、こんなに可愛らしくなっちゃったけど、魂は不変ですわ。だからこそ一つお願いがあるのですわ」
「お願い?」
「本当は嫌だけど、美咲、彼氏を作りなさい!」
「......えっ!?」
「今回の事件、私にも非があるのですわ。周りを見ず、あなただけを見ていたのが事の原因ですわ」
「いや、そんなことは......」
「わかっていますわ。ですが......私達、少し距離を開けた方がいいのですわ」
確かに、彼女の言う事も一理ある。一度距離を開ければ、周りから嫉妬されることもなくなる。
(ただ、それで本当に良いのだろうか。距離を取ることすなわち、疎遠のはじまり......)
「いずみちゃんは悪くないんだよ!!」
「気持ちはわかりますわ。 だけど、このままだと、何も変わらないですわ。だから一旦お互いに距離を取るのですわ!」
「一旦?」
「そう、一旦ですわ。そして、美咲はまず彼氏を作るのですわ!」
「だからどうして彼氏?」
「理由は三つあるわ! 一つ目は私と距離を置いても寂しくなる事はありませんわ。そして、彼氏持ちになれば自然とステータスが上がって、それから、彼氏持ちのクラスメイトから敵視されることもなくなりますわ!」
佐野さんの言っている事が理解できない人のために解説しよう。
今回の事件の原因は、いきなりやってきた新入りが、人気な佐野さんに近づき過ぎた事。そして、私のあまりの美しく可愛い容姿に、ほとんどの男子をメロメロにしてしまった事が原因だ。なので、まず彼氏を作る事優先し、一旦距離を取ろうということだ。彼氏ができれば、男子がメロメロになる事は減り、そして"彼氏持ち"となることでステータスが向上し、クラスカーストの中でも上な方になる。そうなれば、彼女と仲良くしていても誰も何も言ってこなくなるという事だ。
「......わかった。けど誰と? 私好きな人いないよ?」
「高師浜はどうですの? 以前、仲良しだったのでしょう?」
「高師浜......?」
『高師浜 忠岡』、髪の毛一本一本がはっきりしていて、尚且つ天然のさらさらショート・ストレートヘアー、毛穴一つないきめ細かい白い肌をしていて、目と口、鼻の位置バランスも良い。透き通るような綺麗な瞳で笑顔が似合う可愛い系のイケメンだ。しかし、彼はコミュ力が著しく低く、他人から話しかけられなければ誰とも話すことはない。そのため、イケメンなのにクラスの中では視界にすら入らない人となっていた。そんな彼にも、半年前までは親しい友人がいて、その友人との相性は極めて良く、入学式から半年の間ずっと、部活動を除いて常に行動を共にしていた。しかし、突如として、その友人が失踪してしまった為、それから今に至るまでずっとボッチだ。
「あら、高師浜となら、私、たまに話すわよ?」
訂正しよう、高師浜は佐野さんとは話すことはあるらしい。
「しかし、あの高師浜が......コミュ障の化け物、佐野さんと話せるなんて!」
「ちょっと! 失礼ですわよ? 彼とは、あなたが失踪した直後に、あなたの事を問い詰めようと話しかけた事がきっかけでしたわね......それ以降も、しばしばお話していますわ!」
「今も?」
「そうですわ。あなたの事で知らない事はもうほとんどないのですわ!」
「だから、高師浜なのね」
「そうですわ! 彼なら美咲さんを預けても良いわ!」
「だけど、この身体になってから高師浜とは一度も話してないよ?」
「そこは、私に任せなさい!」
「......うん」
それから30分くらいだろうか、沈黙が続いた。
「さて、そろそろ上がりますわよ?」
「喉も乾いてきたし、そうしよう!」
随分長い時間お風呂に入っていたので、二人ともクタクタになっていた。しかし、佐野さんは言いたい事を言えたので、私は彼女に励まされたので、汗と共に"よくない物"を流しきり、すっきりしていた。