10000人レース ー9
ゴォ、と風が待ち構えていたみたいに、ボスエリアから出た4人を強風が襲った。
風とともに、天に両手を伸ばすように梢を差し伸ばした木々から黄緑色、緑色、濃緑色、黄色、朱色、紫色、様々な葉が舞い散る。魚の鱗のように重なり、真珠の首飾りのように連なり、陽の光を浴びて煌めきながら降り落ちた。
「ぴゃ」
体重の軽い理々が風に煽られてよろけるが、背後にいた祐也がガッチリと支える。
「ありがとう、祐也」
「彩乃、髪に花びらが」
高広が、彩乃の長い黒髪に青い蝶々のように留まった青い花びらを指先で取り払う。
風に乗って運ばれてきた青い花びらに、理々が、
「ネモフィラみたいな色の花びらだね。ほら、去年みんなで遊びに行った花畑の」
と言うと彩乃が手を叩く。
「ああ! ネモフィラの花が一面に咲いていた、海の底のような綺麗な花畑ね。ホント同じ色だわ」
理々が花が咲くように笑った。
「太陽は3個もあるけど、私たちの世界の木々と同じように太陽の方向に枝を伸ばしているし、変な色の植物もあるけど同じ色の植物もある。不安ばかりの世界だけども、同じようなものがあるとちょっと安心するね」
彩乃も頷く。
「うん、うん、そうだね。何より4人いっしょだもの。これが一番よね!」
ね、とお互いを見て微笑みあう理々と彩乃が可愛い。眼福。なにしろ極上の美少女の二人である。
「か、かわいい」
高広が胸を押さえた。心臓が痛い。
「可愛いに殺されそうだ。可愛いって痛いものなんだな」
が、次の瞬間、高広はバッと風が鳴るような早さで振り返った。理々も高広と同じ方向を向いている。
もともと高広と理々は、理性よりも感覚的なものが強い人間だった。そこに高広は超直感が、理々には幸運が加わり、二人そろって野性的というか動物的というか人間離れしたカンの持ち主となっていた。
「「なんだか良いことがありそうな気がする……」」
理々が祐也の袖口を引っ張る。
高広が、大型犬が飼い主に散歩をねだるみたいに目をウルウルさせて彩乃を見る。高広は彩乃限定で、駄犬忠犬狂犬になるのだ。
「「行きたい。行ってもいい?」」
許可を求める理々と高広に、頭脳担当の祐也と彩乃は、寝る場所の確保が先だとか知らない森の安全性だとか色々と言いたいことが浮かんだが、にっこり笑って頷いた。
「「いいよ。みんなで行こう」」
しかたない。目をキラキラさせておねだりする理々と高広は、小動物と大型犬の凸凹コンビみたいで凄く可愛いのだ。だから理性強めの祐也と彩乃とて、たいていの事は苦笑をひとつもらして許してしまうのである。
「「わぁーい!」」
高広と理々が、嬉しげにコッチコッチと手招きをして走り出す。
「「あそこっ!」」
蛇のように首を伸ばして生えているみたいな細い木の根元の、その陰に、影の内側に籠る丸くて黒いものがいた。
大きさは鶏の卵ほど。
貝が海底や砂浜に潜るように、黒い自身の色を木の影に同化させて、目立たないように動くこともなくひっそりとちんまり存在していた。
「なんか可愛い……ような気がする」
理々が小さく唸る。
「もしかして、異世界名物のスライム?」
高広の目が輝く。
理々と高広が、くるん、と顔を祐也と彩乃に向けた。
「「拾ってもいい?」」
「うーん?」
祐也が鑑定にかけると確かにスライムだった。ただし、変異種とある。
「弱いし危険はないみたいだが。脱水寸前で死にかけているし」
「たいへんっ!」
あわてて理々がリュックから水を取り出し、紙皿に水を入れてスライムの前に置く。昼食の残りのパンも。
「スライムちゃん、食べれる?」
スライムは、のそりと動くと紙皿ごと水をシュワシュワと吸収した。次にパンを吸収して、ぴと、と理々の足首にくっついた。
「っ! 離れろ!!」
手を伸ばしてスライムを引き離そうとした祐也を、理々がとめる。
「よくわからないけど、ステータスにテイムってある……」
理々の声が困惑しているのに対して高広は、
「異世界あるある従魔ができちゃったぜ! っていうパターンじゃん。いいなー」
と高揚した声で羨ましがった。
眉間に皺を寄せる祐也に彩乃が、
「どうする? 異世界の魔物よ、テイムしたと言っても危なくないかしら」
と、能天気な高広を横目に危惧の言葉を口にしたが。
「……ミー……」
発声器官がどこかにあるのか不明だが、スライムが子猫のように愛らしく鳴いたのだ。
「ミー、ミー、ミィー」
たちまち猫好きの彩乃が警戒心をポイっと捨てて、目尻を下げて賛成票へと変わった。
「さっき危険はない、って言ってたよね? あの黒大福みたいなスライムを連れて行きましょうよ」
彩乃がイエスと言えば彩乃にぞっこんの高広も当然のように是となり、
「スライムはもう理々がテイムしているんだし、祐也、いいだろ?」
と口角を緩ませて言う。
「お願い。ちゃんとお世話をするから」
もともと拾う気まんまんだった理々が胸の前で両手を組んで、祐也に甘える。可愛く首を傾げるポーズ付きで。
「降参。一対三だしな」
祐也が手を上げた。
「そのスライムを連れて行こう。だが不安も残るから、いつでも対処し得るように監視はしばらく続けるぞ。これは譲れない」
読んで下さりありがとうございました。