10000人レース ー80 サングラス警報発令
「現在迷宮都市では女神のゴミ捨て場より数千人の奴隷の供給があったので、各大門付近では一時的な奴隷市場が開かれています。人出で賑わっている場所なので、スリなども多発しています。気をつけてください。特にハイエルフ様は目立ちますのでマントのフードを被った方が安全でしょう」
と、リシャイルに注意を促されて4人は顔を少し歪めた。
わかっていたことだが、やはり敗者の末路を実際に見るのは辛い。
判断には、その自覚の有る無しに関わらず覚悟を伴う場合が多い。4人も覚悟はしていた。それでも胸が詰まるように痛かった。
東門で入都市税を払い、エルフたちに囲まれて4人はモラン大迷宮都市へと足を踏み入れる。
湿ったような風が吹き抜けた。
大勢の人々の熱気で少し澱んだみたいな空気が独特の雰囲気を醸し出していた。
これまでの人生で自分が鎖に繋がれることを想像もしたことがなかっただろう少年少女たちが、鉄の檻に入れられて怯えている。全身が薄汚れて髪は乱れて艶がなく、顔についた泥が涙の筋となって残っている者も多い。
「高いな」
「たいしたスキルじゃないし、もう少し安くしてくれ」
「健康そうだ、労働力になるだろう」
「まぁまぁの顔だな、いいだろう。買うよ」
「おや、スキルが多いね。気にいった」
人間が人間を品定めして売買している。女神の世界では普通の光景であった。
4人はフードを深く被り、顎を下げずに真っ直ぐに進んだ。見ないために俯かなかった。これがこの世界の日常の出来事なのだから。今、俯けば次もきっと顔を上げることはできない。逃げることのできない現実なのである。だから視線は落さなかった。
4人は、水蒸気ちゃんが稼いだ金貨を億単位で所有している。買おうと思えば檻の中の全員を救うことができた。しかし、その後は4人の好意に甘えて頼ろうとする者が多数でるだろうことも推測できた。おんぶだけでは満足できず、抱っこも催促する子どものように。
すでに4人は、1万人のために命をかけた。
レース最終日に全員の種族変換を願って命をかけているのだ。享楽的な女神の機嫌次第では、簡単に4人は消滅させられていたことだろう。巨大ゴーレムに対しても裕也は血を流すほど魔力を振り絞った。
もうこれ以上、関わることも助けることもしない、と4人は決めていた。
この残酷な世界で心から手を繋げる相手はお互いだけだ、と。
「フードを被ったのは正解だったな。僕と理々はレースの個人成績1位として空中に顔をさらしているから、檻の中の生徒たちに見つかって騒ぎになる可能性があった。都市に入って早々に騒動は御免だ」
「だな。俺と彩乃は顔立ちが少々変化しているし、黒髪黒目から銀髪銀目になっているから元日本人だとは判別できないだろうけど。裕也と理々は種族変換しても同じ容姿だもんな。ちょっと危ないかも?」
「他人の空似と主張して無視するよ」
「まぁ、無視でダメならば女神の世界流に排除すればいいし」
「そうだな、弱者を盾に縋られると面倒だしね」
「そうだよ、女神の世界は強者が天秤を傾ける者だもん」
ひそひそと裕也と高広が言葉を交わす。理々と彩乃だけが大事な裕也と高広は、とっくに敗者の生徒たちを切り捨てていた。理々と彩乃がナンバーワンでオンリーワンなのだ。
「でも、檻の中の彼らの姿はもしかしたら僕たちの未来だったのかも知れない。初日に理々が幸運様を引き当てたからこそ、僕たちの運命は変わったんだ」
「ああ、この世界は敗者には過酷だ。負ければ地獄。これからも肝に銘じないとな」
裕也と高広は低く囁くように会話しながら、コツンと拳を合わせる。
「「理々と彩乃を檻になど入れる結末にはしない。必ず守ろう」」
理々と彩乃は裕也と高広ほど割り切ることはできなかったが、それでも4人で決めたことである。嘆きや啜り泣きの声が日本語で聞こえてきたが、頬を強張らせて歩く足を決して止めることはなかった。
しばらく歩くと街並みが変化した。
騒々しい奴隷市場から商人の店が建ち並ぶ秩序立つ整然とした商人街に入り、整備された広い大通りを4人とエルフ集団が進むと人々の注目度がドンドンと高くなっていく。
わざわざ店内から走り出てきて、凄絶なまでに美しい集団を見てあんぐりと口を開けて見惚れている者もいる。
先頭のリシャイルが四方に睨みをきかす。
リシャイルは冒険者としてSランクであり、エルフの王族である。近づける者はいない。リシャイルは自身の知名度と地位を出し惜しみする性格ではないので存分に利用して、獰猛なガードドッグよろしく戦闘モードで威嚇して牽制した。
大通りを左右に人々が貼り付く中を、光り輝く美の集団が悠々と歩く。背後に華やかな花が舞っているような幻覚さえ見えて、人々は一層惹きつけられて目が離せない。
「なぁ、真ん中にフードを被っている人は……?」
「俺、知っている……。東門で見たんだ、天女様みたいな麗しいハイエルフ様だよ……」
「いいなぁ、いいなぁ。俺も見たいぃ……」
フードの横から零れる彩乃の長い銀の髪が宝石のごとくキラキラと煌めき、人々を鷲掴むように魅了する。
「「「ありがたや、ハイエルフ様……」」」
集団の後方では両手を合わせて拝む人々が続出しており、理々は種族変換でハイエルフを選ばなくてよかったと胸を撫で下ろす。逆に彩乃は想像以上のハイエルフ効果に眉間に皺を寄せた。しかし、その姿さえ美しいのでウットリと心酔するエルフたちであった。
レンズの焦点のように人々の衆目を集めて、4人とエルフたちが悠然と冒険者ギルトの扉を開く。
堅牢なギルトの扉がギィと音を響かせる。
総合案内所の受付嬢カリヤは常のように笑顔を向けたが、一瞬で表情を変えた。凶暴な勢いでカウンターベルを連打する。
「警報! サングラスを着用せよ! サングラス警報発令!!」




