10000人レース ー55
「「「ただいま」」」
「おかえりなさい。滝壺は大丈夫だった? お風呂が沸いているよ、先に入る? あ、お水を飲む?」
理々が〈もっと美味しい水〉をコップに注ぐ。鈴のような音。コップの中の氷が触れ合う音が涼やかに響いた。
コップを受けとり一気に飲み干して、出迎えてくれた理々を祐也はいそいそと抱きしめる。
「理々、寂しかったよ」
ぎゅぅぅぅ、と祐也は理々にしがみつく。
別行動をした後の時の祐也は、いつもコアラ抱っこになってしまうのだ。日本では、学校もいっしょ家もいっしょ、女子トイレは彩乃に頼んだが本当はトイレ送迎も自分でしたくて堪らなかった祐也なのである。
すでに投資の勉強も始めていて、それなりに成功もしていた。将来は在宅ワークで稼いで365日祐也は、理々のくっつき虫になる予定であったのだ。
「あああ、祐也ったら独占欲全開の狼にジョブチェンジしちゃっているわ」
「日本にいた時はちゃんと外面があったのに、異世界に来たら見事に剥がれたからなぁ」
「きゃあ、近いわぁ。お互いの息が重なるほど唇の距離が近いわ」
「俺たちの前でも祐也は平気で理々にくっつくもんなぁ」
「本当に祐也は、どーんと祐也を受けとめてくれる海のような理々に感謝すべきよ」
彩乃と高広がヒソヒソと声をひそめて会話をする。
「理々って色んな意味で図太いし根性もあるよなぁ。身体はあんなにちっちゃいのに。祐也って絶対に監禁系のヤンデレの煮凝りだよ」
「その祐也を上手く手のひらコロコロしちゃう理々はつくづく凄いわぁ」
うんうんと頷きあう彩乃と高広であった。
「それに、アレ」
彩乃がちらりと視線を流す。
ドームホームの管理球と机と水蒸気ちゃんが集まって密談をしていた。まさに密談をこらしています、という体勢で部屋の隅っこでヒソヒソしている。
もともと管理球は理々と念話をしていたし、机と水蒸気ちゃんは喋るところを見たことがないので念話であろうが、秘密的雰囲気がモリモリであった。というか部屋の一角だけ空気がドロドロと禍々しい。
「なんかあそこだけ空気の粘度が高いような……」
「ねー、黒っぽくて粘りついているよね。何の秘密の話をしているのかしら?」
「知らない方がいいよ。触らぬ神に祟りなし、て言うし」
高広の本能とスキルが鳥肌がたつほどに警告している。ヤバい、と。しかし欠片の勝ち目もない歴然とした力量の差も同時に知覚をしていて、即座に撤退するべし、と訴えていた。
「そうよね。安全圏って大事よね」
と、再びうんうんと頷きあう高広と彩乃。我が身は可愛い。命は大事。先人のありがたい教えに素直に従う高広と彩乃であった。
そんな高広と彩乃に、台所から理々が振り返って言った。
「高広ー、スペアリブがメインだけどベーコンエッグも食べる?」
祐也を背中にくっ付けたままの理々がフライパンを振る。理々のベーコンエッグは、焼きすぎず生っぽくもなく噛みしめると脂が口中を走るという抜群の焼き方で、高広の大好物なのだ。
「食べるーっ!!」
と、食欲優先となった高広は管理球と机と水蒸気ちゃんのことは千光年彼方に置いて、見えない尻尾をブンブンと振り回す。
「明日は彩乃の好きなシチューね」
すでに大きな鍋には、牛の髄や脛や尾や骨が煮込まれている。各種の香料も入れて、このまま煮つづけて柔らかにトロリと蕩けるシチューを理々は作ってくれるのだ。本当は何十時間も煮るのだが、スキルが短縮を可能にしていた。
「嬉しい、明日が楽しみ!」
と、彩乃が嬉しげに声をあげる。
別の鍋には小豆の香りがぷんと匂っている。
理々のぜんざいは、甘いのに少しだけ塩味の風が吹くような絶妙な甘味なのだ。
違う鍋にはコーンポタージュ。
甘くて濃厚。なめらかというかまろやかというか、とろとろの旨味が絶品のコーンポタージュである。
スライムちゃんが大活躍をしていて、幾つもの鍋がふわりふわりと湯気を上げて、フライパンが食欲をそそる音をじゅーじゅー立てていた。
「ご飯ですよー!」
理々の声に、黒雲を漂わせていた管理球と机と水蒸気ちゃんはパアッと晴れやかに澄み渡り、浮き浮きと居間に集合する。
机と管理球はぜんざいが気に入り、お椀ではなくどんぶり鉢である。その様子をちろりと横目で見た水蒸気ちゃんも、おかわりはどんぶり鉢を要求する。
高広とスライムちゃんはスペアリブとベーコンエッグに夢中で、彩乃はスペアリブのじゃがいもやサラダやコーンポタージュを上品に食べて、祐也はまんべんなく口に入れている。皆が笑顔で、舌の天国を味わっていた。
「「「ごちそうさま。理々の料理は最高に美味しい!!!」」」
「ミー! ミー!」
完全同意! 声なき声で管理球と机と水蒸気ちゃんが賛同する。
「ありがとう。たくさん食べてくれて理々は嬉しい。じゃあ、次は食後のガチャをしようか? 100万ポイントガチャを4回ね」
「「「理々、ファイト」」」
祐也と高広と彩乃の声援を背にして、理々は机に向かって小さな手をあわせた。
机は食事に大満足したように、四つ脚に彫られた四方を守る神獣の彫り物すら喜悦の表情でほころんでいるようであった。
「理々、いきます!」
〈おめでとうございます。全言語理解(ただし使用者が千人以下の自然言語は除外)レベル1、時価です〉
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〈おめでとうございます。固有スキル変換オーブ、時価です〉
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4人が顔をゆるませる。口が歓声の形に開かれる寸前、しかし続くアナウンスを聞いて固まってしまった。
アナウンスは33回、同じ内容を繰り返した。
ナイショの神薬、と。
読んで下さりありがとうございました。




