10000人レース ー52
一瞬の浮遊感だった。
アナウンスが聞こえて、
「「「「え?」」」」
と思った時には、もう4人は洞窟の外にいた。
ドドドドドド。
滝壺に落ちる水音が響く。巨石を断ち割って集められた清冽な水が滝壺に注がれる水の音だ。
4人は昨日、水原と別れた滝の側に立っていた。
「「「「え?」」」」
4人は唖然として周囲を見回した。
「ここ洞窟じゃない……」
「アナウンスが排出って……」
「聴こえた瞬間、滝のところにいて……」
「えと……、水蒸気ちゃんが消えたと思ったら、すぐにアナウンスが響いて、えと、魔物が全部討伐されて緊急事態って、それで閉鎖するから理々たちは異物だから、えと、ポイされてしまったのかな……?」
霧の塊が理々の背後から消えて、たった3分間の出来事だった。
3分で、洞窟内部の全魔物が屠られて、4人は洞窟から排出されたのであった。
唖然、茫然である。
「あの霧、強いとは思っていたけど……」
と高広が強張った顔をして立ち尽くす。
「ハハハ、まさかこれほどとは……」
と祐也が肩と眉をおとして笑う。
「普段は霧の塊になっているが、大きさは自由自在なんだろう。あの広大な洞窟の隅から隅まで体を拡大させて、ジュッ、と魔物を瞬間に加熱して終了。ハハハ、強すぎだよ……」
目を閉じて、パン、と祐也は両手で両頬を叩いた。
そして祐也は、目を開いて言った。
「よし! 洞窟を強制的に追い出された、それがイマココだ! 時間は有限だ、レースは今日を入れて後3日。もう洞窟でレベルを上げれなくなってしまったからには、次だ、次を考えよう。何か案はあるか?」
「祐也、高広、彩乃、パーティーのポイントを見て。理々のポイントだけどパーティーを組んでいるからパーティーポイントともなる。これ、凄い数字になっているよ」
理々が空中を指差す。
「水蒸気ちゃんのおかげで理々のレベルも凄い数字になっちゃった。でも、ほら、団体戦で理々たちのパーティーがぶっちぎりで1位だよ。もうポイントのためのクエストとか必要ないと思う。レベルアップのためだけの戦闘を選択すれば、より効率が良くなると思うの」
「それとね、個人戦の順位なんだけど」
理々が祐也と高広と彩乃にヒソヒソと耳打ちをする。
「なるほど、ポイントはパーティーの共有ができるから」
「ひひひ、クソ女神が驚くかもな」
「理々、最高!」
「その方が安全だと思うの。だってポイント差があったら、女神様がもしかしたらイジワルするかも知れないし」
理々の言葉に祐也と高広と彩乃が重く頷く。
「あの女神のことだ。優しい結果にはしてくれないだろうな」
「クソ女神はクソ女神だもんな」
「こっちで防御できることは最大限にしないと、ね」
「それでね、水蒸気ちゃんを許してあげて欲しいの。理々がポイントのことを言ったから、水蒸気ちゃんは魔物を全部倒して理々にポイントをくれようとしたの。理々たちのレベルアップの計画とかあまり理解できていなかったの。ごめんなさい。許してあげて下さい」
理々が、祐也と高広と彩乃に深く深く頭を下げる。
「ミー……、ミー……」
スライムも、ごめんなさい、と丸餅から平餅になった。
水蒸気ちゃんは、良かれと思ってしたの、としょぼんと小さなワタアメになっていた。
小柄な理々、平餅スライム、ワタアメ水蒸気ちゃん、全員がちまっこくてしょんぼりしているので、可哀想で可愛い。心の栄養になりそうな可愛さだった。
「「「大丈夫だから。気にしないで」」」
脊髄反射のように即答する祐也と高広と彩乃。
「レベル上げなんてどこでもできるから」
「そうだよ。また川に行ってもいいし」
「でも、洞窟のクエストの達成報酬とかどうなったのかしら? 途中で放り出されたから理々は何も貰ってないでしょう?」
ドドドドドド。
無言になった4人の間で水音が響いた。
「あ? あー! そう言えば貰ってない!!」
理々が叫ぶ。
「でも、でも! 大量のポイントが入っているよ、これがクエスト報酬かな!?」
〈はい。達成報酬の一部です〉
「アナウンスさん!?」
〈クエストが多岐にわたっていた為、全てを総合しての達成報酬に変更されました。個体名理々には、500万ポイントおよび固有スキル時間停止付き無限収納ならびに神酒1樽が与えられます〉
「500万ポイント……、今日100万ポイントガチャが4回できるわっ!」
「異世界定番、無限収納じゃん! いいなぁ!」
「神酒……、女神の世界の基礎知識によると伝説の酒だ……」
彩乃、高広、祐也が声を弾ませて言った。口元が嬉しさに緩んでいる。
わっ!! と4人で手を取り合う。
「「「「やったー! 水蒸気ちゃん、ありがとう!」」」」
「ガチャは今日の夜にしようよ? 理々、今から夜のためにお供え(袖の下とも言う)のお料理とデザートをたくさん作るから。祐也と高広と彩乃はレベルアップだよね? 精密探査によると滝壺と滝の裏側の洞窟に強い反応があるよ」
「「「了解!」」」
「水蒸気ちゃん、ありがとうね。お水を飲む? 水蒸気ちゃんが理々をレベルアップさせてくれたおかげで、『美味しい水』が『もっと美味しい水』になったの。固有スキルも進化するんだね」
理々が指を振ると、朝露のように清らかな水が虹みたいな弧を描いて煌めいた。
ワタアメサイズが興奮を抑えきれずにブルブルと震える。感に堪えない吐息を吐くようにワタアメから霧の塊に変化して、水蒸気ちゃんがユラユラと揺れた。
スライムも霧の塊の傍らで『もっと美味しい水』のおこぼれを貰って、うっとりと酔いしれるみたいにミーミーと鳴く。
理々が滝壺の横にドームホームを出した。
「みんなのご飯も作っておくから、お腹がすいたら戻って来てね」
読んで下さりありがとうございました。




