10000人レース ー51 8日目
レース8日目の朝、高瀬高校の生徒たちの間では、ひとつの話題が持ちきりだった。
寄るとさわると人の輪ができて、蟻塚の話が蔓延していた。
「知っている、俺も見た」
「アレ、3位の学校の生徒たちだよな。他校の生徒を襲撃してポイントを奪い取ることで有名な」
「恨みじゃないか。俺、あいつらが他高を襲っている現場を見たことがあるけど、むちゃくちゃ酷かった」
「そう。ほら、森の南の、あの巨大な蟻塚よ。3センチくらいの肉食の蟻の」
「ひぇ、あの蟻、狂暴なのよね。あっという間に群がってくるし」
「危険だから手を出してはダメって生徒会長が通達をした場所だよね」
「喉を焼かれて、手足は折られて、蟻塚を囲むみたいに7人が生きたまま埋められていたよ。俺が発見した時もまだ生きて呻いていた。外側も内臓も喰われていて骨も一部分むき出しになっていてボロボロだったけど」
「トドメをさしてやったのか?」
「あの蟻塚だぞ。トドメも助けることも出来ないよ。近寄れないんだから。あいつらの苦痛を終わらしてやるための魔法であれ矢であれ、一発でも外して蟻塚に当たってみろ。俺も仲間も蟻に殺されてしまうよ」
「あの3位の学校、昨夜攻撃されたみたいよ」
「私も遠目で確認したけど、校舎が血だらけだったわ」
「3位の学校を狙うなんて、どれだけ強い人たちが攻めたのかな」
「3位の学校の奴ら、弱い者を魔法の的にして遊んでいたと聞いたぞ」
「女の子に惨いことをしていたらしい」
「いたぶって相手が泣き叫ぶ姿を楽しんでいたそうだよ」
「桐島高校を襲撃したのも、あいつらだろ」
「「「「自業自得だ!」」」」
「──って、噂が凄いよ」
と、声をかけられて南城は広い机にひろげていた書類から顔をあげて、後ろを振り返った。含み笑いをした双子の弟が立っていた。
「兄さん、昨夜はどこに行っていたの?」
「あるイベントに友情出演していただけだよ」
「ふぅん?」
双子の弟は、かすかに皮肉な口調で言った。
「そのイベントって、水原さんと二人で3位の学校を半壊させる楽しい楽しい奇襲のことかな?」
「そうかもな」
南城は軽く受け流す。書類仕事でかたまった背中をぐぐっと伸ばすと、ぱき、という音がした。
「実益もあったし、悪くはなかった」
腰にあるウェストポーチを叩く。
「あの学校、色々と溜め込んでいたから僕の魔法袋がいっぱいになったし。うちの生徒も何度か襲われていたから慰謝料を貰ってきた」
「蟻塚の生徒たちは、水原さんの因縁の相手?」
「妹さん関係らしいが、聞いていない」
だが聞いていなくとも想像はつく。昨夜の水原の底なし沼のような怒り。南城は整った顔立ちをわずかに歪めた。
日本にいた時から精神同調のある弟が、前髪の下で眉間に皺を刻む。
「そうか。水原さんにとって許せない、許すことのできない奴らだったんだね」
南城は、何も言わずに再び書類に視線を戻した。
水原には妹がいた。
だが、今はもういない。
それが全てだった。
もし、自分の大事な弟が同じ目にあったら? と思うと、水原を手助けすることに躊躇はしなかった。日本には法律があった。が、法律のない世界で、自分たちの力で復讐をして何が悪い?
そんなことは間違っている、と宣う者の綺麗事を浴びせられる事があっても、水原も南城も後悔はしない。考え方など千人いれば千人とも違うのだから。
水原は、妹のために強くなって復讐をした。
南城は手伝った。
日本ではない世界で、その道を選んだ。それだけである。
「僕は今夜も出るから」
「え? 兄さん?」
「桐島高校を襲撃した高校は8校だ」
900人の復讐を。
南城にとっても利益はある。
他校生を襲う生徒を駆逐すれば、自校の生徒がより安全になる。あと3日。ひとつの命も喪うことなく、南城は守りたかった。
南城は、初日に泥水を呑む決意をした。
だから最後まで泥を被っても自校の生徒を守り抜くのみだった。
「ミー、ミー」
スライムはご機嫌だった。昨日の夕食のチキン南蛮は大好きな唐揚げと並ぶくらいに最高だったし、今朝のご飯も極ウマだった。生きるとは、美味しいものなりと思うスライムであった。
4人は洞窟の奥へと進んでいた。
洞窟は空間拡張されているので広大で、道は多岐にわたっており、迷路のように複雑だった。
「東西南北のボスを討伐した時の特別報酬で武術の才をすでに固有スキルにしているから、今度の固有スキル変換のオーブで短距離転移を固有スキルにするつもりなんだ。そうすれば俺だけでなく、手に持ったものもいっしょに転移できる。彩乃と理々を抱き抱えて転移ができる。もうひとつのオーブで、超直感か立体機動か、どちらかを選ぶつもりだけど悩んでいるんだ」
と高広の言葉に祐也も応える。
「僕は魔術の才を固有スキルにしてあるから、魔法のどれかで悩んでいる。攻撃系と防御系のひとつずつにしようと考えてはいるけど。魔法陣解析も捨てがたい。万が一魔法が使えない事態になった時に、魔法陣は役に立つから」
「理々はどうするの?」
「うーん。いつの間にか料理のレベルがマックスになっていたらしくて、料理が固有スキルになっていたの。だから、いつの間にか新しく生えていた料理の極意を固有スキル化にしようかなぁ、て思っているけど」
「きゃあ! ステキ! 理々のご飯がさらに美味しく! ああん、もう理々のご飯しか食べられないわ。美味しくって美味しくって、虜になっちゃうわ」
「ミー! ミー!」
ぽふっ、と彩乃が理々に抱きつく。スライムも理々の頭の上から、きゅっ、と身も心も主のものとばかりにしがみついた。
異世界に来てから1周回って色々と手遅れな感じの心の狭い祐也に睨まれるが、彩乃は気にしない。もちろんスライムも。
「彩乃はどうするの?」
「私は、全状態異常解除魔法を固有スキル化にするわ。怪我治癒や病気治癒はレベルを上げる機会が多くあるけど、全状態異常解除魔法はなかなかレベルを上げる機会がなくて。でも、イザっとならば絶対的に必要な魔法だし」
「いや、理々。料理の極意ではなく何か身を守る魔法を固有スキル化にしてくれ。女神の世界の基礎知識によると、突然スキルが使用不可能となっても固有スキルだけは、その個人の魂と結びついている感じで使えるんだ。だからこそ固有スキル化オーブは時価となるくらい価値が高いんだよ」
柔和に目を細め、さりげなく彩乃の腕から理々を奪い取り、ついでに理々の頭を撫でる風を装ってスライムをゴミのように振り払い、祐也は理々を抱きしめた。
「そうなの? だったら100万ポイントをまた貯めて、ガチャで固有化オーブが当たったら嬉しいね」
と、理々の言葉が終わらないうちに、理々の背後でユラユラ揺れていた霧の塊がフッと消えた。
そしてアナウンスが響いたのは、たった3分間の出来事であった。
〈シークレットクエスト「大型吸血蝙蝠8万匹を単独撃破しよう」が達成されました。報酬として個体名理々に、……ザザザ、シークレットクエスト「大型牙蝙蝠10万匹を単独撃破しよう」が達成されました。報酬として個体名理々に、……ザザザザ、シークレットクエスト「女神の遊戯場の東の洞窟における魔物を30万匹を単独で討伐しよう」が達成されました。報酬と、……ザザザザザ、シークレットクエスト「女神の遊戯場の東の洞窟における魔物を40万匹、……ザザ、50万匹、……ザザ、緊急事態発生、緊急事態発生、東の洞窟内部の魔物が全て討伐されました。これにより東の洞窟は機能不全となり一時的に閉鎖されます。東の洞窟内の異物である個体名祐也、個体名高広、個体名彩乃、個体名理々は強制的に洞窟から排出されます〉
読んで下さりありがとうございました。