10000人レース ー44
ビンッ、弓弦が鳴った。
ピシッ、ピシッ、ピシッ、と矢が連射されて三匹の魔獣の命が射抜かれる。一発必中。水原の弓は、祐也の魔法と比べても少しの遜色の無い腕前だった。
さらに、
「水矢」
「風矢」
「火矢」
「土矢」
と水原は魔法の攻撃も百発百中。的中率は神業のごとし技量である。
5人は、大型肉食蝙蝠4万匹強制耐久討伐の真っ最中であった。
「いやーっ、前回よりも多い!」
「落としても落としても減らないよぅ!」
彩乃と理々が疲労困憊して嘆くが、水原と祐也と高広は見事な連携動作で滑らかに動いて効率的に巨多の蝙蝠を屠っていく。
〈通常クエスト「大型肉食蝙蝠を1000匹討伐しよう」が達成されました。個体名秋一郎、個体名祐也、個体名高広、個体名彩乃、個体名理々の各自に報酬として1000ポイントが与えられます〉
〈通常クエスト「大型肉食蝙蝠を5000匹討伐しよう」が達成されました。個体名秋一郎、個体名祐也、個体名高広、個体名彩乃、個体名理々の各自に5000ポイントが与えられます〉
〈通常クエスト「大型肉食蝙蝠を10000匹討伐しよう」が達成されました。個体名秋一郎、個体名祐也、個体名高広、個体名彩乃、個体名理々の各自に報酬として10000ポイントが与えられます〉
「女神様のイジワル。1万匹も倒したのに通常クエストだなんて! こんなの、私と理々クラスの力量のパーティーだったらもう10回は全滅している無理ゲーじゃない」
「でも、通常クエストでポイントが1万だもん。シークレットに匹敵すると思うよ」
彩乃と理々が魔法を打つ合間合間に喋り続ける。
「水原さんの名前、秋一郎って言うのね」
「うん。秋一郎さんに夏帆ちゃん、弟さんと妹さんが冬と春なんだって。あれ? 赤色の蝙蝠がいる」
理々が、地面に落ちている赤色の蝙蝠の死骸を拾う。大型肉食蝙蝠は昨日の黒色蝙蝠に比べて体色は赤黒く体長は2倍もあり、鋭い牙があった。その無数の死骸の中で、やや体格の大きく赤色が濃い死骸を理々は見つけたのだ。
〈シークレットクエスト「大型肉食赤色蝙蝠を拾おう」が達成されました。個体名理々に報酬として固有スキル『歌姫』が与えられます〉
「ぇえ! また討伐した人ではなくて拾った人に対してなの!?」
「もーねぇ、仕方ないわよ。あの女神様のクエストだもの。イジワル仕様になっているのよ。でも『歌姫』だなんて素敵じゃないの。歌の上手な理々にぴったりよ」
〈シークレットクエスト「大型肉食蝙蝠を2万匹討伐しよう」が達成されました。個体名秋一郎、個体名祐也、個体名高広、個体名彩乃、個体名理々の各自に報酬として2万ポイントと火炎魔法レベル1が与えられます〉
〈シークレットクエスト「大型肉食蝙蝠を3万匹討伐しよう」が達成されました。個体名秋一郎、個体名祐也、個体名高広、個体名彩乃、個体名理々の各自に報酬として3万ポイントと水渦魔法レベル1が与えられます〉
「水原さん、高広、少し休憩を。僕がしばらく防ぎますから」
「ダメだ! 祐也君ひとりに負担をかけるなんて」
「そうだよ。まだ戦える!」
祐也、水原、高広の3人は、乾いた喉が呼吸の邪魔となるほどにゼェゼェと肩で息をして、汗と血と泥にまみれていた。
「もう狙いを定めるのも辛いくらい疲れてしまって、だから固定砲台となって全方位にフルオートで魔法を発射しようと思うんです。下がってもらえた方が撃ちやすいんです」
水原と高広が視線を合わせる。正直、もう水原と高広は限界だった。魔力も体力も尽きて、気力だけで立っている状態であった。
水原と高広は、祐也の言葉に従い後方に移動する。
「理々、誤射はしないと思うけど万が一のために結界を張って。水原さん、高広、彩乃も理々の結界に重ねて水壁と風壁の障壁をかけて下さい」
その後はメチャクチャだった。
祐也は魔力の泉から涌き出る魔力のままに、力任せに所有する全ての魔法を撃ちまくった。
祐也の魔法によって洞窟が大きく揺れて振動する。稲妻のような轟き。地面も、岩壁も、天井も、魔法の火花で激しく明滅した。
「うおッ! 凄い! 祐也君は僕たちとはレベルが別次元だね」
「だから祐也は個人戦1位なんですよ」
荒い呼吸を落ち着かせつつ水原と高広が会話をする。特に水原は自己回復を持っているので、回復が異常に早い。
「あー、魔力を使い過ぎて頭が痛いよ」
額をおさえる水原に、高広が笑顔を向ける。
「しかし水原さん、お強いですね。的中率に関しては祐也に負けていませんでした」
「……遠距離攻撃ならば、ね。けれども、弓は矢がつきればお仕舞いだし、魔法も魔力がきれれば使えない。接近されてしまえば、僕は弱いんだ」
桐島高校の生徒たちは、櫛の歯が抜けるようにボロボロと命の灯を消していった。「死にたくない」「帰りたい」と叫びながら。まるで命は、水原の握りしめた手から流れ落ちる砂のようだった。
水原は、理性によって悲嘆と慟哭を心の奥底に隠した。守れなかった。一番守りたかった者を守ることができなかった。やり場のない哀しみと怒りの咆哮を、水原はきつく奥歯を噛み締めて身のうちに沈めた。
「水原さん。水原さんの今のレベルならば、おそらく素振りを千回か二千回すれば剣術のレベル1が生えてくると思います。短剣術も同様です。何しろクソ女神のボーナスタイム中ですから。あと、俺と組手をしましょう。間合い、勘、呼吸、目の訓練にもなりますし、体術も生えてきます。俺の教える護身術を、できたら学校のみんなにも広めてもらえれば嬉しいです」
水原は口を引き結び、高広に頭を下げた。もしも祐也たちが学校に残ってくれていたならば犠牲者は減っていたかも、と思うがそれは仮定だ。それよりも祐也たちが学校から出ていなかったならば、4人はこれほど強くなっていない。そのことを水原は理解していた。
「ありがとう。よろしく頼む」
水原は、他人を助けられるほどの力を4人が獲得してくれた現実を心から感謝するのだった。
〈シークレットクエスト「大型肉食赤色蝙蝠を5匹討伐しよう」が達成されました。個体名祐也に報酬として『雷槍魔法レベル1』が与えられます〉
〈シークレットクエスト「大型肉食蝙蝠を4万匹討伐しよう」が達成されました。主戦力となった個体名秋一郎、個体名祐也、個体名高広の各自に報酬として4万ポイントと10パーセント魔力増強オーブ10個と固有スキル『鑑定無効』が与えられます。また、個体名彩乃、個体名理々の各自にも報酬として固有スキル『鑑定無効』が与えられます〉
読んで下さりありがとうございました。




