10000人レース ー4
空が綺麗。
異世界の空って、春は曙の世界みたい。
北門から一歩出て、少しだけ丘の上の学校をふりかえって理々はそう思った。
淡いラベンダー色の空を背景にする学校は、立派な建物で設備が充実していることで有名だった。災害備蓄庫も校内に4ヶ所あり、地震などでどれかが崩壊しても残りが役目をはたせるようにどの倉庫も満杯だった。
だがすべての学校が、理々の学校のように豊富な物資を備えているわけではないだろう。
レースは10日間もあるのだ。
理々は思った。
女神様は、魔獣が入ってこれないから安心、と言っていたけど、それって、魔獣以外は出入り自由ってことだよね…。うん、人間とか…。
ただのレースに、わざわざ異世界から10000人も転移させるだろうか?
それに理々は10日後、無事に日本へ帰れるなんて、これっぽっちも考えていなかった。
人の命をレースという娯楽に用いているのだ。
しかも絶大な力をもつ者が。
どういう後始末をすることか、想像がつくというものだ。
帰還が、最善。
消去が、最悪。
放置ならば、いいほうか……。
理々はソッとため息をついた。
それに気がついた祐也がゆるゆると理々の頭を撫でた。
「不安か? ずっとずっと側にいるから。必ず守るから」
理々は首をふった。
「理々だって、祐也を守るよ? ずっと一緒にいたいもの」
そして明るく笑った。
「どこにいたって、祐也と一緒なら理々はしあわせ」
──ガサリ。
理々のすぐ右側の、腰ほどの丈がある草むらが音をたてた。茂みをかき分け何かが動いている。
まだ学校を出て5分ほどで、4人は一列になって歩いていた。祐也、理々、彩乃、高広の順で。
4人は警戒してすぐ様武器をかまえた。
そして理々が右側に槍を向けた瞬間、まるで火にとびこむように槍めがけてウサギが跳躍した。
思わず槍を前に突き出すと、タイミングをはかったようにウサギの胴体に包丁がポスンと吸いこまれる。
「ひっ」
息がとまり理々は槍を手放した。ぞぞぞぞ、と鳥肌がたつ。
槍はウサギを刺したまま地面に軽い音とともに落ちた。
〈10000レースで、はじめての討伐達成が確認されました。初討伐ボーナスが個体名理々に与えられます。また、討伐10位までにレアスキルが与えられます〉
「きゃあぁぁぁ」
悲鳴をあげて理々が蹲る。
全身が熱い。
血が燃えるように、骨が、筋肉が、全てが体内で暴れ、痛みが駆け巡る。
体が分裂して、再び構築されているかのような苦痛。
〈レベルが1になりました。ステータスの表示が可能になります〉
「理々、しっかりして」
声が、遠く、近くに聞こえ、30秒ほどで理々の意識は正常にもどった。
全身を汗でびっしょりとし声もまだ震えていたが、理々は、心配して背をさする彩乃に、顔色をかえている祐也に、3人を守るように周囲を警戒してシャベルをかまえて立つ高広に、──言った。
「まだ、いる。あそこ」
5メートルほど離れた木の影に黒いウサギがいた。
高広がシャベルをかまえ正面から襲うが、ピョンと逃げられる。が、先読みしていた祐也が回り込んでバットを振りかぶり、ウサギを地面に叩きつけた。
「ぐっううう」
祐也が頭をおさえ、膝をつく。
「高広! 真後ろにウサギが」
理々の声が終わらぬうちに、ブォンと空気をきって高広のシャベルが振り向き様に命中する。
「があっ」
高広は獣のような声を上げたが、それでも、シャベルを握りしめ立ったままだ。
「私もレアスキルがほしい。理々どこにいるか、わかる?」
「右側の草むらに。彩乃、体を低くして槍を横に、そう角度と高さはそれぐらいで」
彩乃の視界には草しか見えないが、理々はウサギの位置がわかるらしい。
「すぐ近くにいるから。今よ、槍を前へ」
ガン、と手に伝わる重い衝撃。
「あっあっああ」
彩乃が苦痛のあまり倒れる。
痛みにうめく3人の前に、今度は理々が守るために立つ。
好機とばかりに、草むらに潜んでいたウサギたちが数羽一斉に飛び掛かってきた。
理々は体をいっぱいに使って、大きく槍を振り回した。偶然にも一羽のウサギの首に包丁が入り血が飛び散った。
「よくやった。後は僕たちが」
1分ほどで復帰した、祐也と高広が前に出る。
「レアスキル、もう一個もらえる! 祐也たちは痛みで聞こえていなかったみたいだけれど、10位以内に入れば。理々、1位と5位って」
「よっしゃあ! まかせろ!」
高広のシャベルが、ウサギに叩き込まれる。長い足でもう一羽のウサギを、倒れる彩乃の近くにコントロールよく蹴りとばした。
彩乃は痛みで息も絶え絶えになりながらも必死で包丁を両手で握りしめ、瀕死のウサギにとどめをさした。
祐也も力強いスイングでウサギの頭にバットを命中させている。
そして、4人によって11羽のウサギが乱獲されたのだった。