10000人レース ー30 5日目
レース5日目、理々は可愛くあくびをもらすと纏わりつく眠気を振り切って勢いよく起きあがった。
まだ外は薄暗い。
夜でもなく朝でもなく、東の空を鮮やかなダリアの花色が、菫の花色が、桔梗の花色が、ライラックの花色が、藤の花色が花開くように染めていく──花色の空の夜明けであった。
窓から差し込む光は花びらを透かしたみたいな薄明かりで、目覚めたばかりの理々を仄かに淡く照らした。
「「理々?」」
気配に敏感な祐也と高広が身体を起こした。
「ごめんね、起こしてしまったのね」
「「いや、朝練をしようと思っていたから」」
祐也と高広が眠る彩乃に気遣って小声で話す。
「もう大丈夫なのか?」
「もう痛くはないか?」
「うん、元気になったよ。心配かけてごめんなさい」
「理々、理々が謝罪は無しって言ったんだから、ごめんなさいはいらないよ」
「そうだよ。それにしても劣化版エリクサーは凄いな、こんなにも理々が元気になってくれたんだもんな」
「祐也、高広、彩乃も、ありがとう。そう言えば、意識が朦朧としていたけど完全版エリクサーがどうのこうのとか聞こえた? ような」
「セレオネが喋ったんだよ、日本語を。びっくりしたけど完全版エリクサーを貰ってくるって飛んでいったんだ」
「ちょっと発音が悪かったけど、日本語だった。空間収納も持っていたし何気にチートな妖精モドキだよな」
「セレオネちゃん、ただの綺麗な食いしん坊ちゃんじゃなくてチート持ちだったんだ」
凄い、と感心する理々を祐也が後ろから抱きすくめる。祐也の形のいい唇が緩く弧を描く。
「理々の充電。あー、理々だ。理々、可愛い」
くんくんと理々の髪の匂いを嗅ぐ祐也を高広が引っ張った。
「朝練に行くぞ」
バチバチと見えない火花を散らす高広と祐也。
「やだよ。高広だって彩乃にくんくんしろよ、このヘタレ」
「彩乃は眠っているのに。それは人として倫理が」
「眠っているからチャンスなんだろ。本能に一直線のくせに変なところで真面目なんだから、高広は」
「ふーん、祐也は理々が寝ている間、理々にイケナイイタズラをしているの?」
ちろり、と視線をあげて理々が祐也を目を細めて睨む。
「してない! してないよ!」
あたふたと弁解する祐也に理々はいたずらっぽく笑い、ぎゅっ、と抱きつく。どれだけ祐也が今回のことで心配をしていたか、理々は察していた。
「わかっているもん。祐也は優しいって。いっぱい心配かけちゃってごめんね、祐也。理々はちゃんと元気になったからね」
可愛さしか発揮しない理々が可愛すぎて、祐也は悶えた。
そこへ彩乃が目を覚ます。彩乃は、理々の元気な姿に頬を紅潮させて花が綻ぶみたいな笑みを浮かべて、
「理々! よかった、回復したのね!」
と祐也から理々を奪いとって抱きしめ、いつもの賑やかな朝が始まったのだった。
蒸気とともに炊き立てのご飯の香りがフワリと広かった。
リフォームされた台所はとても使いやすく、調理道具や食器の位置は動線が考えられていて、高さも理々のサイズに合わせられている。
理々はくるくると軽やかに動き小皿やお椀を並べた。
「そうなのよ。昨日、書庫の極一部なのだけど魔法言語で本が読めて」
「ああ、僕もだ。それに書庫に溢れている魔法陣も少し理解できて、やっぱりスキルって凄いよな」
ほかほかと湯気を立てるご飯を食べ、お味噌汁を啜りながら祐也と彩乃が和気藹々に喋る。
「「なめこのお味噌汁、美味しい!」」
高広は相好を崩して幸せそうにポリポリと漬け物とご飯を頬張っている。高広は大根ときゅうりの漬け物が好物で、最初に箸を付けるのは漬け物からだった。
スライムもオーブも机も嬉しそうに美味しそうにご機嫌で食べている。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「ミー、ミー」
カタカタ。
朝食をすっかり平らげて、4人は身支度を整えると家を出た。ドームホームをカプセルに戻して、紫色のラベンダーに染まった空を見上げる。
その表情は険しい。
「個人戦1位から4位までは私たちだけど……」
「ああ、団体戦は順位が落ちたな。1位の学校のポイントは驚異的だ。100ポイントの通常クエストを発見したのかも。1000人でクエストを達成すればそれだけで10万ポイントになる。数の強みを有利に使っている、頭のいい学校なんだろう。たぶんトップが内紛なく学校をまとめているのだろうな」
彩乃と祐也の会話に高広が口を挟む。
「レース後に辺境へ逃亡もいいけど、個人戦1位はお願いを聞いてもらえるんだろ? 種族変換を頼む手もあるし、もしかしたら日本への帰還も頼めるかもよ?」
「生き物を殺すことを平気になっているのに、日本で平穏な気持ちで暮らせると思う? それに日本だと高広といずれ引き離されてしまうわ」
彩乃の口調は硬い。
祐也は苦虫を噛みつぶしたみたな顔をしている。
「あの女神が素直に僕たちの願い事を聞いてくれると思うか? 日本は日本でも千年前とかの時代に帰されたり、別の世界に飛ばされたり、帰還は何か不吉な感じがするんだよ」
「わかる。何か石を投げてきそうな女神だもんなぁ。人間の感情に配慮なんてしない、おもちゃにして楽しむだけのクソッタレの女神だもんな」
と高広も溜め息交じりに言った。
「とりあえず問題は、指名手配に等しい僕たちの顔だ」
祐也が空に映し出された4人の顔を指差した。
「他の者たちの動きも気になるし、少し森に入ってみないか?」
「だったら、上から様子を見ないか? 俺には空歩があるし、祐也は魔力の泉によって無制限に使える風壁がある。確か10メートルくらいなら祐也は風壁を足場にして階段のように空に登れるだろう?」
「いい案だ」
祐也は理々を抱き上げた。高広は彩乃を抱き上げる。突然の浮遊感に驚いて、理々は祐也の、彩乃は高広の首にしがみついた。
「「登るぞ!」」
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