10000人レース ー19
〈東のボスエリアに入りました。どちらかの死が確認されるまでボスエリアから出ることはできません〉
東のボスは3メートルはあろう、巨体な蜘蛛だった。
とてつもない極大の蜘蛛の巣には、粘着性の糸でぐるぐるに巻かれた哀れな獲物が幾つも引っ掛っていた。おぞましいことに明らかにそれは人の形をしており、理々の精密探査によると生命反応が消失していた。
「行くぞ!」
祐也の掛け声とともに4人がすべるように前進する。
ボスも4体目となると4人の連携も完璧になりつつあった。状況や敵の動きにあわせて行動を起こし、メンバーの動きを読んで他のメンバーが補い守り、最適な支援を瞬間に判断する。もともと仲が良くお互いの性格を熟知していた4人であったからこそ、早くも高い密度の連携を練りあげることができるようになっていた。
そして今回、東のボスである蜘蛛と4人の虫除けレベル5は、蜘蛛にとっては最悪、4人にとっては最善の相性であった。
虫除けレベル5のせいで逃げ出そうとした蜘蛛に恐るべき正確な連携でもって4人は猛然と襲いかかり、追いかけ、追いつき、たくみな攻撃でさんざんに蜘蛛を翻弄した。とうとう蜘蛛は甲高い悲鳴のような鳴き声をふきあげて、長い脚を投げ出して倒れたのだった。
〈東のボスの初討伐が確認されました。報酬として各自に250ポイントが与えられます〉
〈個体名祐也、個体名高広、個体名理々、個体名彩乃が東西南北のボス全てを討伐して、初めての全エリア踏破者となりました。報酬として各自に固有スキル強奪無効と2500ポイントが与えられます。また、戦闘貢献度が同列1位の固有名祐也と固有名高広には、特別報酬として任意のスキルをひとつ固有スキルにできる権利が与えられます〉
アナウンスに、無邪気に喜びをあらわすことは4人にはできなかった。エリアには、蜘蛛の巣の犠牲者の存在があったからだ。
勝利はした。
しかし、胸に刃を突き立てられたようなレースの現実が皮膚を焼くみたいに熱く、冷たい。
「彩乃、理々、高広、みんな怪我をしていないか? ああ、高広、腕から血が。悪いけど彩乃、高広を治してやってくれ」
と言って、祐也は周りに視線を走らせて制服の切れ端を拾っていった。喉の奥に感情を閉じ込めて沈着冷静に振る舞う。
「西のボスのバラバラとは違う制服だ。リボンもある、女生徒もボス戦に参加していたのか」
そして4人は蜘蛛の巣の犠牲者に手をあわせて、
「魂だけでも地球に帰って家族と会えますように」
と祈り、静かにエリアから出たのだった。
顔に色にじみするような薄い疲れを浮かばせて4人は、
「これからどうする?」
と歩きながら相談する。
「まだ時間があるから、どこかのボスと再戦する?」
迷うように彩乃が言う。顔が俯く。彩乃の白い指が震えていた。
高広と理々が祐也を見る。
祐也は首を振った。
「今日はやめよう。レベル上げは大事だが明日にしよう、身体も心も休めて明日また頑張ろうよ」
祐也の言葉に、ホッと彩乃が肩の力を抜き、高広と理々がうんうんと頷いた。
「あっ、川があるよ。昨日、家を設置した川の下流かな?」
眼前には、滔々と水をたたえる大河が広がっていた。
「魚がいっぱい泳いでいる。ねぇねぇ、果物を採取したらポイントをもらえたのだから、魚を捕ったらポイントになるんじゃないかな?」
理々が、悠々と大河を泳ぎ水面をはねる魚を指差した。
「そうだな。魚取りをしてみるか、僕が電撃で感電させるから浮かんできた魚をみんなで殺そう」
祐也が両手を前に出し、最大出力の電撃を落とした。
バリバリバリッッ!! 放電の光を撒き散らす水面に、さらに祐也が電撃を撃つ。
結果として大量の魚が広い川を埋めつくすか如く浮かび上がった。
「僕が水弾と風弾で岸辺に魚を寄せるから、みんな槍で刺してくれ」
高広が一匹目の魚を刺したところでアナウンスが響いた。
〈通常クエスト「魚を捕ろう」が達成されました。報酬は2ポイントです。なお魚一匹につき2ポイントとなるクエストとなりますので捕れば捕るだけ報酬は加算されます〉
「ボーナスクエストって感じかな。加算式なんて」
「ラッキー、じゃあ私たちが魚を槍で刺していくから祐也は魔法袋に入れていって」
「わかった。鑑定によると、毒のある魚もいるみたいだから直接触れないようにしろよ。理々、食べれる魚も多いから後で教えるよ」
「はーい。焼き魚、煮魚、何を作ろうかなぁ」
その時、水面が小さな山のように盛り上がった。
ザバァと水しぶきをあげて水中から姿を現したのは、体長が20メートルはあろう、巨大魚だった。どうやら4体のボスを倒してレベルの上がった祐也の電撃は、川の底で眠っていた巨大魚にも届いたようで、激怒している様子であった。
咆哮するように巨大魚が大きな口を開けた。
びっしりと牙のような歯が並ぶ口をあけたまま巨大魚が、水しぶきをあげて4人に迫ってくる。
「バカめ」
祐也は焦らない。
焦りは思考を凍らせる、虫食いのように穴だらけにする。だから常に冷静に夜空の色の双眸で獲物に照準をあわせて迎え撃った。
祐也が大きな口めがけて水弾と風弾を連発する。やわらかな口中が弱点となる生き物は多い。ましてや巨大魚は魔法による攻撃を経験したことがなかった。
祐也の水弾と風弾は巨大魚の口はもちろん体まで貫通し、高広が空歩でその背を斬り裂き、彩乃と理々が力任せに投げた槍はそれぞれ左右の目に命中して、威風堂々と水面にあらわれた巨大魚はアッサリと絶命してしまった。
そうして驚くことに巨大魚の死骸は、びきびき、びきびき、と音をたてて縮まってゆき消滅すると、多数の宝石をはめこんだ豪華絢爛な黄金の宝箱へと変化したのだった。
〈シークレットオブシークレットクエスト「巨大怪魚を撃破しよう」が達成されました。このクエストはクエストの中でも最上位となり、また過去に達成されたことがない最難関クエストです。ゆえに初達成クエストの報酬として、個体名祐也と個体名高広と個体名理々と個体名彩乃に巨大怪魚の鱗と10000ポイントと人魚の涙が各自に与えられます。またファーストアタック報酬として個体名祐也に10000ポイント、戦闘貢献度第1位の個体名祐也に固有スキル魔力の泉が与えられます〉
「はあぁ!? あの図体のデカイだけのマヌケな魚が10000ポイント? 信じられない」
高広が呆然と呟いた。
「いや、難関クエストだろ。この海みたいに広い大河のどこかにいる巨大魚を発見するのも、どこまで深いか計測できない川底にいる巨大魚を撃破するのも。たまたまマヌケにも水面に出てきてくれたから簡単だったけど」
「祐也だってマヌケって言ってるじゃん」
「マヌケだろ。弱い口の中をさらすなんて」
彩乃が口を挟む。
「これも幸運様の力かしら?」
「だろうな。ピンポイントで僕の電撃が川底の巨大魚に届くなんて有り得ない確率だ。でも貰えるものは貰えばいい。僕たちは最初から理々の恩恵で始まっているのだから」
その理々は宝箱の前ではしゃいでいる。ちょろちょろと宝箱のまわりを歩き、鍵穴を覗きこむ。そこに高広が加わり、夏の向日葵のように明るく賑やかになった。
「宝箱の開錠をしてみようか」
鑑定で罠がないことは確認済みだった。開け方も。
黄金の宝箱の中には、宝石と数千枚の金貨が詰められていた。
「この森の位置は不明だが、僕の魔法袋の以前の所有者はエウレシアという王国の貴族だった。彩乃の魔法袋はガレウスという王国の冒険者が持ち主だった。だが、持っている金貨は同じで、宝箱の金貨も同じものだ」
「つまり国は異なっても同じ通貨が流通している可能性が高いってことよね」
祐也と彩乃が予想を検討する一方、理々と高広が、
「どうしよう、悩む。今夜の夕食は兎肉か魚料理か」
「どっちも美味しいもんね」
と魚をツンツンつつきながらスライムに聞いていた。
「兎と魚、どっちがいい?」
「ミー」
可愛い子猫の鳴き声でどっちも食べたいとスライムがミーミー鳴いた。
読んで下さりありがとうございました。