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10000人レース ー18

 水面にぷくぷくと泡が踊るように浮かんできていた。

 手先の器用な高広が、石で囲いを作り乾燥した枝を拾ってきて燃やした火の上に、理々は大きい鍋を置いて水をたっぷりと入れた。水は熟成するみたいに沸騰して光る鍋底から泡が沸き上がり、湯気が空気と混ざり合って溶けていく。


 理々はお湯でインスタントカレーを温めていた。

 

 彩乃が小さめの土鍋を魔法袋から次々と出してゆく。理々が朝に炊いたものだ。

「時間遅延は便利よね。炊きたてみたいに温かいわ。ただ私の魔法袋は30センチの入り口に入るものしかダメだから、そこが不便といえば不便なんだけど」


 4人は、南のボスの再出現までの2時間の安全時間に昼食を食べようとしていた。


「祐也ったら学校からスプーンもフォークもお箸も持ってきていて、ちょっとびっくり」

「リュックにトイレットペーパーまで入っていたもんな」

「祐也のリュックはきっと青い猫さんのポケット仕様なのよ」

 彩乃と高広と理々が各自の土鍋のご飯にカレーをかけながら、用意周到な祐也を素直に褒める。祐也に抜かりはない。何でもそつなくこなし、何をしても優秀であるから万能の花園と祐也は呼ばれているのだ。

「でも祐也は辛いカレーが食べれないんだよ」

 と理々がいたずらっ子の顔をして暴露すると高広が、

「知っている。俺と祐也は甘口同盟だもん」

 と笑う。

「私は中辛が好き。理々は?」

 尋ねる彩乃に理々が胸を張って返答する。

「理々は辛口。お店で辛さ10倍カレーも挑戦して完食したよ。今度、カレーを作るね。祐也のリュックにカレーパウダーがあったの、カレー粉はサバイバルの調味料としては人気なんだって」


「「「あっ、お帰り~」」」

 花摘みに行ってくる、と10分ほど姿を消した祐也が戻ってきた。花摘みと言ったので理々たち3人はトイレだと思っていたのだが、祐也は本当に花を摘んで帰ってきたので3人は大きく目と口を開いた。


「だって、植木鉢とかないし……」

 調理道具セットの深底フライパンに土ごと花を入れて、恥ずかしそうに祐也は頬を紅潮させている。

「昨日、青い花を懐かしがっていただろう。このボスエリアに入る前に視界の端に映ったんだ、春に4人で行ったネモフィラの花畑みたいな青い花が咲いているのを」


「……西のボスのこと、すまなかった。理々と彩乃にはショックだったろう──少しでも慰めになればと思って」

 祐也はフライパンを理々と彩乃に差し出した。


 青い花は、地球のネモフィラそっくりだった。

 花色は海の色と空の色を混ぜたような澄んだ青色で、花姿はふんわりと愛らしい。


 理々と彩乃は青い花を見つめた。

 フライパンの中で青い花は、空気をやんわりたわませてお辞儀するみたいに風に揺れていた。

「嬉しい……。ありがとう祐也」

「理々も嬉しい。とってもとっても嬉しい、祐也ありがとう」

 

 祐也は首を振って、爪先を拳に食い込ませた。

「あのまま学校に残っていたら、あんな酷い光景を理々と彩乃に見せることはなかった。日本には魔獣なんていなかった──外に出たことを後悔はしていないが、学校の中の方が安全だったかもしれない」


 バン! と高広が祐也の背中をめいっぱいの力で叩いた。ごほっと祐也が咳き込む。

「俺たちは日本で武術の訓練をしていたから並みの高校生よりも強かったけど、それでもスキルの有る無しではもう戦うレベルが違う。外に出てスキルを獲得した祐也の判断は間違っていなかった」


「そうよ、私たちにはスキルが必要だった。それに学校から出ることは4人で決めたことよ、祐也ひとりの責任ではないわ。うふふ、祐也は私と高広のことも心配してくれているけれども、理々のことが一番不安なのでしょう?」

 彩乃がビシリと祐也に人差し指を向ける。

「バカね、理々は強いのよ。祐也が鬼畜ヤンデレに進化した時も理々は自分のことは欠片も憂慮していなかった。逆に、祐也が思い詰めなければいいけど、と言って祐也を安じていた。祐也が自分の激重の感情に自家中毒を起こさないか、て心配をしていたわ。理々はね、世界が終わる瞬間まで祐也の側にいるし、理々の寛容、包容、許容の愛情は祐也を、私たちをいつも救ってくれているでしょう、だからドーンと理々を信じていればいいのよ。祐也は賢いのにバカね、理々も私もこんなことで折れたりしないわ」


 理々は、祐也の握りしめられた拳を両手で包んだ。

「祐也、学校は危なかったよ。魔獣よりも、たくさんの人間の方が危険があると理々は思うよ。だって、人間の天敵は人間だもん。祐也はね、いつもみたいにお腹が真っ黒黒黒のリーダーでいいんだから、理々たちだってダメな時はダメって反抗するし」

「そうよ。私たちはノーと言える日本人だもの」

「俺たち男は、お姫様たちの下僕兼兵士として一生懸命に働いてご褒美によしよしをしてもらって、また一生懸命に働いて可愛いお尻に敷いてもらって、日本でも異世界でもそれでいいじゃん。祐也は考えすぎなんだよ」

 奥さんのお尻に敷いてもらうことが家庭円満のコツ、これは高広の父親の主張だが、高広は父親の考え方を継承していた。


「とにかく!」

 高広は、もう一度祐也の背中を叩いた。

「今、重要なのは理々の超おいしいご飯を食べることだ! せっかく魔法袋でホカホカご飯を運んできたのに冷めてしまう、いや冷めても理々のご飯は超ウマイけど」

 祐也の真剣な悩み事は、理々の超おいしいご飯を前にしては霞んでしまうようで、

「ご飯よ! 食べましょうよ!」

 と彩乃も祐也の背中をパチンと叩く。


「ありがとう。そうだな、昼食を食べよう」

 バン、パチン、と背中を叩かれて祐也はふっ切れたように背筋を伸ばした。そんな祐也の手を理々がひく。

「インスタントカレーって、甘口中辛辛口と選べるし種類も多いのね。祐也のカレーは北海道ナントカの欧風カントカの長い名前の甘口よ。理々のは高広お奨めの東京の名店の辛口カレーなの」


「ミー」

 スライムもちゃっかり一人前用の小ぶりな土鍋を確保して、段ボールの中から選びぬいたカレーを理々にかけてもらってスタンバイしている。


「「「「いただきます」」」」

「ミー、ミー」

読んで下さりありがとうございました。

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