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10000人レース ー17

 理々と彩乃はお互いを抱き合い座り込んで、声を殺して静かに泣いていた。ぽろぽろと落ちる涙を理々の膝の上のスライムが、右に左に移動して受けとめる。


「今、高広にすがってしまったら心が挫けてしまうかもしれないから、理々といたい」

「理々も。祐也に頼ってしまったら甘えてしまうかもしれないから、今は彩乃といたい」


 少し距離をあけて、理々と彩乃の様子を伺いながら祐也と高広が底びえするような低い声でボソボソと話しあう。

「すまん、ドジった。背中から振り払われた時に胸を打ってしまってすぐに起きあがれなかった。アイツ、あの巨体なのに素早かったし」

「僕もだ。アイツの方が速くて固くて、強かった。僕たちは連携と幸運様のおかげで勝てただけだ。昨日も今日も、幸運様が勝てるタイミングを僕たちにくれた。ほんの一瞬だけど、僕たちにとってのチャンスの瞬間が確かにあった」


 祐也の言葉に高広がうなづく。

「わかる。幸運様が助けてくれたから俺たちは生きている。けど、アテにしないように戦わないと、な。1000回助けてくれても1001回目は何があるかもわからない。急にポンと与えられたスキルだ、急に消える可能性もある。あるいは、今日のように動揺して俺自身がドジを踏むかもしれない」

 常ならば、受け身をとれていたはずなのだ。

 たとえ数秒意識を失おうとも、身体は意識とは関係なく自動で防御をとれるくらいに7歳の時から、苛酷な鍛練を重ねてきたのだから。

 それでも、まだ16歳だ。死体を、ましてやバラバラの状態を目撃して動揺するな、という方が無理である。


「そうだな。それに今日の僕たちは、昨日が上手くゆき過ぎた故の驕りがあったと思う。西のボスへの見込みの甘さが」

 祐也が苦悩の表情を浮かべて言った。

 慢心があった。

 油断があった。

 ここは異世界なのに。何度も自分でも言っていたのに。

 目、耳、手足、舌、鼻、視覚も聴覚も触覚も味覚も嗅覚も五感の全てを使って警戒して、見て、聞いて、触って、味わって、嗅いで、さらに五感以外の感覚も使って油断をしてはならない世界であるのに。

「調子に乗るな、と言いながら過信していた。身にしみたよ、魔法を使えるようになって強さの次元が変わっても僕はまだまだ弱いって」


「でも俺たち、生きている。生きていれば失敗は経験になる、次にいかせる、これから頑張って強くなっていける」

「ああ、高広、そうだな、次だ、生きていれば次がある」


「それに本当に10000人がいるのか半信半疑だったけど、あのバラバラ、僕たちの学校の制服ではなかった。レースについての情報の手掛かりとなる、価値は大きいよ。もっとレースの詳細が判明すれば、次への行動の指針もとりやすいんだけど」

 祐也が思考を巡らす。

「10000人か……。レースに勝てば帰れるのか? いや、あの女神がそんなに優しいはずがない。勝てば? 負ければ? 高広、僕は負けた時の予想ができるんだよ、負ければ地獄って」


「「だから勝ちましょう」」

 いつの間にか傍らに来ていた理々と彩乃が糸を紡ぐように言葉を続ける。

「あのね、理々は思ったの。理々たちは明日終わるかもしれない世界にいるんだって。昨日があって今日があって、でも明日はないかもしれない世界に。だからね世界が終わる時まで祐也と手を繋いでいたいの。そのために頑張って勝ちたいの」

「ボスエリアは凄く怖かった。今も怖い、震えが止まらないわ。でも高広と祐也が死んでしまう方が数千倍も怖い。だから負けられない。勝ってポイントを獲得して、私は4人で生きたい」


 理々と彩乃の瞳には、まだ涙が残っている。顔色も悪い。それでも自分の足で立って泣きながらでも前に進もうとしていた。


「僕の最愛の宝物」

 祐也が理々を引き寄せて抱き込む。

「俺の恋人は最高」

 高広が彩乃を正面から抱きしめる。


 甘い雰囲気になりかけたところで、

「あっ! 兎が来る!」

 と理々が叫んだ。

 理々の精密探査は正確だ。たちまち射かけられた矢のように、兎の大集団が4人に襲いかかってきた。


「邪魔すんじゃねぇ! 肉の分際で!」

 高広が激怒して一閃で兎を斬りさく。

「5ポイントの取り放題だ」

 リアリストの祐也は冷静に兎を計算する。

「ごめんね、兎ちゃん。理々のご飯になってね」

 えい、えい、と理々が槍で突く。

「うふふ、集団て来てくれるなんて幸運様のご利益かしら」

 えい、えい、と彩乃も槍で突く。


 一人ではない。

 誰かが助けてくれる。

 一人ならば危険もあるが、4人でいればお互いに補いあえる。

 すでにボスを2体倒した4人にとって、数と力任せの暴力である兎に奇襲されても対処し、攻撃力の差によって安定して駆逐できるようになっていた。


 ダメージなく、魔法と剣と槍で。

 迎撃! 

 反撃!

 撃破!

 

 兎との戦闘はボス戦で滅入った気持ちの気分転換となり、4人はストレス発散とばかりに意気揚々と乱戦を制した。


「次の南のボス戦、いけるか?」

「もちろん!」

「行くわ!」

「頑張る! あっ、その前にあの苔の岩を魔法袋に入れて? 幸運様は反応していないけど、理々は何となく気になるの。拾ってもいいでしょう?」


〈南のボスエリアに入りました。どちらかの死が確認されるまで出ることはできません〉


 南のボスは、地球のコモドドラゴンに似た姿をしていたが、その背中はナイフのような刺で覆われ長い尾は木々すら薙ぎ倒し吹き飛ばす威力があった。


「高広! 尾だ! 尾を斬ってくれ!」


 尾にもう一つ頭があるかのように自由自在に振り回される長大な尾は、大気を切り裂く響きをたてて4人が近付くことを許さない。

 3人が囮となり、速さに特化した高広が機動力と敏捷性で大上段から魔法剣を振り下ろし魔獣の尾を切り離した。


 魔獣は苦痛に体を激しくよじり、憎い相手に向けて背中の刺を射出した。

「結界! 結界! 結界! 結界! 結界!」

 理々の結界が魔獣の何十もの刺に対抗して、何十にも重ねて張られる。レベル1の結界は弱く、西のボスの突進力を防ぐ盾とはならなかった。今回の南のボスの刺に対しても、刺ひとつに対し数枚の結界が相討ちとなって氷を砕くような音を響かせ、パリンパリンと壊れていく。それでも理々は諦めない。粘り強く結界を十重二十重と張りなおして、刺を一本も届かせなかった。


 祐也も刺を水弾で正確無比に打ち落としていることもあって、とうとう刺を全て失ってしまった魔獣は、4人の剣と槍に体を貫かれたのだった。


〈南のボスの初討伐が確認されました。報酬として各自に250ポイントが与えられます〉


読んで下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] デスレースの様相がチラチラ出てきたので、「殺して殺されて争って」のデスレース勝ち抜き戦というのが二日目からはっきりしてきた気がします。 神はえげつないですね。 それに、幸運様が見えないとこ…
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