10000人レース ー13
祐也は訓練室で座禅を組んでいた。
この世界の魔法は属性魔法ではない。
水魔法というものはなく、たとえば祐也の水弾魔法ならば水弾だけしか発動ができない。故に多種多様な魔法が無数に存在していた。
祐也の額に汗が流れる。
取得したばかりの電撃魔法と水弾魔法を把握して、体内の魔力を制御し、自分の意思でスムーズにコントロールできるように。魔力のない世界で生まれ育ったのだ、という言い訳などしない。使う、使える、ではなく使いこなせることを目指して祐也は鍛練をしていた。
高広もしかり。
もともと身体能力は高いのでそれなりに使える。けれども、それでは満足できない。
「くそっ! 技術や使い方は頭にあるのに身体が上手く動かない」
「え!? 高広、空歩で空中を歩いていたぞ」
「6歩だけな。空歩はスキルさえあれば、誰でも1歩は踏める。だが2歩目がメチャクチャ難しい。マジ、格闘術と超感覚と武術の才があってよかった。体術や足運びやバランスやら色々と補助がかかるし、ケンカでもさ、目とか耳とかも大事だけど、直感とか見えないものが鍵となる時もあるじゃん。武術の才は全てを底上げしてくれるし。スキルがあってこその6歩だよ、俺は」
「立体機動も縦横無尽な感じだったけど?」
「地球のパルクールで遊んでいたからコツは掴んでいるから。でも、まだまだ納得できる動きじゃない」
高広は苛立たしげに、若い狼のように喉を鳴らして唸る。
「祐也の魔法の方はどうだ?」
「結界魔法を息をするように使っていた理々は天才と思ったよ。僕もスキルがあるから使えるは使えるんだけど、威力とか速さとか諸々が……」
高広と祐也はそろって溜め息をついた。
「努力と訓練あるのみだな」
「だな!」
トントントン。
「祐也、高広、ごめんねお風呂ゆっくり入っちゃって。お待たせしました」
扉から風呂あがりのホカホカの顔を覗かせた理々に、祐也がデレッと整った顔を崩す。理々の頭の上のスライムもいっしょに風呂に入ったのか、温泉饅頭のようにホカホカだ。
「待ってないよ、訓練に熱中していたし」
理々に抱きつこうとする祐也の襟を高広が引っ張った。
「俺ら汗だらけなんだから、せっかく風呂に入った理々が汚れてしまうだろ。ほら、俺らも風呂に入ろうぜ」
「理々~」
高広が、未練がましい祐也を引きずって歩く。
「理々も行け行けって手を振っているだろ。さっさと風呂に入って飯だ、飯! 理々が当ててくれたカップ麺、食うぞ!」
騒がしい祐也と高広を見送って、理々はちょうど横にあった窓から外を見た。
夜空に月が浮かんでいた。
地球の月ではない。満開の桜の花みたいに薄ピンク色の綺麗な月だった。桜吹雪が天空を覆うような巨大な月であった。
だからであろうか。
理々は春の温度を感じた。室内は無風であるのに、春の風に皮膚を撫でられた気がした。
春には、おじさんとおばさんと公也お兄さんと祐也と桜の散り舞う花見に行ったのに。きっと皆心配をしている。
昨日までは。
平和な日本にいたのに。
でも今は、平和ではない世界にいる。
おじさん。
おばさん。
公也お兄さん。
たぶん、もう二度と会えない……。
理々は、美しい花色の月を見上げた。
月に向かって歌を歌う。
透明な水のような歌声が流れた。
風のように澄み渡り透き通り歌声が響く。
理々は、おちこんだ時、寂しい時、悲しい時、つらい時、自分を励まし慰めるためにいつも歌を歌った。
理々の歌を聴いていたのは、月とスライムと、いつの間にか傍らに浮遊してきていた管理球だけであった。
「どれを食べようかな~」
高広がガサゴソと段ボールの中のカップ麺を漁る。
4人はカップ麺を夕食に食べようと、居間に集合していた。
「明日から理々がご飯を作るね。それでね、祐也、兎は食用可だったりする?」
理々が祐也に尋ねる。
「鑑定では食用可だが、いくら料理上手な理々だって兎を解体したことはないだろう?」
「うん、でも、取り引き台は魔石を戻してくれたでしょう。取り引き台で兎の肉を戻して、て言えば肉だけの状態になると思うの」
「やった! じゃあ明日は肉が食べられる!?」
高広がバンザイをする。男子高校生にとって、動物性たんぱく質は必須である。
「うん、任せて。学校から調味料のセットを持ってきているし、料理の基礎と料理レベル5のスキルもあるから、兎肉を料理するのは初めてだけど自信はある。美味しい肉料理を作るからね」
「「「理々、最高!」」」
高広と祐也と彩乃が口を揃える。
「ただ台所はリフォームされたけど調理道具が少ないから、作れる料理の幅は狭まるよ」
理々は残念そうに言うが高広はご機嫌だ。
「焼くだけでも理々の料理は、店で食べるよりも旨いから!」
「わかるわ。理々の料理って本当に美味しいのよね」
と彩乃が言うと、祐也がニヤリと口角を上げた。
「理々は料理の名人だったが、今はスキルがあるんだぞ。しかも固有スキルが。考えるに理々は、極上に美味しいものを作れるようになっているのではないかな」
高広と彩乃の目が、宝物を発見したかのように大きく見開く。
「うわー! 明日の飯が楽しみ!」
「美味しいご飯は人生の幸福よね!」
「やだ、祐也、ハードルを上げないでよ。でも、何もかも幸運様のおかげよね。それと、安全な家を残してくれたハイエルフさんの」
理々は手を合わせてナムナムした。
「ありがとうございます、幸運様、ハイエルフさん」
〈シークレットクエスト「神と人間以外のものに感謝を捧げよう」が達成されました。個体名理々に1000ポイントが与えられます〉
「1000ポイント!?」
「ガチャがもう1回できる!!」
4人がお互いの顔を見る。食欲すらぶっ飛んだ。舞い上がるような高揚感も露わにして口調が弾む。
「「「「ガチャをしよう!!」」」」
「ガチャは、ひとり1日1回だろ。誰がする?」
高広が、ちょっと緊張した動きでソワソワしている。ガチャがしたいらしい。しかし祐也は、
「もちろん理々だ」
と、バッサリ切り捨てる。
「ポイントがパーティー内で共有して移せるように、ガチャの権利もパーティー内ならば移動できる。理々一択だ」
「だよな」
当然の判断と高広も納得できるので、アッサリと気持ちをおさめた。幸運様の恩恵は100パーセントの実績である。反論する余地などない。
「「「理々、頼む」」」
3人に応援されて、理々はガチャの画面に向かいペコリと頭を下げた。
「幸運様、お願いいたします」
ポチッ、と画面を押した。
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