枯れた女が転生した結果
読んでると自分でも書きたくなって初めて書いた作品です。
設定も緩いので軽い気持ちで読んでいただけたらと思います。
とある国の王都の一画にある、瀟洒な邸宅で新たな命が誕生した。
「おぎゃあぁぁおぎゃぁぁ(何、これ、何が起きたの)」
意味のある言葉を口にしているつもりだが、泣き声にしかならない自分の物と思われる声に戸惑う。
視界は悪く、耳も音は認識できてもそれまでだ。
パニックに陥り声にならない音を出していると猛烈な睡魔に襲われた。
そして、眠っている間に唐突に理解した。
―――自分の人生が一度終わったのだと。
とある中小企業の事務員、行き遅れのお局様、それが以前の私だ。
仕事は可もなく不可もない会社でかれこれ15年、そろそろ管理職もというようなポジションで働き
恋人は数年いなかったが、同世代の独身の友人も多く、たまに実家に戻れば両親と二世帯住宅で一緒に暮らす兄家族に囲まれるという人生を謳歌していた。
兄夫婦の子供たちは男の子が2人、上の子は来年から小学生だと買ってもらったばかりのランドセルを見せてくれたのが記憶に新しい。
(あの子たちに会うことはもう出来ないのか…)
そう、最後の記憶は会社帰りに信号待ちをしていたところに突然突っ込んできた大型トラックの姿だ。
痛みなどの記憶がないことが救いだった。
(あぁ…生まれ変わったのか…)
これが前世の記憶を持ったまま、新たな人生がスタートした日のことである。
私が生まれ変わったのは前世とは全く異なる世界だった。
36年間の経験で人生勝ち組だと喜んだのもつかの間、視界がはっきりしてくると気が付いた。
見える世界が記憶の中といろいろと違うことに。
まず両親の色だ。
アニメやゲームの世界かと疑いたくなるような髪や目の色、そしていつの時代だと問いたくなるようなカラフルでゴージャスなドレス。
聞こえてくる名前も外国の名前のようなものばかり。
そして、周りに控えている揃いのお仕着せをきた女性たち。
記憶の中の世界と照らし合わせると中世のヨーロッパのような雰囲気のようだった。
自分の持っていた常識が全く通じない新しい世界、そこでの私は侯爵家長女 アレクシア・ハイドフェルト として生を受けたのだった。
―――その日から8年の月日が経った。
8歳になった私はある男の子と引き合わされた。
「アレクシア、彼はレオナルド・バルツァー。バルツァー公爵家の長男できみの婚約者になる人だよ」
と、未だに前世の私よりも若いお父様に言われ、改めて向かいにいる少年に視線を戻す。
とても愛らしい美少年だった。
サラサラのプラチナブロンドにエメラルドグリーンのぱっちりとした目、1つ下ということだったが、
成長が遅いのかまだ小柄な彼は年より幼く見えた。
「…かわいい…」
思わず漏れた声に、向かいの少年がびくりと反応をする。
きゅっと眉間に薄くできた皺にしまったと思い、慌てて取り繕うようにこの世界に生まれてから身につけたカーテシーをした。
「はじめまして。アレクシアです」
「レオナルド・バルツァーです」
レオナルドは先ほどの反応などなかったかのように笑顔で挨拶を返してくれた。
それが婚約者レオンとの初めての出会いだった。
政略的な婚約が結ばれた後、定期的にレオンは私のところへ通ってくれた。
だが、前世が36歳で、可愛い今世の弟や前世の甥っ子と同じような年ごろのレオンを私は婚約者と見ることが出来ず、弟妹と同じように接してしまうことが多々あり、思わず抱きしめたり、頭をなでたりしては顔を真っ赤にしたレオンやメイドたちから怒られるということを繰り返していた。
そんな私も13歳となり、学園に通い始めるころには過剰なスキンシップは控えるようになった。
というか、レオンに逃げられるようになった。
(弟のルーカスはかわいいって抱きしめるとお姉さまもって抱きしめ返してくれるのに、お姉さん悲しいわ…)
などと寂しがりつつも、さすがにこちらの世界での生活が13年も経てばこちらの常識的に考えると婚約者とは言え、非常識な行動をしているという認識もある為、そろそろ子離れしなくちゃと自分を律していた。
アレクシアははっきり言ってとても平凡である。
家族(主に弟妹)とのスキンシップが過剰なだけで、それ以外はとても普通だ、良くも悪くも。
学園での成績は中の上、所作やダンスは可もなく不可もなく、見た目も水色の髪に紺色の瞳。
家族は可愛いとは言ってくれるが身内贔屓だし、誰もが振り返るような美少女ではない。
かたやレオンは12歳になり成長期を迎えつつあるのか、見下ろしていた視線はいつの間にか同じ高さになった。
きっとすぐに見下ろされるようになるのだろう。
天使のような顔立ちは男らしさをのぞかせつつ年々磨きがかかっている気がする。
そう、とにかく美しいのだ。
同世代の令嬢達からは絶大な人気がある。
美しい公爵令息と平凡な令嬢…
となると周りの反応も分かりやすいものとなる。
とはいえこちらはもういい歳だし(36+13歳)、可愛いレオンが人気があることの方が誇らしかったし、婚約者がいる友人たちは仲良くしてくれるので、外野が騒ぐことは放っておいた。
1年経ちレオンが入学してくるとさらに令嬢達の熱は加速していくので、学園内ではレオンとは出来るだけ接触しないように心がけた。
そんな生活を続けているとあっという間に3年が経ち、学園生活もあと1年となったある日、珍しく学園内でレオンを探していた私は校舎裏の庭園で友人たちと過ごすレオンを見つけた。
「レオ、…」
呼びかけようとした声は届くことの無いまま小さく萎んだ。
「マリア嬢、レオンの事が好きらしいぜ」
「俺はカサンドラ嬢もだと聞いたよ」
声の主はレオンの友人たちだった。
マリア嬢は2つ下の小柄でとても愛らしい伯爵令嬢だ。
カサンドラ嬢は1つ下で、レオンと同じ歳なのだがセクシーな美人の侯爵令嬢である。
(レオンってばさすがね!モテモテだわ!見た目もだけど中身もとっても可愛いものね!)
思わず子供自慢をするようなことを考えながら、話し中ならばきりが良いところまで待とうかなと、周りを見渡した時、別の友人の声がとても鮮明に響いた。
「自由恋愛が流行ってても高位貴族になると政略結婚になるのは仕方ないとはいえ、学園でもトップクラスの可愛い子たちがお前を好きだって言ってるのに、レオンも可哀想だよなぁ」
「そうだな、アレクシア嬢が悪いわけじゃないけど、マリア嬢たちと比べると…なぁ」
「俺はカサンドラ嬢がいいな」
「しかも来年の学園卒業のタイミングで結婚だっけ?」
「お前も大変だよな~」
ちょうどレオンは私に背中を向けるような位置にいて顔が見えない。
(でもそうか、そうだよな…私みたいなアラフォーより若くて可愛いこの方が良いよな…)
とは言え親が決めた縁談だ。
私が何か言ったところで覆らぬだろう。
と考えて閃いた。
家の結び付きさえ出来れば良いのであれば妹でも良いのではないだろうか?
ちょうど妹のエリザベスはレオンをもう1人の兄として慕っているし、歳は少し離れるが6歳差などよくある事だ。
エリザベスは私と違って可愛い。
姉の贔屓目もあるかもしれないが、それでも私より可愛いのは確かだ。
なんていいアイデアを思いついたのか!と私は当初の目的も忘れ踵を返した。
家についてから明日のお茶会の件で話があったことを思い出したが、仕方がないので手紙を託けた。
明日は隣国に嫁いだ叔母と従弟のクリストフが急遽うちへ来ることになった為、それを伝えようと探していたのだ。
(直接伝えたかったけど仕方ないわね。というか叔母様、旦那様と喧嘩したからってよく隣国まで家出してくるよね~この国でそんなことしたら大変なことになるわ)
叔母の嫁いだ国はこちらよりも女性の地位が高い。
前世のように働く女性も多い国だ。
だからこそ、家出なんてことをすることもできる。
(あ!婚約を解消して隣国へ行くという手もあるわね!!叔母様に話をきかなくちゃいけないわ)
面倒に思っていた叔母の来訪を楽しみにし、その日は眠りについた。
翌日から叔母と従弟がいる生活が始まった。
叔母から聞く話はいろいろと面白く、昔の自分を思い出して隣国への憧れを強くし、そんな私を見て叔母は仲間を見つけたと思ったのか張り切って振り回すようになった。
叔母に振りまわされる毎日が続き、気づけばまたお茶会をキャンセルすることに
「アレクシア、毎週のお茶会を何年も続けているのでしょう?少しくらい大丈夫よ」
と叔母はケラケラと笑いその日も私を叔母の友人たちのお茶会へと連れだしたのだった。
それからも数週間そんな生活が続き、お茶会はもちろん、夜会も連れ出される。
本来であれば婚約者のいる私は婚約者と出席するのだが、叔母に従弟に付き添うような形でレオンには声もかけないまま夜会に参加することも増えた。
レオンと同じ年のクリストフは数年会わない間にすくすくと成長したようで、がっしりとした体つきに、精悍な顔立ちをしていてとても年下に見えない。
再会した時は思わず、「老けたわね」と口を衝いたくらいだ。
だが中身は甘えん坊のクリスのままのようで何かといえば甘えてくるので、時間が巻き戻ったような気になるのだった。
3度目のお茶会のキャンセルから3日経った日に叔母に連れ出された夜会で久しぶりにレオンに会った。
「アレクシア」
「レオン!なんだか久しぶりね!!お茶会何度もキャンセルしてしまってごめんなさいね」
「いや、大丈夫だよ。元気そうで何よりだ」
「ふふ、ありがとう。とっても元気よ!」
と会話をしていると、叔母たちと話をしていたクリスが戻ってきて問いかけた。
「シア、そちらは?」
「クリスは初めましてかしら?彼は婚約者のレオンよ。」
「初めまして、レオナルド・バルツァーです。」
「初めまして。クリストフ・ディオニシオと申します。シアを連れまわしてしまっていてすみませんね」
「いえ、身内の方を大切にするのは当然ですよ」
笑顔で挨拶を交わしている二人から漂う空気がなんだか重い気がする。
ひとり首をかしげていると、クリスが私の腰に手を回し
「シア、母さんが君を呼んでいたよ。」
「あら、どうしたのかしら。レオン、ごめんなさい、また後で!」
「あぁ、また」
「シア、僕も行くよ。バルツァー殿、失礼します。」
とクリスと二人でレオンに背を向け叔母のもとに向かうのだった。
「シア、すごくきれいな顔をした婚約者だね。仲は良いの?」
「えぇ。とってもかわいいでしょう?すごくいい子なのよ!きっとクリスとも仲良くなれるわよ!」
「そうなんだ?ねぇ俺は?もう昔みたいにかわいいって言ってくれないの?」
「もちろんクリスもかわいいわよ。見た目が大人になってもクリスはクリスなのね、ふふ」
年上のような見た目をしながらかわいらしいことを言う従弟に笑いながら思わず場所を忘れ背伸びをして頭をなでてしまった。
「シアに頭をなでてもらうのは好きなんだよ」
「そうなのね、私も大好きよ」
と顔を近づけながら二人で笑っていた。
―――それを離れた場所から無表情で見ている視線に気づかないまま。
4度目のお茶会はキャンセルせずに済み、久しぶりにレオンとのお茶会が開催された。
「レオン、この前はごめんなさいね。そのままになってしまって」
そう、この前はまた後でと言っておきながら叔母につかまってしまい、レオンのところへ戻ることが出来なかったのだ。
「いや、大丈夫だよ。それよりアレクシア、もう落ち着いたのかい」
「えぇ。一昨日やっと叔父様のお手紙が届いて、昨日バタバタと帰って行かれたわ」
「そうなんだ、大変だったね」
「でもとっても楽しかったわよ!レオンには迷惑をかけてしまったけれど。何度もキャンセルしてごめんなさいね」
「ううん、久しぶりに会えた親戚なんだし、気にしないでいいよ」
「ありがとう。やっぱりレオンは優しい子ね」
「……そうかな?」
なぜか複雑そうな表情をするレオンを見ながら、この数週間考えていた話を切り出すことにした。
「そうだわ、私レオンに話があったの!」
「どうしたんだい?」
「婚約を解消しましょう」
「…は?」
「だから婚約解消よ」
「…誰の?」
「私とレオンに決まってるじゃない」
レオンにとっていい話だと思ったのに違うのか、普段あまり見ない皺が眉間に刻まれている。
「…アレクシアは婚約を解消したいの?」
「レオンは私よりももっと素敵な人の方が良いでしょう?家のこともあるから自由にとはいかないかもしれないけど、うちとの結びつきというなら妹のリーザの方が若いしかわいいじゃない?」
「…どうして突然そんなことを?」
突然の話に戸惑っているのか、硬い表情のままレオンに尋ねられた。
「少し前にレオンが友達と話をしているところを偶然聞いてしまったの」
「どんな話をしてたの?」
「レオンがモテモテって言う話よ。こんなにかわいいんだものモテて当たり前よね」
「それと婚約解消がどうつながるの?」
「え?だって素敵なレオンはもっと素敵な女の子と幸せになるべきじゃない??」
「…僕の為っていうこと?」
「レオンには幸せになって欲しいのよ」
「…それでアレクシアは婚約を解消してどうするの?」
「私?私はそうね、まずは隣国にでも行こうかなと…」
――――バンッ――――
レオンが机を叩いた音が響いた。
「僕よりあいつの方が良いの?」
「え?」
見たことの無い冷えた目をしたレオンが硬い声で言う。
「あいつのところに行くためにアレクシアが婚約を解消したいだけなんじゃないの」
「あいつって?」
「あいつだよ、この前夜会に来て僕のシアにベタベタしていたあいつだよ」
(…ん?)
不思議な単語が並んだ気がする。
「え?クリスのこと?」
頭の中が?だらけの私にレオンが続ける。
「そうだよ、そいつだよ。僕に他の女をあてがって他の男のところに行こうとしているの?」
「隣国に行くなら拠点はまずはクリスのところになると思うけど、それは親戚だからで…」
「行かせないよ、シア。婚約も解消しない。あんな奴のところになんて絶対に行かせないから」
「え??え??」
「前に聞いたっていう会話、僕がシアのことを嫌だなんて一言でも言っていた?周りが勝手に騒いでいただけでしょ?」
確かにあの時レオンの声は聞いていない。顔すら見えていなかった。
「でも…」
「でも、なに?」
「私が地味で平凡なのは本当のことよ?」
「シアや周りがどう思っていたとしても僕からすれば可愛いから関係ない」
「か、かわっ…」
初めて聞くレオンからの誉め言葉にパニックになる。
「シアが僕のことを弟みたいにしか見てないって知っていたから、シアが大人として見てくれるようにって頑張ってた。可愛いって言いたかったけど、言い始めると止まらないと思ったから我慢してた。婚約してることにあぐらをかいてたのかもしれないけど、今から二人の時間はいくらでもあると思ってたから。それなのに…」
レオンは視線を一度外して息を吐きまた続けた。
「この前の夜会であいつに好きだって言ってたよね」
(ん?)
「イチャイチャしながら大好きって言ってた…」
「あ、あれは…」
「すごくショックだった。僕はこの数年言われた記憶がない」
「それは…」
じとっと拗ねたような顔のレオンと視線が合う。
「あ、あれは、その、家族に対しての物で他意はないわよ」
「でも僕は言われてない」
「だ、だっていつからかスキンシップとか嫌がったじゃない、レオンが」
「そりゃ好きな子から過剰なスキンシップをされるんだから平常心じゃいられないよ」
「えっ!?!?」
「僕だって男なんだよ、体を押し付けられたりするのに何でもないふりなんてできないよ」
「えっ!?!?」
驚きのあまり会話すらままならない。
誰が誰を好きだと言うのだ?
「シアが好き。だからあいつのところになんて行かせないし、婚約解消もしない。好みのタイプがあるならできるだけ近づけるように頑張るから、僕を男として見てよ。そして好きになって欲しい」
真正面からの告白にどんどん顔が熱くなるのがわかる。
前世も含め、こんなに直球で好きなんて言われたことが無い。
「な、なんで…?いつから??」
「なんで、か。んーシアが頑張ったねって頭を撫でてくれたからかな」
…そんなこと弟妹には当たり前にしている…
納得がいかないような表情が伝わったのかレオンが続けた。
「次期公爵として、公爵家長男として、って小さい頃から言われてきて、出来て当たり前。出来なかったら出来るように努力をするのが当たり前って言われてきたけど、やっぱり子供だったし努力することが大変で、でも結果が伴わないことは認めて貰えなくて、それが辛かったんだ」
「そんな頃シアと初めて会った。可愛いって言われて、シアも他の人たちと一緒で表面しかみないのかと思ったけど、すぐに違うってわかった。可愛いって好きだって態度や行動で示してくれた。ルーカス達と同じ扱いをされていることには気付いてたけど、でもそれだから僕自身を可愛いって言ってくれているのがわかった。何かを頑張った時は全力で褒めてくれたし、失敗しても努力を認めてもらえた。そんな人シアしかいなかったんだ」
知らなかった、そんな風に思われていたなんて。
いつの間にか立ち上がったレオンが私の隣に立っていた。
「シア、好きだよ。」
甘い笑顔と共に手を取られ、指先にキスをされた。
今私は真っ赤な顔をしているに違いない。
「これからは全力で口説くから、早く僕を好きになってね」
「―――っ////////」
枯れた私の心が恋を思い出すのはもしかしたら結構早いのかもしれない。
マイナスな感想は凹みますが、良い感想や誤字脱字のご指摘はいただけると喜びます。