7 妹愛が過ぎる死神
勢いに乗って、書き進めたいと思います。
史織と想は仲良く手を繋いだまま、雪道をかき分け(想の神通力で雪が勝手に避けて行ってるのだが)どんどん進んだ。
半刻ほど歩いたあたりで、人通りの多い道が近くなったのだろう。想は神通力を抑え、史織を背負うとよいしょと気合を入れて雪の中をのそりのそりと歩き出した。
「想兄様、私、自分で歩けるわ。」
想の背中で慌てる史織の声がする。
「こういう時は素直に兄に甘えるべきだと思うぞ。」
「う……。」
「可愛い妹の着物が雪で濡れて風邪でもひいたら大変だしね。」
「……はい。」
この人の言動は全く死神らしくない。いや、見た目もその美しさから、人ならぬものの正体を見破る能力があるものであっても、まさか死神だなんて思いもしないだろう。
史織は想の背中から温かさを受け取りながら、そんなことを考えていた。
「ほれ、着いたぞー!」
突然、身体がぴょんと上下した。背中で寝てしまった史織を起こそうと、想が軽く跳ねたのだ。
「んー? あれ、私寝てた……?」
「ちょっとだけな。」
下ろすぞ、と想はその場に屈んで史織を立たせてくれた。
沢山の店が並び、多くの人が行き交ってい、気のせいか、独特の香りが漂っている。史織は先ほどまでの静かな山奥と正反対の活気溢れる町の様子に少し目眩がした。
「史織、こっちだよ。」
想は手招きして目の前の建物に入っていった。見上げると立派な呉服屋さんの看板。想の自宅だろうか。キョロキョロしながら、史織は店の暖簾を潜った。
「ご主人、何着か着物を見繕ってくれないかい? 実家が家事になってね、命からがらこの子だけは助け出されたんだが、いかんせん、着物も何もかも全部燃えちまって。」
想は流れるように嘘をついた。
「はー!ご実家が!それは大変でしたね。」
店主らしき白髪混じりの男性は眉尻を下げ、気遣うように私を見た。数秒、史織を見つめたのち、想に視線を戻した。
「お嬢様のお召しになっておられるような着物は、仕立てに少しお時間頂戴することになりますので、当面の間はこちらの仕立て済みの着物はどうでしょう。うちの娘が手習で縫ったものなので、あまり上手くはありませんが……。」
そう言って座敷には木綿の着物が並べられた。汚れてはいるが、今着ている着物は絹だから、これらは随分と安い生地で作られたものだ。
しかし孤児となった史織にとって、この木綿の着物でさえも自分には勿体ない品物だと分かっていた。それに今の今まで忘れていたが、史織は金を一銭も持ち合わせていない。
想は暫く着物を眺めてから、史織を手招きして近くに呼びよせた。史織は想の側におずおずと近付いた。
「お兄様。私はあちらの反物にしようかと……。」
そう言って指差したのは、店先に並べられた庶民向けの麻の反物だった。それを見て想は不満そうな顔をした。
「史織? 兄を見縊ってはいけないよ?」
「そういう訳ではないんだけど……。」
「俺もなかなかいい稼ぎがあるんだぜ。それに反物じゃ、今すぐ着られない。」
ニヤリと笑って、想は店主の並べた着物を手に取り、史織に当てがっては店主とあーでもない、こーでもないと話出した。
ーどうしたものかしらー
いくら想がお金を持っているとはいえ、そこまで甘えてしまってもいいのだろうか? いや、死神とはいえ、神様のひとりだから人助けも仕事の一環なのかもしれない。
などと、考え込んでいるうちに、想と店主の間で話は纏まったようだった。
「……では、支度してやって貰えないだろうか?」
「はいはい、勿論ですよ。」
店主は想に和やかな顔を送った後、後ろに控えていた女性に指示して、史織を奥の部屋へと促した。史織は考える暇もなく想に背中を押されて座敷に上がらされ、そのまま、女性に手を引かれて襖の向こうへと連れて行かれた。
「優しいお兄様でいらっしゃいますね。」
話しながらも史織の着付けを手伝う女性の手は止まらない。史織はあっち向けこっち向けとクルクルと回されたが文句は言わない。
史織はわりと厳しめに育てられたので、大抵のことは自分でできるのだが、こうして世話を焼かれる時は身を任せる方が相手がやり易い事を知っているからだ。
「そうですね。私は幸せ者です。」
史織は短く返事をすると、ちょうど着付けが終わった。いつもの着物だとこの倍程かかるので、こんなに早く着替え終わるなら庶民の着物の方が便利だなあ、などと考えているうちに、女性はささっと史織を元の座敷へと誘った。
「お、なかなか良い色だな。似合ってる。」
腕組みをして立ち上がり、史織の姿を頭の先から爪先までしっかり確認すると、想は満足気に頷いた。そして框の所に店主から受け取った真新しい褄皮を付けた下駄を置くと、史織にそれを履くように促した。
ここまで来ると、史織の方も素直に好意を受け取る方がいいだろうと、黙って框に腰掛けて下駄を履いて立ち上がった。実は先程まで履いていたのは、逃げる途中にどこかで拾った草履だったのだ。
「……温かい。」
「そうだろ? その着物には不釣り合いかもしれないけど。」
想は鼻が天井まで伸びるのではないかと思うほど、満足気に頷いたが、史織は想の思いやりに感謝した。
実は雪の中を何日も裸足で歩いたので、霜焼けとあかぎれで足がボロボロで、裸足で歩くのも限界を感じていた所だった。
「それでは、高橋様。こちらは後ほど、お屋敷にお届けするよう手配いたします。」
高橋と聞き慣れない名前を店主が発した。史織がキョトンとしていると、想は当たり前のように反応する。
「それは今、もらって行くよ。あれだけ仕上がり次第、持ってきてくれるかな?」
「そうですか。かしこまりました。」
そう言って、店主は後ろに控えている例の女性に風呂敷を用意させ、手際よく品物を包んでいく。風呂敷は3つもできてしまった。想はいつのまにか色々と買ってくれていたようだ。
「この風呂敷は、おまけです。高橋様はお得意様ですし、何より、お嬢様は火事で焼け出されて裸一貫と聞きましたので……。余計なお節介とは存じますが、どうぞお受け取りください。」
史織は店主の心遣いに感謝し、深く頭を下げた。
そして、二人は店先まで見送られ、大きな荷物を持って並んで歩き出した。
想さん、とても甘々なお兄ちゃんです、!