3 史織の願い
史織ちゃんのイメージは小さい頃の本田●結ちゃんです。
「おーい。どうした?」
想は意識を放棄している史織の肩を遠慮なく揺さぶった。お陰で史織は首の筋を違えてしまったが、そんな事よりも想の事で気になることが多すぎる。
「私はまだ十なので、経験も知識も浅く、ちょっと理解できない所が多いのですが……。」
想はうーんとわざとらしく考えてから、また爽やかに笑ってみせた。
「史織は人ならぬもの達の存在には気づかない人?」
「妖の変化かな? と思うことはあります。」
「ふーん。じゃあ全く見抜く力がない訳ではないんだね。」
史織は思い出していた。
よく行く小間物屋の奥さんはとても美人で人柄もよく、幼い頃から史織も懐いていたのだが、その奥さんはいつも変わった匂いがしたのだ。甘くてフワフワする、癖になる香り。今思うと、奥さんは多分、人間ではなかったのだろう。
「じゃあ俺はどう?」
不意に問いかけられて、史織は目を泳がせた。実は自己紹介をしたくらいから、緊張が解けたのか。今まで気がつかなかったのに、想から漂う今まで嗅いだことのない程の甘くて優しい香りに、心が騒ついていたのだ。
「えっと……、想様は人間とは違うと思います。」
史織は遠慮がちに答えた。それを受け、想は爽やかな笑顔を外し、真面目な顔をして、自分の右手人差し指を史織の唇に乗せた。
「俺、一応、神様なの。神様って言っても死神だけどね。」
言い終えると、想はヘラッと笑った。真面目な顔は苦手なようだ。また史織の頭をくしゃくしゃと撫で回す。史織は、やめてください、なんて言うものの、想から漂う心地よい香りをいつまでも嗅いでいたくて、無理に想の手を除けることはしなかった。
「それでだね、最初の話に戻すと……。死神の職務を全うするには、史織の魂をチョンっと切って、この袋に入れてしまえばいいんだけど、いかんせん、史織はとても綺麗な虹色の生色を煌々と放ってるんだよ。これじゃどうしたもんだか、判断がつかない。」
想は、こんなの見習い死神の手に負える案件じゃねえ、とボヤいた。
「想様は死神様なのですか? 人の命を奪うのですか?」
史織は、ただ単純に疑問に思った事を口にしたようだったが、想は史織を怯えさせてしまったと慌てて弁明した。
「いや、奪うことは絶対ないよ!」
想は頭から手を下ろし、自らの膝の上で拳を作った。
「死神って各地方に担当者が派遣されててね。ご近所付き合いしながら、人間の魂の様子を伺ってるんだ。身体から魂が殆ど抜けた時に、すぐ魂の回収に行かないといけないからね。」
「へー、人を死ぬまで苦しめて魂を奪うのだとばかり思っていました。」
「それは、どこぞの誰かが考えた怪談話だよ。死神は閻魔大王様の統率下で規律を重んじながら働いてるんだよ。」
「死神様は私たちを無事にあの世へ送ってくれる、頼るべき存在なのですね。」
「嬉しいこというね。」
想は史織の少し低い鼻をツンと突いた。その瞬間、甘い香りが鼻をかすめ、史織を幸せな気持ちにさせる。
そして思わぬことを口走っていた。
「想様。私を貰っていただけませんか?」
想が目を白黒させたのは言うまでもない。
そらそろ山小屋から飛び出したいけど、2人がなかなかお話好きで、話が終わる気配がないです。