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氷雨さん。

作者: 風鈴

 氷雨鏡華。

 僕のクラス……いや、下手をしたら学年の中で、恐らく一二を争うほどに人気の女子だ。

 一番大きな理由は、やはりその容貌だろうか。

 肩口辺りの長さのボブカット。髪色は、なんと白に近い銀髪だ。

 小耳に挟んだところによると、どうやら彼女は何処かの国とのクォーターらしい。

 肌はとても白くて綺麗で、まるで雪の妖精のよう……なんて言われている。

 普段から割と無口で無表情な上、身長も低めで体型も小柄なところも、その呼び名に非常にマッチしていると思う。

 とはいえ瞳の色は碧い……なんてことはなく、こちらは日本人らしい黒色なのだけど。

 ちなみに、誰が言ったかロリクール。なおうっかり本人の前でそう呼んでしまった人は、それ以降絶対零度の視線を向けられるようになったとか。

 ……さて、そんな彼女と僕の、少し奇妙な関係を軽く話そうと思う。



 切っ掛けは、授業中に彼女が落とした消しゴムが、隣の席の僕の椅子の下に転がってきたことだろうか。

 それに気付いた僕は、当然拾って渡してあげた訳で。

 その時に、彼女の手に僕の手が触れた際、二人同時にビクリとして、拾った消しゴムを再度落としそうになって。

 ……と言うのもまぁ、彼女の手が想像以上に冷たかったんだよね。

 一方で僕の手は、どうやら他の人よりも温かいらしく……まぁようは、互いに互いの手の温度の落差に驚いたと言うわけだ。

 そう言えば「手が冷たい人は心が温かい」なんて聞いたことがあるけれど、やはり彼女の心も温かいのだろうか。普段の無口無表情(ようす)からは今一分かりづらいけれども。

 とまれ、その時にふと彼女に「氷雨さんって、手冷たいんだね」と言ったところ、彼女はこくりと頷いて返してきて……その日はそれで終わったんだよね。

 で、次の日。

 授業の合間の休み時間、彼女が立ち上がって廊下に向かう際、スッと僕の机の上にメモ用紙を一枚置いて行った。

 まるで初めからそこに存在していたかのように、自然に鮮やかな置きっぷりは見事の一言。……いやだって、置かれた僕自身全然気付いていなくて、いつの間にか目の前にあったんだもの。

 で、そのメモには「放課後、残っていてください」と、硬筆の見本のような綺麗な字で書かれていたのである。

 ……まぁ、ドッキドキだよね。普通に考えてさ。こちとら健全な一般男子なわけで。

 当然ながらその日はそれ以降、授業もろくに頭に入って来なかったなあ……隣の彼女ばかり気になって。

 放課後になって「帰ろうぜー」って誘ってくる友人たちに、何かと理由をつけて断って。

 ちなみにその間氷雨さんは、ずっと本を読んでいた。

 やがて人が居なくなって、教室の中に僕と彼女だけになった時、それまで読んでいた本をパタリと閉じた彼女が、身体ごと僕に向き直って、スッと右手を差し出してきたんだ。

 突然の行動に、一瞬僕の頭はハテナマークで埋め尽くされそうになったのだけれど、ふと何となく……そう、本当に何となく、彼女が言いたいことが解った気がして、その気持ちのままに、彼女が言葉を発するよりも早く、僕は差し出されていた手を取って、握っていた。

 一瞬、驚いたようにぴくりと反応した氷雨さんは、僕の顔を見て、次いで僕に握られた自分の手を──あるいは自分の手を握る僕の手を見た後、ほぅ、と小さく息を吐いて。


「……やっぱり、温かい」


 そう言う彼女の手は、やっぱり冷たかった。


 んで。

 結論を言えば、どうやら氷雨さんは、僕の手の温かさを確かめたかったらしい。

 どうしてまたそんなことを、と訊くと、「私の手、冷たいから」という、解るような解らないような答えが返って来た。

 どうやらなんとも言えない気持ちが顔に出てしまっていたのか、「……ごめんなさい」と、普段の無表情さはどこに行ったとばかりにシュンとした雰囲気で、氷雨さんに謝られてしまって。


「あ、いや、別にこれぐらいなら、いつでも」


 後にして思えば、多分、きっと、恐らくは。

 慌てて口にしてしまったこの一言が、決定打だったのだと思う。

 だって実際その日はその後、氷雨さんと手を繋いで……というよりも、氷雨さんに手を握られて──どうやら、僕と彼女の帰り道は、途中まで同じだったようで──一緒に帰ることになってしまったので。


 ……まぁそんな、僕にとって色々と衝撃を受けた一日を終えた翌日。

 昨日までの登校中には一度も見なかったものを、前日に氷雨さんと別れた場所で目にすることになった。

 朝日に映える白銀の髪とと、雪のように白い肌の女の子が、まるで誰かを待っているかのように立っている光景。

 ……言うまでもなく氷雨さんです。

 僕が彼女を見つけたように、彼女も僕を見つけたようで、いつもの無口無表情(ふんいき)で僕に向かってきた彼女は、有無を言わさず僕の手を取って。

 もう言わずもがなだよね。そのまま教室まで行くことになりましたよ。

 そんなことになれば、当然のごとく大騒ぎになったりもして。

 ……そんなわけで、僕と彼女の、恋人でもないのに毎日手を繋いで登下校する、なんていう妙な関係が出来上がったのでした。


 それはそうと氷雨さん。「アイツのどこが良いの?」って聞かれたときに、「体温」ってだけ答えるのは流石にどうかと思うよ。

温水 豊[ぬくみず ゆたか]

・本編語り手。人より手が温かい。普通人。


氷雨鏡華[ひさめ きょうか]

・銀髪、白い肌、クォーター、華奢、背とか色々小さい、無口、無表情と属性てんこ盛りなヒロイン。ロリクール。

・人より手が冷たいのが、昔から若干のコンプレックス。

・理想の男性像は自分の手の冷たさを埋めてくれるような、手と心の温かい人。

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