氷雨さん。
氷雨鏡華。
僕のクラス……いや、下手をしたら学年の中で、恐らく一二を争うほどに人気の女子だ。
一番大きな理由は、やはりその容貌だろうか。
肩口辺りの長さのボブカット。髪色は、なんと白に近い銀髪だ。
小耳に挟んだところによると、どうやら彼女は何処かの国とのクォーターらしい。
肌はとても白くて綺麗で、まるで雪の妖精のよう……なんて言われている。
普段から割と無口で無表情な上、身長も低めで体型も小柄なところも、その呼び名に非常にマッチしていると思う。
とはいえ瞳の色は碧い……なんてことはなく、こちらは日本人らしい黒色なのだけど。
ちなみに、誰が言ったかロリクール。なおうっかり本人の前でそう呼んでしまった人は、それ以降絶対零度の視線を向けられるようになったとか。
……さて、そんな彼女と僕の、少し奇妙な関係を軽く話そうと思う。
◇
切っ掛けは、授業中に彼女が落とした消しゴムが、隣の席の僕の椅子の下に転がってきたことだろうか。
それに気付いた僕は、当然拾って渡してあげた訳で。
その時に、彼女の手に僕の手が触れた際、二人同時にビクリとして、拾った消しゴムを再度落としそうになって。
……と言うのもまぁ、彼女の手が想像以上に冷たかったんだよね。
一方で僕の手は、どうやら他の人よりも温かいらしく……まぁようは、互いに互いの手の温度の落差に驚いたと言うわけだ。
そう言えば「手が冷たい人は心が温かい」なんて聞いたことがあるけれど、やはり彼女の心も温かいのだろうか。普段の無口無表情からは今一分かりづらいけれども。
とまれ、その時にふと彼女に「氷雨さんって、手冷たいんだね」と言ったところ、彼女はこくりと頷いて返してきて……その日はそれで終わったんだよね。
で、次の日。
授業の合間の休み時間、彼女が立ち上がって廊下に向かう際、スッと僕の机の上にメモ用紙を一枚置いて行った。
まるで初めからそこに存在していたかのように、自然に鮮やかな置きっぷりは見事の一言。……いやだって、置かれた僕自身全然気付いていなくて、いつの間にか目の前にあったんだもの。
で、そのメモには「放課後、残っていてください」と、硬筆の見本のような綺麗な字で書かれていたのである。
……まぁ、ドッキドキだよね。普通に考えてさ。こちとら健全な一般男子なわけで。
当然ながらその日はそれ以降、授業もろくに頭に入って来なかったなあ……隣の彼女ばかり気になって。
放課後になって「帰ろうぜー」って誘ってくる友人たちに、何かと理由をつけて断って。
ちなみにその間氷雨さんは、ずっと本を読んでいた。
やがて人が居なくなって、教室の中に僕と彼女だけになった時、それまで読んでいた本をパタリと閉じた彼女が、身体ごと僕に向き直って、スッと右手を差し出してきたんだ。
突然の行動に、一瞬僕の頭はハテナマークで埋め尽くされそうになったのだけれど、ふと何となく……そう、本当に何となく、彼女が言いたいことが解った気がして、その気持ちのままに、彼女が言葉を発するよりも早く、僕は差し出されていた手を取って、握っていた。
一瞬、驚いたようにぴくりと反応した氷雨さんは、僕の顔を見て、次いで僕に握られた自分の手を──あるいは自分の手を握る僕の手を見た後、ほぅ、と小さく息を吐いて。
「……やっぱり、温かい」
そう言う彼女の手は、やっぱり冷たかった。
んで。
結論を言えば、どうやら氷雨さんは、僕の手の温かさを確かめたかったらしい。
どうしてまたそんなことを、と訊くと、「私の手、冷たいから」という、解るような解らないような答えが返って来た。
どうやらなんとも言えない気持ちが顔に出てしまっていたのか、「……ごめんなさい」と、普段の無表情さはどこに行ったとばかりにシュンとした雰囲気で、氷雨さんに謝られてしまって。
「あ、いや、別にこれぐらいなら、いつでも」
後にして思えば、多分、きっと、恐らくは。
慌てて口にしてしまったこの一言が、決定打だったのだと思う。
だって実際その日はその後、氷雨さんと手を繋いで……というよりも、氷雨さんに手を握られて──どうやら、僕と彼女の帰り道は、途中まで同じだったようで──一緒に帰ることになってしまったので。
……まぁそんな、僕にとって色々と衝撃を受けた一日を終えた翌日。
昨日までの登校中には一度も見なかったものを、前日に氷雨さんと別れた場所で目にすることになった。
朝日に映える白銀の髪とと、雪のように白い肌の女の子が、まるで誰かを待っているかのように立っている光景。
……言うまでもなく氷雨さんです。
僕が彼女を見つけたように、彼女も僕を見つけたようで、いつもの無口無表情で僕に向かってきた彼女は、有無を言わさず僕の手を取って。
もう言わずもがなだよね。そのまま教室まで行くことになりましたよ。
そんなことになれば、当然のごとく大騒ぎになったりもして。
……そんなわけで、僕と彼女の、恋人でもないのに毎日手を繋いで登下校する、なんていう妙な関係が出来上がったのでした。
それはそうと氷雨さん。「アイツのどこが良いの?」って聞かれたときに、「体温」ってだけ答えるのは流石にどうかと思うよ。
温水 豊[ぬくみず ゆたか]
・本編語り手。人より手が温かい。普通人。
氷雨鏡華[ひさめ きょうか]
・銀髪、白い肌、クォーター、華奢、背とか色々小さい、無口、無表情と属性てんこ盛りなヒロイン。ロリクール。
・人より手が冷たいのが、昔から若干のコンプレックス。
・理想の男性像は自分の手の冷たさを埋めてくれるような、手と心の温かい人。