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序章 第3話

 今から六日前、インドネシアのジョグジャカルタで、かねてから活動を活発化させていたイスラム武装組織「ジャマ・イスラミア」が、ついに全面攻勢を開始した。彼らが目指すところはたて続けにインドネシアを襲った台風の災害による混乱に乗じて、現政権を転覆させることだった。

 大攻勢の為の資金は、これまで同様、アルカイダから提供されていた。武器の入手には、インドネシア国内の天然資源獲得に躍起になっている中国が手を貸していた。

 中国はこの武装蜂起が成功し、新政権が樹立された暁には、この地域の原油や鉱山資源を獲得する腹積もりだ。中国がこの先二十年以上に渡って発展するには、どうしても天然資源が必要である。まっとうな国家間交渉によって調達するのはやぶさかではないが、国内紛争を利用して採掘権を獲得する方が遥かに安くつく。安価な中国製の武器を売りつけ、それが達成できるのであればそれに越したことはないというわけだ。もちろん、中国は表立って武器を売る様なことはしていないが、ジャマ・イスラミアの武装蜂起から数日後、彼らが手にする武器のほとんどが真新しい中国製であることが明らかになっていた。

 剣崎は偵察分遣隊の隊舎の地下フロアに存在する作戦室や指揮所等で準備状況を確認すると、名護駐屯地内の水陸機動団本部の隊舎地下に存在する運用センターと繋がった地下通路を進んで、真っ直ぐ運用センターへと向かった。

 運用センターにはすでに防衛省情報本部による現地情勢の分析情報が集約されつつあり、剣崎はそれらに目を通しながら作戦立案と準備を進めた。特殊部隊に近しい存在である偵察分遣隊はそうした情勢や政策に対応した行動が求められる。

 ジャマ・イスラミアの今回の武装蜂起は強力だった。ISILの残党や外国人傭兵も加え、彼らはインドネシア国軍を退けて、たちまちジョグジャカルタを支配下に収めた。そして三日後には首都のジャカルタを目指して北上を開始していた。

 インドネシアと日本の関係は深く、同国国内各地には数多くの邦人が滞在している。ジャマ・イスラミアの部隊が首都ジャカルタに迫るにつれ、同地で活動する日本政府機関の職員や商社員たちを救出する必要が出てきたのである。

 そして紛争勃発から五日後、外務省は邦人の避難に必要な輸送及びその際の警護を防衛省に要請。防衛省はこの要請により、在外邦人等の保護措置による自衛隊の非戦闘員退避活動(NEO)派遣を決定し、統合任務部隊(JTF)を編成した。

 剣崎の所属する偵察分遣隊を含む中央即応集団はこの統合任務部隊(JTF)傘下となり、偵察分遣隊にも出動が命ぜられる。

 陸上総隊及び中央即応集団では、政府が派遣を決定する三日前から非戦闘員退避活動(NEO)の派遣準備に取り掛かっていた。偵察分遣隊にもその時点で正式な命令は発令されていなかったが、剣崎の指示で、部内での事前準備が進められていた。

 そしてこの判断は今回も正しかった。邦人救出任務も課せられていたから、実際に救出命令が下令された時には、直ちに現地に迎えときた。偵察分遣隊は現地情勢の情報収集と輸送にかかわるインドネシア側との調整を行う中央即応集団先遣指揮隊(FCE)の一部として先行してジャカルタ近郊のスカルノ・ハッタ国際空港に進出することになった。移動手段は航空自衛隊のC-2輸送機が使用されることになり、これに乗り込むために、すぐにも嘉手納基地に移動しなくてはならなかった。

 現地での任務に使用する武器・装備、弾薬に関する調整のため、剣崎は奔走した。当該国からの承認を受けているため、輸送には問題ないが、法務官を呼んで政治的な選定を行わなければならなかった。中央即応集団からすでに指針は出ているが、剣崎達偵察分遣隊は少数精鋭集団で、現地での様々な不測事態対処等に柔軟に対応することが予期されており、可能な限り最高のものを持っていきたかった。


「剣崎一尉、各班が要求した装備のリストです」


 偵察分遣隊内ではチーフと呼ばれる陸曹の先任者である小隊陸曹(チーフ)高野恭一郎(たかのきょういちろう)曹長が書類を持ってきた。高野は偵察分遣隊の最年長者であり、四十台に突入した少年工科学校出身の生え抜きのベテラン隊員であり、冬季戦技教育隊出身で、ゲリラ戦のエキスパートだ。人心掌握や衛生に関する知識も豊富で、剣崎よりも階級では下だが、高野は剣崎にとっても頼れる古参であり、助言を求めることもある。これまでにPKO等で海外派遣にも参加し、経験豊富だった。


「よし、近藤と高野はこのリストから持ち込めない装備を削除しろ」


 剣崎の副官である近藤雅之(こんどうまさゆき)二等陸尉がすぐさま机の上を開けて高野の椅子を引っ張って来た。

 近藤は富士学校普通科部レンジャー班出身で、剣崎が第一空挺団に居た際に渡英訓練に参加し、その後、幕僚勤務で机に埋もれていたところ、偵察分遣隊を発足させようとしていた剣崎に引き抜かれた。水陸機動団での勤務は彼の性にあっていたらしく、今では水路潜入や潜水技術に関する特殊技能のエキスパートだ。


「上限の火器はなんですか?」


「ATM、60mm迫は持ち込めない。他はありったけ持っていくぞ」


「りょーかい」


「まあ、妥当ですね」


 救出任務であり、戦争をしに行くわけではない。しかし対戦車火器が限られることや間接照準の曲射火器が無いことに不安がないわけではなかった。

 二十一世紀に入ってから急速に激化してきた低強度紛争(LIC)に対処する戦術については、現場の部隊は海外派遣で培った経験と様々な訓練と演習を通じて、懸命に研究と実証を重ねてきた。それでも可能な限り持ち込む武装は最低限に抑えようとする動きは残っていた。


「海自の動きはどうなっている?」


「第1護衛隊群の護衛艦数隻が南下しています。《いずも》も編成に含まれています」


《いずも》とは航空機搭載護衛艦(DDV)と呼ばれる国際基準の航空母艦である二隻のいずも型護衛艦のうちの一隻で、戦闘機を搭載、運用可能だ。


「剣崎、今すぐ行け」


 そこへやって来たのは偵察分遣隊長である神村憲(かみむらあきら)一等陸佐だった。普段は情勢や政策に対応するため水陸機動団本部や最も情報が集まる中央即応集団司令部に詰めていて、部隊に顔を出すことはほとんどなかった。

 神村は中央即応集団勤務時代に剣崎を米国での研修に派遣し、フォートブラッグや戦闘(Combat)|適応《Application》グループ(Group)第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊等に送り込んだ張本人であり、剣崎の理解者であると同時に国防のために組織を改善する野望を持っている。


「今すぐ?」


 近藤と高野も驚いて顔を上げる。神村の言葉は絶対な命令だった。


「武器・装備の輸送手続きが間に合っていないが、中央即応連隊(チュウソクレン)が現地に着くまでに必要な情報収集を行う必要がある。物品は追走させる。現地に展開する米軍から装備の一部を融通してもらえ。すでに現地入りしている現地情報隊が調整役だ」


 剣崎はもうイスから腰を浮かせていた。


「了解」


「詳細は追って伝える。慌ただしいが、任務を遂行しろ」


 神村は言葉数少なに断固として剣崎へ命じた。


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