ずっと一緒だよ。⑦
更新が激遅で大変申し訳ございませんです m(_ _"m)
それにも拘らずお読みくださる皆様には、感謝しかございません。
有難うございます。
***
沙和と椥を繋ぐ枷が外れて、もうそろそろこの世ともお別れか、なんて思っていたのに、これが意外になかなかしぶとく成仏しないものなんだと、椥が己の粘着気質をカラカラ笑っている傍らで、篤志が憮然としている。
「さっさと成仏すればいいのに」
半目で椥を見、ボソボソと言ちる篤志の隣で、眉尻を下げた沙和は何とも言い難い表情だ。
大好きな兄が傍に居てくれるのは純粋に嬉しいけど、椥のためには……プラス篤志のストレス回避のためには、穏やかに旅立って欲しい、とは思っている。ちょっとだけだけど。
この世に居たいなら好きなだけいれば、なんて事を迂闊に言ったことがあって、後から篤志の苦悩を散々聞く羽目になり、げんなりした記憶はまだ新しい。
幽霊になった椥がやって来てから、早いもので四年の月日が経っていた。
篤志は無事大学を卒業し、社会人二年目。沙和は相変わらずのんびりとコンビニで働いており、既に古株と化している。オーナーには何かと可愛がられているので融通が利くし、結構居心地がいい。
そんな初夏の休日に、沙和の部屋で三人が屯している。
休みの日にスーツ姿で山本家を訪れた篤志が、床に胡坐を掻いたまま脱いだ上着をベッドの上に放り投げ、嘆きの言葉を口にする。
「まさかの兄妹抱き合わせ……ふっ。俺が憐れすぎて涙も出やしない」
『だったら止めるか? 俺は一向に構わないぞ? もうここまで来たら沙和を看取るその時まで、この世に居座ってみるのも悪くない』
にこやかに極めて本気の言葉を吐く椥に、篤志は天井を見上げた顔を両手で覆うと「勘弁して」と憐れを誘う震えた声を漏らした。そんな彼の背中を困ったような、申し訳なさそうな沙和がポンポンと叩く。
「お兄ちゃんが、ごめんね?」
こてんと首を傾いで篤志を上目遣いに見る。と、忽ち篤志がふにゃりと融けた締まりのない顔になって、でもすぐに目の前をふわふわする椥を睨みつけた。
「……もお、今更だけどねっ! けど流石に結婚したら、ちょっとは遠慮してくれますよねっ!? おにい~さんっ」
『うわっ。さぶっ。篤志に “お義兄さん” 呼ばわりされるとかって、マジ虫唾が走るんだけど』
「俺だって嫌だ」
寒さなんて感じもしない癖に、椥がわざとらしく二の腕を擦り上げれば、篤志が心底嫌そうな顔をする。
「けどここ大事だから。結婚の許しを貰った以上、幽さんが義兄になるのは事実だし。ひっじょーに嫌だけどね! 苦節十二年。清いままで結婚し、清いままで死ぬのはあまりに酷。不憫に思って、邪魔するのは止めて頂きたい」
『はっ。泣き落としてプロポーズ承諾させた奴が、いけしゃあしゃあと』
厭味ったらしく椥が言うと、篤志はぐっと言葉に詰まって椥とジト目で見た。
沙和は心中で乾いた笑いを漏らす。
二度目のプロポーズをされたのは、一月ほど前。
中学の頃の友人の結婚式で、雰囲気に流された二次会での出来事だ。
同窓会の体を様した会場でやいのやいのと元クラスメイト達に煽られた篤志が、徐に沙和の手を握ったかと思えば、
『俺たちも結婚しよう』
そう言った篤志をつい間抜けな顔で見入ってしまった。
沙和が言葉に窮していると、今度は二人の付き合いの長さを知っている友人たちの前で『沙和が結婚してくれなきゃ誰が結婚してくれるってんだよ』と泣き上戸を発動し、友人たちに『いつまでも篤志の純情弄んでないで、責任とって結婚してあげなさい』となんだか諭された。
あたしが責任取る側? と思わなくもなかったけど、篤志の気持ちを知りながらずっと彼に甘えてきた身としては、みんなの前で無碍にも出来ず、ましてや祝いの席にケチを付ける訳にも行かない。周囲の期待する眼差しに負け、『お願いします』と言っていた。その時の椥と美鈴の絶叫は、未だ耳に残っている。
余談だけど、グラスの幾つかが砕け、会場は一時恐慌状態に陥った。そんな事態を招いたのが誰かは、敢えて口にするまでもないだろう。
(グラスが全損にならず、何だかんだとそれ以上大事にならず終わって良かったよね。ホント)
グラスの中身が飛び散って服を汚した人たちも居たけれど、誰にも怪我がなかったのが救いだ。
(まさか『あたしにクリーニング代請求して』とは言えないし、なぁ。まず何て説明したら良いのか……うん。みんなホントごめん。シカトぶっこいて。お店の方々も、悪くないのに平謝りだったし、白状できなくて本当にごめんなさい。この借りは何れ!)
店側の不手際だと恐縮してしてしまった面々を思い出し、心の中で土下座する。
芋蔓式に思い出される顛末に、沙和は頭を抱えそうになりつつ隣の篤志をこっそり見た。
暫く魂が抜けたような顔をしていた篤志が正気を取り戻し、率先して砕けたグラスを片付けていた。口中でブツブツ椥に文句を言いながら。なのに篤志の頬が緩んでいたのを沙和は見逃してなかった。
篤志を異性として好きなのか、未だによく分からない。
けど、不思議と悪い気はしない。
折角の祝いの席が、怪奇現象の話題で持ちきりになってしまったことを、こっそりと心よりお詫び申し上げつつ、今回の事は故意ではなかったにせよ、隙あらば面倒事を起こして下さる椥をじっと見た。困ったことにこの兄が嫌いになれないからお手上げだ。
そして今日、その普通ではない兄共々嫁に欲しいと両親に挨拶しに来た篤志は、中々に豪胆だと思う。
両親はやっとかみたいな安堵を滲ませて、祝ってくれたのだけど……。
(隼人、大丈夫かな?)
酷くショックを受けた隼人は、『兄ちゃんの裏切り者ッ!』と椥に捨て台詞を吐くや、自室に閉じ籠ってしまった。今頃奈々美に宥められているだろう。
そんな弟が可愛くて、“お嫁に行くの止めるから” と言いそうになった口を咄嗟に押さえたけれど、胡乱な眼差しで見詰めてくる篤志は誤魔化せなかったらしい。引き攣った笑いを浮かべたら、涙目の篤志がぎっちり手を握り込んで、首をぶんぶん横に振っていた。
(隼人を立てれば、間違いなく篤志がウザイことになるよね)
何より両親を落胆させたくない。
篤志を逃したら後がないと、母は憚らずに言って下さった。確かに、と思う。
結婚願望はほぼ皆無に近いし、胸には大きな傷痕を持つ娘の将来を不安に思う両親の気持ちを無視するほど薄情にもなれず、それよりも何よりも、篤志とはずっと一緒に居たいと思っているのもまた事実で。
それが愛なんだと言われたら、そうなのかも知れない。
(今更あたしの人生から篤志抜きって、考えられないし)
隼人の部屋の方に意識を向けていると、椥の何やら不穏な笑いが這うように聞こえて来た。
『隼人の事は大丈夫だ。安心しろ。俺が責任をもって破談にしてやるからな』
「お兄ちゃん。また心読んだでしょ?」
『誓って読んでないぞ。そんな顔して隼人の部屋の方見て「こらこらっ。ちょっと待って二人とも。沙和もっ。取り上げるとこはソコじゃないだろ!?」』
椥の言葉に被せて来た篤志を、沙和がキョトンとした顔で見ると、篤志がガックリと項垂れた。肩がぷるぷるしている。
「責任もって破談にされちゃ困んだけど」
「……ああっ!」
うっかり、と笑って誤魔化す沙和をジト目で見る篤志から目を逸らし、テーブルの麦茶に口を付ける。チビチビ飲んでいると、隣から大仰な溜息が聞こえた。




