そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ⑧
ギリギリ平成最後の更新です! (=゜ω゜)ノ
荒っぽくソーサーに戻されたカップの中で、コーヒーがゆらゆらと揺れている。
さして彼女に興味がある訳でもないし、彼女が誰かなんてどうでも良かった。だから、さっさと振り切って帰れば良かったと、構内のカフェのテーブル席に座った篤志は、己の不運を尽々恨めしく思っていた。
(広いキャンパスで会うとかって、マジ勘弁して欲しい)
少し離れたテーブル席から、日本人形がこちらへ歩いてくる。
目を合わさないように顔を俯け、篤志は先ほど飛び散ったコーヒーの飛沫を紙ナプキンで拭き始めた。
その間にも舐るように纏わりつく視線を感じる。
日本人形―――とは沙和が言い出した言葉だが、篤志も同感だ。尤も沙和とは違った意味で。
綺麗だけど、どこか不気味さを感じる容姿。
彼女を見る男共はそれを “妖しい” と評するが、実は “怪しい” 方だと篤志は知っている。迂闊にそんな事を言ったら男共の袋叩きと、本人からの暴行に遭いそうだから、口にすることはない。
篤志のテーブル脇に立った彼女の行動を窺う周囲の目が、彼にも注がれて何とも煩わしい。
白魚と称される指がテーブルに軽く置かれ、無表情に篤志を眺め下ろしてくる。
先刻まで己の可愛さを武器にしていた子が瞳に動揺を浮かべ、テーブル脇に立った彼女を見上げた。
「あの……」
「篤志の彼女?」
艶然と微笑んだ日本人形―――美鈴が名前も知らない女子に目を落とすと、頬を赤らめた彼女は嬉しそうに、
「あ、はい、じゃなくて、そうなりたいんですけど」
「ふ~ん?」
「“ふ~ん?” じゃねえよ! てか初耳なんだけどっ」
美鈴を睨んで、篤志をここまで引っ張って来た女子を睨む。と、美鈴は口角をニヤリと持ち上げた。
「あら。恥ずかしがらなくても良いのよ? 篤志にしては上出来だと思うわ」
「ちっがう! 彼女は何でもない」
「あらあら。“彼女” ですって」
微笑ましいとでも言い兼ねない美鈴が、篤志の正面の彼女に目配せすると、二人でにこりと笑う。
「人称で上げ足取って掻き回すなよ。ムカつくぅ」
「いやねぇ。これでも喜んでいるのよ?」
「ライバルが消えてか?」
「……。心置きなく、春を謳歌してちょうだい」
「おいこら。今の間は何だ?」
美鈴は篤志の顔を無表情で見つめる。じっと見られて篤志がたじろぐと、美鈴は唐突にスマホの操作を始めた。
(なんか、嫌な予感がひしひしと……)
これは長年虐げられて培われてきた弱者の直観だ。
「何してんだよ」
美鈴の手からスマホを奪おうとして、ひらりと身を翻した彼女に一睨みされた。
「ちょっと待ちなさい。いま大事なメールしてるんだから……ポチっとな。はい、送信完了~ぉ」
そう言って美鈴が篤志に見せた画面は、短いメッセージと画像が添付されている。
訝しく思いつつ目を凝らした篤志は、次の瞬間声にならない悲鳴を上げた。美鈴からスマホを引っ手繰り、蒼白な顔色でぷるぷる震えている。
宛先は沙和。
緑色の吹き出しに書かれたコメントに、既読の文字が付く。
「あ"――――っ!! 何てことするんだよッ」
「早速既読ついたわね。良かったわ」
「良くない! なんて……なんて事をぉぉぉ」
「これで篤志も踏ん切り着くでしょ? それとも何? この期に及んで未練タラタラなワケ?」
「うっ…………未練、タラタラだッ! ちくしょーっ!」
美鈴に叫んで、手元の画面に目を落とす。
篤志が来るよりも前に美鈴はカフェに居たらしく、篤志が腕を引かれて席に向かうところが写っている。篤志は抵抗していた心算だけど、見ようによっては恋人同士に見えなくもない。
そして “篤志はっけ~ん。もしかして彼女かな…!?” と完全にこの状況を愉しんでいる美鈴の余計なメッセージ。
そんな物が沙和の目に触れた。
篤志を拒絶した彼女には、さしたる問題ではないかもしれない。
もしかしたら今頃ホッとしているだろうか?
そう思うと、この一ヶ月で幾度となく感じた絶望がまた、彼の胸を苛んだ。
墜ちても、墜ちても、何処までも執拗に、篤志を奈落へと追い立てる。
楽になりたいのに、その方法が分からない。
人生の半分近くを、ずっと沙和に恋してきた。沙和に恋していなかった頃の自分がどんなだったのか思い出すことも出来ないのに、これから彼女の居ない人生を歩んで行かなければならないと思うと、心許なく怖いとすら感じている。
手の中で美鈴のスマホが鳴動し、新しいメッセージが表示される。篤志はそれを見て、心臓が凍りついた気がした。
たった一言。
「“そう” ってなんだ!?」
画面に向かって思わず叫んでいた。篤志を見下ろした美鈴がシレッと言う。
「そのままでしょ。分かったって意味じゃないの?」
「そのままって……分かったって……」
「沙和にも公認ね」
「ふざっ……」
篤志が勢いよく立ち上がると、椅子が音を立てて横倒しになった。それをなんの感慨もない表情の美鈴がチラリと目を走らせ、篤志に目を戻すと紅い唇をにやりと持ち上げた。
背筋がゾクリとする。
美鈴を見たまま僅かにたじろいだ篤志に何かを感じた彼女が、彼の左頬をぺちぺちと叩き、寒気のする笑みを深める。
「邪魔者は、排除してなんぼでしょ?」
「……っ」
美鈴の手を叩き払い、彼女を睨んだ。
そして名前も知らない子を見て、唇を噛む。
このままで本当に良いのかと、自分への問いが胸を去来する。
けれど、どう考えたって答えは一つしかない。
「絶対に、美鈴なんかに負けないからな!」
「負けないも何も、勝負を下りたんじゃなかった?」
「うるさい! 俺は、まだ下りない!」
言葉もないまま篤志を見上げて来る女子を一瞥し、彼は荷物を手にすると慌ててカフェを飛び出した。
走って行く篤志の背中を見送って「世話の焼ける」と美鈴が溜息混じりの呟いたことは、篤志が知る由もなかった。




