幽霊よりも可愛い女の子は嫌いです
「姫様、少し休憩にしますか?」
しばらく歩いていると横を歩いていたルカにそう提案された。
私も疲れてきていたのでその提案にのることにした。
「ええ。 疲れたわ」
「なら、あそこの大きな木……を通り過ぎたところで休みましょう」
ルカははじめ、大きな木のある場所を指で差していたがその木を通り過ぎたところを指で差し直した。
(あら、なぜあそこの大きな木で休まないのかしら)
不思議に思った私はルカに直接尋ねることにした。
「ねえ、ルカ?」
「はい。 姫様」
「なぜ、あの大きな木の下で休まないの?」
「害虫がいるからですよ」
(害虫って……ここから見えるものなのかしら?)
ニコニコ笑いながら答えるこの男は時々変なことを言う。
「よく見えるわね」
思わず関心しながらそう言うと
「有難うございます」
ルカは嬉しそうにそう答えた。
いや、褒めてはないからね。
「まあ、いいわ。 あの木を通り過ぎたところね」
私は大きな木があるところを見ながらそう言っていると、大きな木のそばの草むらが揺れ始めた。
「チッ……害虫が」
私がそれに気づくと隣に立っていたルカが小さく舌打ちした後に害虫がと言っていたのが聞こえた。
その時の顔はいつものニコニコ笑っているルカではなく無表情だ。
正直とても怖い。
「あのっルカ?」
「はい、姫様」
私に向かってニコニコ笑っているルカ。
(あっよかった。 いつものルカだ。)
私がホッとしていると大きな木の横の草むらから人影らしきものが飛び出し、次の瞬間にパタリと倒れた。
「ルカ! 大変よ!」
慌て出す私と違い、隣にいるルカはとても落ち着いている。
それどころか彼はそんなものは見えない、いないように振る舞っている。
「何がですか? 私には何も見えません。 姫様には一体何が見えているのか……」
不思議そうに言うルカに私は本当に私しか見えないかもしれないと思い始めた。
「えっ。 私しか見えない?」
「ええ。 私には見えません」
(えっ。 もしかして本当に? じゃあ、あれは……幽霊?)
そう思った瞬間、身体から血の気が引いていく。
「ルッルカ!!」
「はい、姫様」
私はルカの後ろに回り込み、彼のコートの裾をギュッと握る。
「姫様?」
「べっ別に怖いとかじゃないかけど……ほらっあれよ! 貴方、私を守ってくれるのでしょう! だっだからまっ守られやすくなってあげただけよ!」
彼からフイッと顔を晒しながらそう言う私にルカはニコニコと笑うだけで何も言わない。
(なっ何か言いなさいよ!)
「姫様」
「なっ何よ!」
「こちらの方が守りやすいですね」
彼がそう言った瞬間、一気に手を取られ持ち上げられた。
いわゆる抱っこだ。
「はあ〜!!」
「これで守れます」
(いや、守れます。 じゃないよね?)
「降ろしなさい!」
「わかりました」
(あれっ? 案外あっさりと……)
と思っていたがギューと抱きしめたまま離してくれないし、下に降ろしてもくれない。
「ルカ?」
「待ってください。 今噛み締めている途中なので」
「は?」
やっぱりこの男についてよくわからない。
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
どこからか咳払いが聞こえてきた。
「チッ」
「ルカ?」
「はい、姫様」
あれっ? さっきの真顔は気のせいかと思わせるぐらいにニコニコ笑っているルカ。
しかし、目は笑っていない。
そして、なぜか冷気も漂ってきている。
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
またもや咳払いが聞こえてきた。
私が聞こえた方に視線を向けると、倒れていた人影が咳払いをしていた。
「ルカ? あれ」
私がその人影に指をさすと
「気のせいです」
にこやかに応えるルカ。
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
「でも……」
「気のせいです」
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
「ルカ!!」
「はあ、わかりました」
そう言うと、私をゆっくりと降ろして人影の方に歩いて行った。
「……害虫が」
彼が離れる間際にボソリと言った言葉は今は無視しておく。
(それよりも、やっぱり見えていたのね!!)
私もルカの後を追って人影の方に歩いて行った。
人影にルカと近づくと、女性らしき冒険者が倒れていた。
「姫様、私の後ろに」
「大丈夫よ。 それよりも、この人大丈夫かしら?」
「息もしていると思いますので大丈夫だと思います。 なので、姫様。 もう無視して先にいきましょう。 姫様も疲れているでしょう?」
ルカはどうしても倒れている人を無視して先に行きたいみたいだ。
そして、私と倒れている人を近づけたくないのか私を背で隠そうとしている。
「でも……」
私はルカの後ろから顔だけを覗かせて倒れている人を確認すると
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
倒れている女性からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「ほら、姫様。 彼女は話せているので生きております。 なので心配はありません」
「いや、でもね……」
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
さっきよりも大きな声で咳払いをする倒れている彼女。
「……………チッ害虫が」
「!」
ボソッとルカが何かを言ったみたいだが彼に耳を抑えられ聞こえなかった。
「ルカ?」
「はい、姫様」
ルカを下から見つめるがいつものニコニコ笑顔だ。
「だー、もう。 いい加減助けてよ」
そう言ったのは倒れていた女性だ。 こちらがいつまで経っても助けないため、痺れをきらしたようだ。
「なんで女性が倒れているのに助けないのよ! おかしいでしょーが!」
「ほら、姫様。 やはり元気そうなので先に進みましょう。 こんなことで時間を使うのは勿体無いです。 姫様も早く森を抜けたいでしょう」
そう言いながらルカは私の手を優しく引きながらその場を後にしようとする。
「えっ、でも……」
「さあ、行きましょう」
有無を言わさないルカ。
「ちょっと、待ちなさい。 フードで顔が見えなかったみたいね」
そう言いながら顔が隠れていたフードをとり、長い髪を手で払いながら仁王立ちした彼女に対して、ルカは一切無視し、私の手を引きながら歩いていく。
「ちょっちょっちょっと、この顔見ても何も思わないわけ」
彼女は私たちの前に走って回り込み、もう一度自分の顔を指差した。
「何も思わない。 だから、そこをどけ」
ルカは低い声でそう言った。
「貴方は、貴方はどうなの!」
彼女はルカに自分の顔が効かないと思ったのか、今度は私に言ってきたが……。
「どいて、邪魔よ。 私、そういう顔嫌いなの」
「なっ!」
彼女の顔は怒りで真っ赤に染まっていくが、そんなの知らない。
私は可愛い顔が大っ嫌いなのだから。
どんだけ可愛くて、綺麗でも、受け入れることなんてできない。
「さすが、姫様です」
ルカは彼女と正反対でとても嬉しそうな顔をした。
いや、なんで?
「さあ、さっさと先に進みましょう」
ルカは怒っている彼女の横を通り過ぎようとした瞬間、彼女は私の腕を掴んだ。
「きゃっ!」
「姫様!」
「なんでよ! 私は可愛いでしょ! 普通なら助けてくれる筈なのになんで無視するのよ! おかしいでしょ!」
ギリギリと腕を握りこんでくる彼女。
「いっ痛」
「姫様!」
そうルカが叫んだ瞬間、気づいたら私はルカの腕の中にいた。
そして、さっきの女性が力なく倒れてるいた。
「何をしたのルカ?」
「後ろから少し気絶させただけですよ」
「そう……」
一瞬力なく倒れていたのでルカが殺してしまったのかと思ったが女性はゆっくりと呼吸しているのが見えたので一先ず安心した。
「それよりも大丈夫ですか?」
そう言いながらルカは彼女に強く握られた方の私の腕を取り袖をまくり、確認した。
「姫様の白い腕が赤くなっていますね」
私よりも痛そうな顔をするルカ。
「別に痛くないわよ」
私がそう言ってもルカは悲しそうな顔をする。
「私がしっかりしていれば……」
「だから、貴方のせいじゃないってば!」
ルカの手を払い腕を戻すと、突然ルカが立ち上がり倒れている女性に近づいていく。
何をするのかと思い、彼をじっと見つめていると……
「!」
急に彼は腰に差していた剣を鞘から抜き女性の方に切っ先を向けた。
「何をしているの!」
「……何って、姫様。 駆除ですよ」
と当たり前のように応え、逆に何を当たり前のことを聞いてくるのかと不思議そうな顔をしたルカに背筋がゾクっと震えた。
「さあ、死んで償ってもらいますよ。 私の姫様を傷つけたことを」
彼女を剣で切ろうとした瞬間私は走り出し、彼の前で両手を広げて立った。
「待って!」
ピタッと私の前で止まる剣先。 そして、その先には無表情なルカが立っている。
(……怖い)
「そこをどいてください」
「いや!」
「姫様!」
「いやよ!」
私は彼の瞳をじっと見つめる。 彼の深い闇が広がったような瞳は一瞬揺らぐがすぐに私を見つめなおす。
「はあ〜。 分かりました。 私の負けです」
降参というようにルカは剣を鞘に戻し、両手を挙げた。
「殺さない?」
「殺しません」
「本当?」
「本当です」
その言葉でやっとホッとした私は力が抜け、その場でしゃがみこんだ。
「姫様、大丈夫ですか」
ルカはそう言いながら私の側までやってきて、私の脇下に手を入れたかと思ったら一瞬で抱き上げてしまった。
「なっ何するの!」
私がそう言ってもニコニコといつもの笑顔に戻ったルカはそんな言葉は聞こえないと言うように私を抱き抱えて歩き出した。
「私は歩けるわよ」
「はいはい」
「ねえ、聞いてるの!」
「はいはい」
「ちょっとー!」
「はいはい」
「あの人はどうするの?」
「ああ」
やっと私の言葉に反応したルカに対して私はさらに言う。
「あの人、あのままで大丈夫なの?」
私がそう言うと、彼は女性が元いた方の茂みを指差しながら
「どうやら、彼女には仲間がいるみたいなので大丈夫ですよ」
「えっ! そうなの?」
私は茂みの方を目で確認してみるがわからない。
「ええ。 2〜3人はいますね」
そう言ったルカの声はとても低く、寒気がしたが、それは一瞬ですぐにいつものルカのに戻った。
「じゃあ、もう姫様の心配はなくなりましたので先に進みましょう」
「……まだ、納得はできないけど……ルカがそう言うなら大丈夫? よね」
「ええ、私を信じてください」
「わかったわ」
私がそう言うと、彼は私を抱き抱えたまま先に先にと歩みを早くした。
「えっちょっと待って! このままで進むの!」
「はい」
「えっ! ちょっと待ってーー!」
私の叫び声だけが森に響き渡った。