ヤンデレには通じない
「兄様」
兄を見かけた少女は嬉しそうに駆け寄る。
しかし……。
「…………」
兄様と呼ばれた青年はその少女をにらみつけ、彼女の元から去っていく。
そして、場面が切り替わる。
今度は綺麗な少女二人を遠目から見ている少女。
それに気づいた二人はその少女の名前を呼ぶ。
「ユリアナ」
「お姉様」
名前を呼ばれた少女は仕方なくそちらに近づくが……。
「本当に似てないのね」
「ああ、あんなに綺麗な二人の姫と並ぶとなあ」
「ある意味可哀想ね」
そんな声が所々聞こえてくる。
ユリアナと呼ばれた少女はドレスの裾をギュッと握りながらその言葉に耐える。
また、場面が切り替わる。
ある騎士とお姉様が微笑みあっている姿だ。
その少女はまた遠目からその様子を見ていた。
その騎士は少女が自分で選んだ近衛騎士だった。
「ユリアナ様があの騎士を選んだそうよ」
「酷なことをするのね。 自分のお姉様を愛している騎士を選ぶなんて」
「シッ。 ユリアナ様に聞こえるわよ」
クスクスとそんな言葉を耳にする。
「やっぱり、貴方もお姉様が好きなのね……」
少女の頰には一筋の涙が頬を伝った。
「……様。 ……様。 ……姫様!」
身体が揺さぶられ、意識が徐々にはっきりしていく。
(あれっ? 私は……)
私は城から出てきて、昨日は遅かったからここで野宿をしたことを思い出したのだ。
「うーん」
目をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。
「…………ルカ?」
「はい。 貴方のルカですよ」
私の目の前には呼びかけに嬉しそうに応える近衛騎士。
そして、美味しそうな匂いを漂わせているスープとパンが彼の後ろに用意されていた。
私が彼の後ろを見ていたことに気づいたルカは立ち上がり、私の元にスープとパンを持ってきてくれた。
「どうぞ、姫様」
そう言った彼は私にスプーンを渡すのではなく、彼はスプーンでスープをすくい、フーフーしたものを私の口元に持ってきたのだ。
(いや、おかしいだろ)
「姫様? さあ」
(いや、さあじゃないよね?)
「ルカ」
「はい」
彼はあいも変わらずニコニコ笑っている。
「自分で食べられるわ」
「私がしたいことですので」
間髪入れずに返される。
しかし、ここで折れるわけにはいかない。
ここでこの行為を許すとずっとこの状態でご飯を食べさせられることが目に見えているからだ。
この男ならやりかねない。
「ルカ」
「はい、姫様」
ニコニコ笑っているルカ。
「もう一度言うわね。 自分で食べられるわ」
「ええ。 ですが私がしたいことですので」
この後、数回同じやりとりを続けた。
(この男。 どうして譲らないのよ!)
「姫様」
「何よ」
あのやりとりに疲れてきた私は拗ねたように応える。
「スープが冷めてしまいますので、早く食べてください。 はい」
そう言った彼は私の口に無理やりスプーンを突っ込んできた。
口に入ったスープを私は反射的にごくっと飲み込み
「おいしい……」
と小さく呟いた。
彼の作ったスープは本当に美味しかった。
暖かい味がしたのだ。
「では、もう一口どうぞ」
そう言われて私は無意識に口を開け、彼からスープを食べさせてもらった。
「はっ!」
「姫様?」
「私は自分で食べられるわ!」
「いえ、だめです」
「恥ずかしいのよ!」
恥ずかしい。 これが一番の理由だ。
(さっきは流されかけたけど、今度は自分で食べなくては)
しかし、彼にはこの言葉は通じなかったのだ。
「姫様。 一度食べたならあと何回同じことをやっても同じですよ。 それに、二人だけなのに何を恥ずかしがるのですか」
「いや、それもそうなのだけれど……っごく」
ルカは私の言葉を最後まで聞かずにスプーンを私の口の中に突っ込んだ。
「おいしいですか?」
ニコニコ聞いてくるルカに私はうなづく。
「よかったです」
結局、同じやりとりを続けるも私はルカに押し負け、彼の手からご飯を食べさせられた。
「そろそろ、出発するわよ」
「はい、姫様」
お腹もいっぱいになった私たちは先に進むために歩きだした。
わたしの横には歩幅を合わせて歩いてくれるルカ。
「ね」
「はい、姫様」
私が一言発しただけでニコニコ笑いながら返事をするルカ。
「あのね。 私まだ、一言しか発していないのだけど」
「ですが、私を呼ぶためですよね」
そう、さも当たり前のように言う男に少しいじわるしてやろうと思い
「違うわよ。 貴方じゃない名前を呼ぼうとしたの」
そう言うと……急に寒気がした。
比較的、今日は日が入らないとはいえ暖かったはずなのに寒い。
何事かと思い彼を見ると……ニコニコと笑ってはいるが目が笑っていないルカから冷気が発せられていた。
「姫様」
「はい!」
呼ばれてとっさに返事をしてしまった。
「誰を呼ぼうとしていたのですか?」
ニコニコと笑っているはずなのに怖い。
そして、声もいつもの数段低い。
「えっと……」
ニコニコ、ニコニコ笑っているルカ。
一種の恐怖だ。
「ルカ! そうよルカを呼ぼうとしていたの! 貴方と私しかいないのよ! 貴方以外を呼ぶ筈がないわ!」
「そうでよね」
彼の表情がパァと明るくなり、声がいつもの声に戻る。 そして彼から発せられていた冷気も消え去った。
「そうよ! 当たり前じゃない」
「ですよね。 ……だけどもし、姫様が私以外を呼ぶなら、姫様に名を呼ばれた者を殺していましたよ」
と最後の言葉はニコニコ笑っているのに寒気がした。
この男の前では他の人の名前を呼ばないと強く思った瞬間だった。