プロローグ
「きゃー、シリウス王子よー」
「あっちには、ラミール姫とリリアナ姫がいるわー」
今日はこの国で一番のお祭りが開かれていた。
そのため、普段は国民の前にはあまり姿を現さない王子に姫達が姿を現しており、国民達はおおいに盛り上がっていた。
顔の鼻あたりにそばかすがあり、目はまん丸だが大きいとは言い難い瞳に、うっすらと紅い薄い唇、腰のあたりでゆるく巻かれた灰色の髪をした17歳ぐらい……みた人によってはもっと幼く見える小柄な少女が頭からすっぽりとフードを被り、盛り上がる人混みを避けながら森に向かっていた。
みな、お祭りに盛り上がっており誰もその少女を気にもしなかった。
「あんな奴ら大っ嫌い……父様、母様、兄様も、姉様も、リリアナもメイドも執事もみんな…みんな、大っ嫌い」
小さく呟かれた声は喧騒に紛れて消えた。
森に一歩足を踏み入れる。
「ここを抜けたら、王都からでられるはず……」
道は抜けているが、周りは木々に囲まれており、光はあまり通さないので少し暗い。 そのため、不気味さを増していた。
「怖くない、怖くない、怖くない……大丈夫よ。 ユリアナ。 ここを抜けたら王都からでられる……」
「王都から出て何をなさるんですか?」
「何をするって決まってるじゃない。 幸せをさがすの……よ……って、だれ!」
私一人しかいないはずなのに、会話ができるのはおかしい。 声がした方を見ると、そこにいたのは……
「だれって……姫様、貴方の護衛騎士である、ルカですよ」
ニコニコと胡散臭い笑顔を振る舞きながら、腰には剣をさし、フードのついたコートを羽織った騎士服に身を包んだ護衛騎士がそこにいた。
「なぜ、貴方がここにいるのよ!」
「姫様がいるからですよ」
「私はこっそりここまできたのよ」
そう、私は黙って隠れながらここまで来たのだ。
それなのに、この護衛騎士はそんなことは関係ないというように
「姫様がいるところに私ありですよ」
「何言ってるの?」
(こいつが何を言ってるのかわからない……。 私がいたら貴方がいるの? いや、まあ、護衛騎士だからそれが普通なのかしら?)
それでも……
「護衛騎士って言ったとしても、貴方は元よ、も・と!」
「私の主は貴方だけですよ」
彼はきっぱりとそう言い放つ。
そして、彼はなおもニコニコ、ニコニコと笑っている。何がそんなにおかしいのか、この男はいつも笑っている。
「それよりも、姫様。 行かないのですか?」
そう言いながら、彼は森に指差した。
「行くわ! 行くけど……一人で行くわ!」
そう、一人で行かなければ意味がないのだ。
なぜなら、私が持っている義務を捨てるため、何も持って行かず、一人で行かなくてはいけないからだ。
「では、行きましょうか」
目の前の彼は私を無視して森に向かって歩きだす。
「はっ? ちょっと! 私は一人で行くのよ!」
急いで前を歩く彼を追いかける。
「一人では危ないですよ。 姫様」
私が彼に追いつくと、歩調を私に合わせて歩く速さが遅くなった。
「私はもう姫じゃないわ」
私は姫という立場を捨ててここにいるのだ。
だから、そう呼ぶのはやめてほしいと遠回しに伝えてみると
「私の姫様は貴方だけです。 たとえ、貴方の立場が姫でなくなったとしても」
と言い、姫様呼びはそのままになった。
なぜ、そこまで私にしてくれるのかわからない。
私にそこまで言ってくれる理由がわからない。
だから
「私は一人で行くわ! 貴方は城に戻りなさい」
「いつものようにルカと呼んでください」
「話聞いてた?」
「ええ、聞いてましたよ」
なおもニコニコ、ニコニコ笑う護衛騎士……ある意味シュールである。
「なら……」
「お断りします。 だいたい、姫様一人でこの森を抜けることができますか?」
「でき……」
「できませんよ。 夜になると獣が出るし、悪い奴にさらわれて売られるかもしれないんですよ。 それでも一人で行けますか?」
私が最後まで言う前に遮られた。
それはもうニッコリと笑いながら話すルカに怖さを覚えながら、そうなった時のことを想像し顔を青ざめる。
「ほら、無理でしょう。 姫様、賢い選択をしましょう?」
私は考えた結果……渋々彼に頼ることにした。
「…………よろしくお願いします」
「何か忘れてますよ。 姫様」
「…………ルカ」
「はい!」
本当は頼るのは嫌だが、今だけは素直に彼の言うことを聞こうと思う。
しかし……
「森を抜けるまでよ!」
「はい、姫様」
こうして、私と護衛騎士のルカとともに王都から出る旅が始まった。
「ねえ、姫様?」
「なに?」
その瞬間、私たちに向かって大きな風が吹いた。
「姫様……私はずっとずっと……」
小さな声で呟かれた声は私には聞こえず、風の中に消えていった。
「ごめんなさい。何て言ったの?」
「秘密ですよ」
「なにそれ。 まあ、いいわ」
彼がなにを言ったか聞こえなかったがとくに気にせずに私は歩き出した。
「ああ、姫様。 私の姫様。 愛してます」
その声は私には届かなかった。