3.少女との出会い
「…どうだろうな。」
ミシェルが静かに笑った。
公国の幹部が来る確率は極めて低い。でも無い訳ではない。その時はその時という事だろう。
「ま、今日のところはゆっくり休もう。」
ミシェルは珍しく休戦構えだ。
ジャックはもう布団に入っている。
ーまだ数日しか経っていないのか。夜になると余計鮮明にあの事が脳裏に浮かぶ。
弟の、生気のない目。
心の傷はとても、深い。でもそれも何年も前の遠い出来事のように感じる。
頭を振り、かき消すようにして俺は無理やり眠りについた。
しかし、体感で数分ほど経ったか経たないかの内に、外で轟音が響き俺は目を覚ました。
2人の方を見るともう起きていた。
「今の何だ…!?」
俺は窓を覗いた。村が何者かに襲撃されている。
「…まずいな」
ミシェルも俺と同じことを考えたのかもしれない。
ー若しかしたら、公国かもしれない。
「行くぞ」
ジャックに続いて俺たちは外に出た。
仄かな月明かりしか無いがその異形な姿は俺にもはっきりと見えた。
どうやら、公国の奇襲じゃないかという心配は杞憂だったようで、外にいたのは魔物だった。
「見たところ人に召喚されたようなあとはないが…なんでこんなに大量にいるんだ!」
ミシェルが剣をとった。
「どこから来ている?その波を止めなければこれは半永久的に続くぞ!」
ジャックが辺りを見回す。
「オアシスの方からじゃないか?」
なんとなくそんな気がした。でも絶対合ってる筈だ。何故かそう思った。
これが気配を感じ取るってことなのだろうか。
とにかく、俺らはオアシスの方へ走った。
「…どうやらお前の勘があたったようだな。」
ジャックがゆっくり魔導書を開いた。
鐘を思い切り叩く時の反響音のような、歪な鳴き声がして、蛇のような姿をした怪物が現れた。
『オマエラモ喰イ殺シテヤル…』
「喋った…。上位の魔物か!?オマエラモって…他に」
そこでミシェルの言葉が止まった。
その視線の先には、1人で剣を振るう少女がいた。その周りには小型モンスターが山のようにたかっている。
「こいつを倒せばほかの魔物の増殖は止まるのか?」
俺の疑問に答えたのはジャックだった。
「恐らくな。あれは砂漠に住む怪物、アンフィスバエナだ。あの翼…第3進化形態だな」
「おい、あれで最終じゃないのかよ!」
ミシェルは叫びながら上から真っ直ぐに振り下ろされた頭を横っ飛びにかわす。
「こいつ…!」
アンフィスバエナには頭がふたつあった。背にはコウモリのような羽が生えている。
赤眼がギョロリと動く。
「毒を吐くから気をつけろよ、頭には毒がある。」
ジャックが後から叫ぶ。
俺も慌てて剣を抜いた。さっきの少女がやられる前にこいつを倒さなければ!
『アストライア』
ジャックの魔導書から光が迸った。
「肉体を強化した。しばらくの間はよっぽどまともにくらわない限り死ぬことはないだろう。」
ジャックはそう言って杖で怪物の頭を指した。
俺は剣を構えて飛び出した。
砂漠にいるくらいだから火には強いはず、ならば…
『魔法剣ブリザド』
氷を纏って戦えば多少は有利だろう。
剣を振るうと、奴の首を掠めた。
そこから、パキパキと音をさせながら氷が広がっていく。
「グウゥウッ!」
やっぱり氷が弱点だな!?
「ジャッジメント!」
ミシェルが空中から頭に向かって魔力を纏う剣を突き刺した。
「盲目になったか」
ジャックがつぶやく。
『プロテクト…』
ジャックの詠唱で3人の周りにバリアが張られた。
「匂いでわかるか。」
盲目になってもなお、音と匂いでこちらの場所がある程度分かるようだった。
「はぁ、はぁ、…なんだ?ここに居るだけで魔力を消費していく」
ジャックが肩で息をしている。
たしかに、魔法剣を使ってから違和感は感じる。吸い取られているのか!
尚更急がないと。
『エージェント』
アンフィスバエナの詠唱とともに、足元にあった魔方陣から小さなワームらが数匹現れ、ミシェルの方に火を吹いた。
ー召喚もするのかよ…。最終形態になったらどうなっちまうんだ!?
「なんだこいつ!?」
ミシェルがワームと交戦を始めた。ジャックも消費してしまっている。もう頼れる人がいない。尚更、みんなのためにも急がないと。
『喰ラッテヤル…』
キンッ!
「しまっー」
俺の剣が手から弾き飛ばされた。砂に足を取られてしたたか腰を打った。
まずい!
「そうはさせないよーっ!!」
その声とともに、俺の前に立つアンフィスバエナの後ろから1つ影が飛び出す。
ザシュッ、と小気味の良い音がして双頭の怪物はゆっくりと地に倒れた。
「間に合った〜!こいつの相手しててくれてありがと、1人だと大変で困ってたんだよね〜!」
ニコニコと微笑むその少女が手を差し出す。
俺はありがたく掴まって立ち上がった。
ー死ぬかと思った…。
膝が少し震えている。
「ん、生きてたか。」
ミシェルとジャックが歩み寄ってくる。
「君は?さっきのー」
「私は、エミリア!よろしくね!あなたは?」
エミリアがミシェルに手を差し出す。
ミシェルは少し戸惑ったようだがそっと握り返す。
「ミシェルだ。よろしく頼む。こっちのひょろいメガネはジャックだ。」
「おい…!まあいい、それで君はどうするんだ?」
ジャックが尋ねた。
ーたしかにまだ真夜中だ。これから砂漠を越えるのには無理があるだろう。
「それが仲間とはぐれちゃって…1日だけ、君たちと一緒にいてもいいかな?明日に仲間が来るはずなんだけど…。」
エミリアが苦笑した。
「もちろんそれは構わないが…。エミリアはどこかの兵士でもしているのか?」
「んー、まあそんなもんかな。ってことで1日よろしく!」
エミリアがニカッと笑った。
こうして1日の間俺らはエミリアと4人で過ごすことになった。
「ジャック!この魔導書何?」
「…グリモワール。」
「この根っこみたいなのは?」
「…マンドラゴラ。」
ジャックはかれこれ小一時間程エミリアに質問攻めにされている。
エミリアはすっかりジャックに懐いたようだ。
「あー、エミリアの仲間はいつ来るんだ?」
ジャックは早く離れたいと言わんばかりの苦い顔をして尋ねた。
それから体制を立て直すため、村長に頼み込んで村に数日滞在させてもらうことにしていた俺たちとともにエミリアも村で一緒に仲間を待つことにしたのだった。
「わかんないけど、結構遅いよ。日没までに来るかなあ〜…って感じ。あはは」
「すまないが少しの間席を外す」
ジャックが突然出ていった。
ミシェルの所にでも行ったのか。
「ルドルフはどこ出身?私はノーステールなんだよね〜」
「俺はイーストテールのここ、風の国だ」
エミリアは北出身か。異国の地で1人でもこんなふうに振る舞えるなんて。俺とそう年も変わらないだろうに、すごいな。
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「ミシェル?入るぞ」
「ああ」
俺はエミリアをルドルフに任せてミシェルの部屋へ来ていた。
相変わらず憎たらしい奴だが、この状況ではそうも言ってられないのだ。
顔を見ているだけで時々殺意さえわくが。
「どうした」
「ああー、ルドルフってどこでどう出会ったんだ?」
ミシェルが怪訝そうな表情を浮かべた。
俺は続ける。
「不思議なんだよ。ルドルフの中に、時空の門の記憶の欠片が見えるんだ。」
時空の門とは、空に浮く今では幻とされる島だ。
「ルドルフはフーシェ村出身だ。それはこの目で確かめたが…。記憶の欠片ということは」
「何者かの魂が…。」
ミシェルは黙ってしまった。この中にこの考えを共有できるのは残念ながら、こいつしかいない。
仕方の無いことだ。
今は過去のことをどうこう言っている場合では無い。
「…夕刻か。エミリアの仲間が来ているかもな。エミリアを先に送り届けよう。」
俺はミシェルの言葉に頷いて部屋を出た。
「エミリア、ルドルフ入るぞ」
「あ、2人ともちょうどよかった、私そろそろー」
仲間が来ているのだろう。
エミリアが立ち上がる。
「もう行くのか。」
ルドルフが少しさみしそうな顔をした。
「大丈夫だよ。また会えるから。保証するよ。」
エミリアがニカッと笑った。
「1日だけだけどありがとう。楽しかったよ!じゃ、『またね』!」
エミリアはそれだけ残して出ていった。