第2話 「幼女だったのは勇者」
デカッ鼻に聞いた話では、勇者は森の中でひっそり修行中らしい。
実に感心なことだと、俺も修行の森へと踏み入ることにした。
なんでもまだ勇者として成長しておらず、俺の力を持ってすれば息を吹きかけただけで倒せるという話だ。
もちろんそんなことはしない。
俺の目的は、その勇者に倒されることなんだからな。
しかしそういうことなら、突然現れて驚かせても悪いだろう。
逃げられてしまったら元も子もない。
そんな訳で、ばったり出会わないように慎重に森を進む。
慎重に森を進む魔王というのは意外とシュールな気がするが、シス子さんが沈黙しているなら問題はなさそうだ。
実に300年ぶりの外出だが、なんの感慨もわかないもんだな。
綺麗な森だから元気な時なら森林浴にいいかもしれないけど、今の俺はとにかく眠い。
涼やかな風が頬を撫でるのすらうっとおしいわ。
「ん、よいしょ」
おっと何か聞こえた。
茂みの向こうか?
人間の女の声だったみたいだが、勇者の居場所を知っているかもしれん。
そっと覗いてみるとそこには幼女。
どうやら川の水を汲んでいる最中のようだ。
怖がらせないように声をかけてみるか。
(ちょっとすいません)
「こんなところで何をしている下等な人間よ」
……。
相変わらずぶっ飛んでんな、このポンコツ翻訳。
見ろよ、小さい女の子が完全に怯えちゃってんじゃねぇか。
震える両手で持った水桶から、じゃぼじゃぼ水が零れちまってる。
俺の気遣いが台無しだよ。
「あ、あた、あたた、あた」
見たところ10歳にも満たないかもしれん。
肩まで伸びた茶色い髪の毛が震え、くりっとした愛らしい目が今にも溢れそうな涙で満たされてやがる。
俺の姿に完全に怯え、これじゃあ話もままならんよ。
しかし他に当てもないし、勇者の所在を知っているか聞いてみることにする。
(お嬢ちゃん、勇者どこにいるか知らない?)
「我が問いに答えよ娘。勇者はどこだ?」
お、今のは意外とまとも。
そのくらいのクォリティで頑張れよ翻訳。
とは言うものの、もう泣き出す寸前になっている幼女。
そりゃ森の中でいきなり魔王に出会ったら、熊さんどころの衝撃ではないだろうさ。
一応ちっちゃい剣を護身用で腰に差してるみたいだけど、それを使えるとも思え……お? 構えた。
震えは収まるどころか足までガックガクだが、頑張って剣をこっちに向けてる。
ちょっと重いのか、剣先は足元に向いてるけど。
「あ、あた、あたしがゆ、ゆゆ、ゆゆ勇者です!!」
……え? マジ?
どれ、ちょっと見てみるか。
「サーチ」
ぶぅんと目の前にいる幼女のステータスが表示されたので確認。
んー……、職業欄には確かに勇者って書いてある。
こりゃ息を吹きかけるまでもなく、睨んだだけで殺せそうだ。
勇者としてどころか、人間としてもまだ成長途上なのだから。
まぁいい。
要は俺を倒してくれればなんだっていいさ。
(じゃあ勇者。その剣で俺をちょいと突いてくれ)
「貴様が勇者とは片腹痛いわっ!
ここでその命、散らしてくれようぞっ!」
待てぃっ!!
お前さっきの翻訳クォリティはどこに放り投げやがった!!
『ビービー。
魔王たるもの無防備に攻撃を受けることは許されません』
あー、そう。
そういう理由から翻訳が捻じ曲がるわけね。
おーけーだ。ならこっちにも考えがある。
ガバッと地面で大の字に寝る俺。
言葉は伝わらなくても、これなら攻撃してくるだろ!
『ビービー。
警告。その行動は非推奨です』
知るかボケ!
ほら勇者! ボサッとしないで早く攻撃してこい!
『ビービー。
警告。このままですと魔王様の職業欄が変更されます』
あ?
なんだそれ、魔王じゃなくなるってのか?
いいぞ。眠れるようになるなら一向に構わん!
『ビービー。
職業欄が【大の字で幼女に踏んでもらいたがるドM大魔王】に変更されるまで、残り5……4……』
待て待て待て待てぃっ!
なんだそれ!
サーチでそんなの見られたら生きていけなくなるだろうが!
しかも結局魔王のままなら寝ることも出来ないんだろ? 最悪じゃねぇか!
仕方なく起き上がって勇者の幼女と目を合わせる。
こうなればアイコンタクトだ。
来い! 来て刺せ!
……。
――ダメか。
目の前で寝たり起きたりしてる魔王に不審を抱いたのか、罠だと思って近寄ってこねぇ。
……?
あ、違う。
コイツ死んでやがる。
ちょっと目が合っただけでショック死とかマジかよ。
やばいやばい! 一生寝れなくなっちまう!
どうすりゃいい?
外傷はないんだから心臓麻痺か?
えぇい、面倒くせぇけど仕方ねぇ。
心臓マッサージだ!
俺はおもむろに幼女を仰向けに寝かせ、心臓の辺りに手を置く。
下手をしたらそのまま体を貫いてしまうから力加減がかなり難しい。
『ビービー。
勇者に蘇生を施す行為は推奨されません』
あぁそうだろうよ。
だが今は一刻を争う。
ちょっと黙ってろシス子。
とにかく弱めに。
指でリズムを取るようにトントンと心臓に微弱な衝撃を送り込む。
『ビービー。
警告。職業欄が変更されてしまいますがよろしいですか?』
うっせぇ!
こっちは一生眠れなくなるかどうかって瀬戸際なんだよ!
勝手にやれ!
なんとか蘇生は上手くいった。
また死なれても面倒だから、とりあえず一旦魔王城へと帰ってきた俺。
「いかがでしたか? 勇者は」
デカッ鼻が戦果を尋ねるが、疲れてそれどころじゃない。
シッシと追い払って、自分のステータスを確認してみる。
【幼女の胸を触る大魔王】
最悪だ……。
本日から連載開始です。
なるべく一日一話以上の更新を目指すつもりです。
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